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23.リリシアの一日



 2つ半の時間ーー2の鐘と3の鐘のちょうど間ほどの時間。ちょうど太陽が昇り終えた頃、皇城の北西門の前で、次々に人が降りては門の中へと消え、馬車が走り去る。

 馬車も、二頭立てから四頭立てまで、様々だ。

 もちろん、仰々しい貴族の紋章入りの馬車もあれば、紋なしの庶民でも裕福な層の馬車、果ては時間になると乗合馬車が連なって停まる。

 これは魔術省に近い北西門だけに限らず、土の省――農地管理や治水、土木管理、食料や資材も管理する省――のある西門や、帝国の金庫番・財政省や議会のある北門、騎士省のある北東、職人の省の東門も同様で、皇城の朝の風物詩だ。

 そう。この時間は、皇城の外に住む皇城勤めの者たちが、一斉に出勤する時間なのだ。


 とはいえ、実は騎士省だけは、それほど渋滞しない。

 そもそも隊舎に入っている者が多いし、通勤でも鍛えるために走ってくる者が多いからだ。

 魔術省も、徒歩通勤ーーあるいは、ノキアを始め、一部は飛翔通勤する者もいる。


 リリシアもその流れに逆らわぬよう、素早く馬車から降り、門へ。

 門で衛兵から身分証のチェックを受けたら、中へと急ぐ。

 特別な場合や客人を除き、勤めている者が馬車で皇城へ乗り入れるのは禁止されていた。

 というのも、身分証を持つ本人は別として、馬車で入れば御者や従者まで、衛兵のチェックを受けることになる。

 忙しいこの時間帯に、そんな手間はかけられなかった。


 魔術省に勤めるようになって、リリシアはよく歩くようになった。

 しかも、お付きの従者もなしに。

 これはリリシアにとって、とても新鮮な経験だ。


 学園へ通っていたら、お付きなしも経験していたかもしれないが、“完璧な貴族の令嬢ーー至高の魔力なし令嬢(コレクション)”でいるためには、学園へ通うことはできなかった。

 何故なら、貴族にとっての学園は、帝国魔術学園だったから。

 今までは、学園で受ける教育を、全て家庭教師で補ってきた。

 これは、貴族でも、裕福な魔力なし(ポンコツ)には当然のことだ。


 家庭教師を長年雇うお金がない家は、魔力なし(ポンコツ)の子が、基礎の読み書き計算程度できるようになったら、独学させる。

 つまり、放置する。

 下手をすれば、魔力どころか学力もおぼつかない羽目になる。


 もしくは、心あるお金のない家に生まれた魔力なし(ポンコツ)は、領地の中で一番小さな学校に入れられ、庶民の中でも学園に通うゆとりのある層と共に学ぶ。

 もちろん領地内のことなので、学校と協議して学費はかからないのが常だ。



 そんなわけでリリシアは、非常に優秀な家庭教師たちから学んでいた。

 屋敷から離れることもないので、常に従者に囲まれて。

 もちろん、外に出るときも、従者や護衛は当たり前。

 だからこそ、リリシアはこうして城門から魔術省の研究棟まで歩く時間さえ、新鮮で楽しかった。


 研究棟に入ったリリシアは、そのまま中央階段で3階まで登り、北側の部屋へと入る。

 第9特別研究室。

 ここがリリシアが主に過ごす場所だ。



◇◇◇◇◇



 研究部と一口にいっても、そこで研究されている内容は様々だ。


 第1研究室は、学術研究室。

 魔力は体や臓器に宿るのか、それとも魂に宿るのか…といった感じの研究だ。

 主に教本で学ぶが、それが実践のどこに役に立つんだ…と、多くの学生が試験前に憤慨する分野。

 しかし、ベテランになるにつれ、この知識のあるなしが、いかに魔力の流れや威力を左右するのか、知ることになり、学び直す魔術師も多い。


 第2研究室は、別名、魔法陣研究室。

 過去の魔法陣や、魔法陣の応用で出来そうな魔導具、そして新たな魔法陣を研究している。

 討伐部の拉致が一番多いのはこの部署だ。

 研究部の人間では発動できない魔法陣を、討伐部の膨大な魔力持ちを捕まえてきては発動させてみる。

 魔導具にも詳しいため、いくら討伐部でも、逃げるには甚大な被害が想定される。

 討伐部の新人が、毎年研究室を破壊して、始末書と罰金の刑を受けるのは、もはやお約束だ。

 当然、毎年2人目は学習して出ない。つまり、捕まる。


 第3研究室は、魔術言語学。

 魔術の詠唱や、精霊言語、声に魔力を込めることのできる特別な魔術言語を研究している。

 発動研究のために、防音魔術や巨大魔導具である防音室についても、派生で研究され、詳しい。

 貴族が当たり前に持つ、盗聴防止の魔導具は、この研究室から副次的に生まれた。


 第4研究室は、魔術歴史研究室。

 魔術の歴史や変遷、失われた魔術の研究も行う。

 ほとんどの失われた魔術は、効率が悪いか、上位互換の魔術が普及して廃れたが、中には素晴らしい魔術なのに、理論が難解過ぎたり、詠唱が複雑だったり、発動条件が難しかったりして、廃れた魔術もある。

 その失われた魔術を掘り起こして、現代に応用が効かないか研究するのも、第4研究室だ。


 第5研究室は、魔力効果測定研究室。

 どの魔術がどの程度の魔力量で発動するのか、またその効率化などの研究している。

 魔術の効率化の権威、ペリデウスが第5研究室長を務めている。

 ひたすら魔術を放っては測定することも。

 研究室の中では一番、模擬空間の利用頻度が高く、鑑定眼を持つ魔術師が多い。


 第6研究室は、魔物素材研究室。

 魔石や魔物から取れる素材の効果や利用法、人造魔石の研究なども行われている。

 魔石をエネルギー化して、大規模魔導具を製作するのもこの研究室だ。

 とにかく倉庫をたくさん所有し、冒険者ギルドとの取引が一番多いのもこの研究室だ。

 派生で人造魔獣やゴーレムの研究も行なっている。


 第7研究室は、召喚研究室。

 精霊や精獣、魔獣の召喚や使役の研究をしている。

 召喚の魔法陣の条件付けや、召喚できるものの種類、契約の方法と強固さなども研究対象だ。

 最近、生き物だけでなく、物の召喚に初めて成功したことが、密かな話題となった。

 今までは生き物を召喚するのが当たり前と思われていたので、その概念が崩れ、途端に生物以外の召喚に研究ブームが到来した。

 

 第8研究室は、生体魔術研究室。

 魔術師の肉体や寿命の研究、魔術師の人体を解剖しても見つからない魔力核の研究室、魔力回路の研究などだ。

 魔術師の特有の症状ーー魔力障害や、特殊体質の研究も行う。

 医師に特化型の“儀式”を行うのも、この研究室の任務だ。

 当然、魔毒症の研究もされている。


 第9研究室は、魔力効果研究室。

 魔力効果測定研究室が、魔力や魔術の量に着目した研究室なら、魔力の種類に着目した研究室だ。

 魔力水や、銀に魔力を定着させて魔法銀(ミスリル)にしたり、金に魔力を定着させ魔法金(オリハルコン)にする実験などもしている。

 リリシアのポーションは、分類としてはこちらになるので、第9研究室に籍を置いてる。


 第10研究室は、魔法力学研究室。

 魔力方向性や、魔力抵抗、魔力影響範囲、魔力場などについて研究している。

 研究室のトップレベルは、魔力の使われた痕跡から、どんな魔術がどの程度の威力で、何人によって行使されたのかを調べることができる。

 そのため、要人の暗殺者推定や、魔術犯罪の現場に呼ばれたりもする。


 第11研究室は、魔術理論。

 最初は第1研究室に組み込まれていたが、余りに規模が大きくなったため、別の研究室が立ち上げられた。

 魔術の理論の解釈や、難解な理論の研究をしている。


 第12研究室は、魔力現象研究室。別名、雑多研究室。

 魔力によって引き起こされる大規模な災害や、気象現象などの研究と管理を行なっている。

 それだけでなく、魔力によって起こる現象が研究対象なので、他の研究室に属さない研究は全てこの研究室に統合されている。

 変わり種は生体魔術研究室からはじき出された、「性転換魔術研究室」だろう。

 生物学的には男性の、外見はたくましいお姉さんが研究している。



◇◇◇◇◇



 リリシアが過ごす第9特別研究室は、リリシアのポーション製作室だ。

 基本的には見習い及び新人は、自分の研究室を持つことができず、自分の研究したい分野と似通った研究室の補佐から入る。


 しかし、見習いであるリリシアのポーションは、ノキアの思いつきで作ったのに、性能がぶっ飛びすぎていた。

 おまけに、確実にお金になる。

 見習いとして学んだりする時間ももちろんある。

 しかし、莫大な研究費を湯水のように使っている研究部にとって、研究レポートや教本の版権や、魔導具、医師の“儀式”や、犯罪を暴くために駆り出されるなど、稼げるところで稼いでおかないと、さすがに国からの予算が下りなくなる。

 蛇口全開で研究費を費やし続ける研究室も多く、その状態を保つには、一定の結果が求められている。


 リリシアのポーションを軍や騎士団におろせば、確実に稼げる。

 だが、新人どころか見習いのリリシアに、研究室を持たせるわけにもいかない…。

 というわけで、コロナ名義で特別研究室ができ、実質そこは、リリシアのポーション工場と化したのだ。



「そうですわ。今日はこんなものをお持ちしましたの」

 リリシアは、いつもより大きなバッグの中から、3つの木枠付きの奇妙な形のものを取り出した。

 ちなみに、もちろんバッグも自分で運んだ。

 これも、今までは従者の誰かが持ってくれていたので、魔術省で初めて体験した、新鮮な経験だ。

 途中、通勤中にもかかわらず駆け寄ってきた数名の騎士部の青年たちが、研究棟の前まで代わりに持ってくれたにしても。


「…そちらは何ですか? リリシア様」

 研究内容に関わらない簡単な補助は、人が足りなければ皇城の研究部付きのメイドがサポートしてくれる。

 リリシアの作業内容的に、3人のメイドが手伝ってくれている。

 1人が味の元となるドリンク作り、1人が瓶詰め、もう1人がラベル貼りや瓶並べなどだ。

 一番厄介なのが瓶詰めで、リリシアの作った大きな容器のポーションを、ちまちま小さな瓶に移す作業。

 味の元となる紅茶やハーブティ、コーヒーを淹れるメイドが一番ベテランで、一番いい味をだせるため、残り2人が交代しながら瓶詰めする。

 しかし、それでも一番停滞する作業だ。

 そして、瓶に移されたポーションには、すぐに状態保存の魔法がかけられる。

 これは、魔力の回復の関係で、3人が交代で行なっている。

 経験の長い順に、エメル、ケイト、ベスティナという名だ。


 若干、気味が悪そうに尋ねたのは、17歳のベスティナだ。

 というのも、リリシアの手に持つ木枠には、クラーケン素材だと思われる不思議な物体がはまっている。

 規則正しく並んだ無数の突起の先端に、穴が空いているのだ。

 集合体恐怖症でなくとも、若干ひく。

「こうして使うのよ」

 リリシアは、ケイトの並べ終えた瓶の箱に、持ってきた木枠をセットする。

 すると、あら不思議。

 並べられた瓶の全ての穴に、木枠についた突起が入り込んでいる。


「「おぉ!」」

 思わずケイトとベスティナが声を上げる。

「リリシア様! これはもしや!」

 ベスティナの瞳が輝く。

「ええ。複数の薬瓶版の漏斗ってところね」

「これは大変素晴らしいですね!」

 ケイトも思わず興奮する。

「こちらは、どうなさったのです? 私も初めて見ましたわ。これなら冷める前に、瓶詰めと状態保存がかけられそうですね」

 お茶係で、瓶詰めの刑を受けたことのないベテランメイドのエメルが、冷静に問う。

 瓶詰めをする必要がないからこその、冷静さかもしれない。


 ここだけの話、エメルは研究部のお手伝いには、格が高すぎるメイドだ。

 だが、そのうち確実に王族にも渡る飲み物の味は、かなり重要だという判断から、ベテランメイドのエメルが選ばれた。

 それに、ケイトもベスティナも、使用人としての経験は別として、魔力量が多い。

 瓶に状態保存をかけるための人選で、実はこの研究室はかなり贅沢なのだ。

 もちろんそれも、リリシアのポーションの効果だからこそだ。


「そうなのよ。瓶に詰める作業が、一番時間がかかるでしょう? 薬師の方々はどうしているのかと思えば、数を作る方は、ポーションに瓶を浸して、周りを拭くか、やっぱり1つずつ詰めるというらしいもの」

 リリシアが苦笑する。

 リリシアも自宅で自らの手でしたことがあるから、瓶詰めの面倒さはよくわかる。

「ですから、父の知り合いの魔導具師の方に、形を指定して、試作して頂いたの。一応テストはしていますけど、使用中に気になる点があれば、改良して頂くつもりですわ。遠慮なくおっしゃってね」

「「はい!」」

 ケイトとベスティナが元気に返事をし、思わずエメルとリリシアが顔を見合わせ、微笑む。

 なんとなく、4人の距離が近づいた日だった。



 ちなみに、この瓶詰め機と呼ばれたこの試作品は、後に改良されてササラナイトから売り出され、薬師たちに一気に広まることになった。



 午前中をポーション作りに費やしたリリシアは、食堂で昼食をとる。

「リリシアちゃん、こっち空いてるよー」

 先輩魔術師に呼ばれて、リリシアは素直にそちらに向かった。

「今日は第8でしょ?」

「ええ、そうです、ハーティーナ先輩。よろしくお願いします」

 20代前半の女性魔術師の問いに、リリシアが頷く。

 第8ーー生体魔術研究室の、ヴィンス魔力回路研究室で、午後は研究被験者…要は実験台になりに行くのが、リリシアの午後の仕事だ。

 ハーティーナは、ヴィンスの助手の1人だ。


 これは日によって違い、いろんな研究室で講義という名で、趣味の垂れ流しを聞いたり、作った結界や魔法陣を無効化したり、魔力を放って計測されたりしている。

 ある程度予定が組まれているが、実験段階によって前後したり、ノキアやマグナイト、コロナがリリシアを拉致したりもする。


「今日はすでにノキア総隊長の予約が入ってるんだ、ちくしょー!」

 となりのテーブルで食べていたヴィンスが、思わず叫んでいる。

「予告がある分いいじゃない。私なんて前回、実験途中で突然マグナイト様にリリシアちゃんを拉致られたわ」

「俺は、ノキア総隊長に文句言ったら、『じゃあ、私より偉くなったらいいんじゃない?』だとー!」

「リリシアちゃんとの実験依頼すら却下された俺よりいいだろ!」

 ちなみに隣のテーブルは、今日はたまたま研究室持ちの実力者たちだった。

 会話通り、ノキアやマグナイト、コロナが時間が空いたら突然、リリシアを拉致する事態も発生する。

 それも、結構な頻度で。


 実験依頼要請は、研究の目的にリリシアの必要性見出せない…と大人の回答で却下。

 しかし、自分たちの時間が空けば、特に理由がなくとも、問答無用でリリシアを連れ去る所業。

 さすがに頻度が高かったので、ノキアとマグナイト、コロナの3人まとまってる時だけにしてくれという要求が、テイラーに認められ、少しだけマシになった。


 そう、研究部は今、空前のリリシア(という名の新素材)ブームなのだ。

 ここでは家柄など関係ない。

 爵位? 何それ。実験に使える素材?

 それが研究部。

 勘違いをした新人は、エリートの一員になれたことに気を良くして、庶民出身の研究者を馬鹿にする。

 だが、馬鹿にした相手に、「その将来受け継ぐ爵位を材料に、何が作れるの? あ、貴族年金から研究費くれるの? たっぷりお願いねー」「こんな古臭い理論、まだ信じてるの?」「君、何ができるの? とりあえずそこに魔力流してみて」「あ、活きのいい魔力発見」と言われ続け、問答無用で実験台にされ、気づくのだ。

 ここは、自分が今までいた世界とは違うのだと。


 リリシアは、最初にノキアと七聖に会った日に、それを悟った。

 だから、令嬢として恥ずかしくない、ある程度の振る舞いはするが、それ以上はしない。

 それより、幅広い知己を得ることが容易なこの場所が気に入り、積極的に食堂を利用するようになった。


 研究棟では、美女がボサボサの髪とヨレヨレの服のこともある。

 すごい理論を打ち立てながら、どう見ても生活能力に欠けている人もいる。

 みんな自分の研究に夢中で、派閥を作っているのなんて一握り。

 そんな特殊な場所なのだ。



 リリシアはヴィンスの実験室で、魔力回路を調べ、実験装置の魔石をやっぱり壊し、勤務時間がのこり1時間半のあたりで、会議室に拉致された。



◇◇◇◇◇



「今日は何の実験だったの?」

「魔力回路のチェックです。本当に特化型で無効化しか使えないのか、検討するみたいです」

 今更だが、魔力回路研究を専門的にしている部署なら、違う結果が得られるかもしれない。

「んー? でも、あの魔力回路計測器って、魔導具だったよね?」

「はい。壊れましたわ」

 ノキアの問いに答えれば、コロナが首を傾げ、リリシアが苦笑する。

 ちなみにこの場には、ノキアとマグナイト、コロナに、グリードもいる。

 基本的にこのメンバーだ。

 紅茶を用意したあと、メイドは人払いされている。

 通常業務は、テイラーが頑張ってくれているはず。


「医師の方を呼んで、診察して頂きましたが…」

「医療魔法って、使えるの?」

「いえ、無効化してしまいましたわ。思えば、幼い頃から、熱を出した時なども、医師が診察できずに、結局症状で判断されておりましたし」

 悩みに悩んだお抱え医師が、最終的にハーブティなどをブレンドして、薬として出してくれた。

 ハーブティには魔力が使われていないから、一番それが効いた。

 大きな病気をしなかったから、これまで助かったのだ。

 父や兄たちが過保護に拍車をかけたのは、そのためだと思う。



「今まで大きな怪我や病気がなくてなによりだな」

「ええ。回復魔法やポーションが効かないとなったら、余計に過保護に拍車をかけますわ」

 今でもひどいのに、と、グリードに答える。

 貴族の令嬢としては、当然の範囲なのだが。


「それよりわたくし、作りたいものができましたの。お力添え願えませんか?」

 リリシアが4人に提案する。

「何をだい?」

「まだ研究室は持てなくても、方向性を決められると学ぶものが見えてくるものね」

 ノキアとコロナが身を乗り出す。


「わたくしの魔力を吸収して、任意のタイミングで使用することのできる魔導具ですわ」

 魔力のコントロールを教わって、毎日実践してはいる。

 しかし、14年間自然に体表に張り巡らせていた魔力を、ずっとコントロールして、魔導具を壊さないように…と思うと、中々難しかった。

 身を守ろうとする本能に逆らう行為だから、余計に。


「ササラナイトで研究開発させてもよろしいんですが、わたくしの魔力の詳細が知れることとなりますわ」

 そうすると、いまは魔術省内では公然の秘密となっている、無効化ポーションの制作者と、リリシアを繋げることになる。

 お抱えの研究者とはいえ、秘密を知る人間は、1人でも少ない方がいい。


「自然に溢れる分の魔力を吸収して、任意のタイミングで発動…」

 グリードが眉根を寄せる。

「ええ。しかも、ある程度の威力のコントロールができれば、なおよろしいかと」

「それって…」

 思わずコロナが呟く。


禁忌(タブー)に手を出すつもりかい?」

 思わずマグナイトが問う。

 誰もが連想しただろう。

 リリシアの言う魔導具は、吸魔の腕輪の改良版だ。

 魔力を吸うだけでなく、それを利用した発動。

 つまり、その魔導具をはめていれば、魔毒症であっても、魔力に侵されることなく、魔術を使える。

 魔毒症であっても、今まで通りに魔術師として、活躍が可能になるだろう。


 だが、そもそも『吸魔の腕輪』ができた当初から形を変えないのには、訳がある。

 魔毒症に侵された“尊き血”の者たちが、“名誉の死”を遂げた過去があるからだ。

 いつしか“名誉の死”を妨げ、卑しく生きあがく『吸魔の腕輪』を、忌避する風習が貴族に根付いた。

 そもそもが貴族の恐怖の象徴だった腕輪だから、余計に。


「あら、何のことですか? わたくしは、自身の不便を解消したいだけですわ」

 リリシアは微笑む。

 そういうことにしておかないと、言い出せる内容ではなかった。


「…だから、あえて我々に“作りたい物”の話をしたのか」

 ノキアが呟く。

 他の研究室で話してしまえば、賛同でも拒否でも、厄介なことになるデリケートな話題だ。

 何しろ、この国のトップレベルの魔術師が集まる魔術省。

  “魔毒症”での離職率は、この国一とも言える。


「…建前はこのくらいにして、本音を言いますと…『吸魔の腕輪』と違って、わたくしの提案する魔導具は、貴族の体裁である“一定以上の魔術を使える”という面目は、保てますわ。なぜ研究してはいけないのか、理解に苦しみます」

「まぁ、それは、過去に“名誉の死”を遂げた方々への配慮かな」

 リリシアの言葉に流石のマグナイトが苦笑する。

「すでに亡くなった方への配慮で、明日消える命を救える魔導具の研究をやめるのですか?」

「「…………」」

「魔術省の貴重な戦力も、ずいぶん失われたはずですわ。人命と見栄、どちらが大切なのです? …というか、そんな瑣末なことに、この顔ぶれでこだわっていらっしゃることに、驚きましたわ」

 そもそもノキアなどは、庶民出身で、実績で貴族になったように、魔術省では貴族であることに重きを置かれない。

 それでも、誰も手を出さなかったのが『吸魔の腕輪』なのだ。


「一度開発が進めば、短期間で完成すると、わたくしは考えております。『吸魔の腕輪』が作られたのは150年ほど前のこと。進化していないことが異常なのですわ」

 他の魔導具は、時代に合わせて進化している。

 より便利に、より性能が良いものに。

 それなのに、『吸魔の腕輪』だけは、誰もが手を出さない。

 ーーいや、民間で手を出したとしても、貴族に握りつぶされる。

 “面子”のために。

 『吸魔の腕輪』を、恥だと思う連中によって。


「それに、表に出さないものの、密かに個人で研究している方も、この魔術省には多いと見ています。魔術師にとって、一番身近な脅威ですもの」

「根源的な死への恐怖からの自衛か」

「グリード殿下のおっしゃる通りですわ。魔術師であれば全員が、潜在患者ですもの。死への恐怖から逃れられるすべがあるのなら、対策を考えていてもおかしくはないでしょう?」

「それを、形にする土壌がなかったから、提供する、と」

「民間で研究するには、リスクが多すぎますもの。幸いにして…」

 ノキアに頷き、リリシアはグリードを見る。

「この場には、皇族である、私がいる、と」

 グリードが思案するようにゆっくりと告げる。


「ええ。魔術師の登用で帝国を築いたイズファルド帝の子孫として、皇族方は、魔力の使えなくなる『吸魔の腕輪』が使えない。だから、貴族もそれに倣い、『吸魔の腕輪』を利用するのを良しとしない…」

「くだらないな。年々、魔毒症の患者は増えている。高位貴族は全滅する予定らしい」

 グリードの言葉に、マグナイトとコロナは、思わず顔を見合わせている。

 立場的に思っていても、逆のことを言わねばならないはず。


「グリード殿下がそうおっしゃるのなら、話が早いですわ。そもそもわたくしの提案は、“魔力を発動することのできる”『吸魔の腕輪』の改良版。皇族でも貴族でも、使って悪いはずがない。ただし、暗黙のうちに『吸魔の腕輪』に手を出すことを、禁忌(タブー)視されていなければ」

「…『吸魔の腕輪』の是非論は、今から30年ほど前に、一度は活発化した」

「我が祖父である、先代皇帝の魔毒症の際ですね、ノキア殿」

「ああ。…だが結局、先代陛下が魔毒症で“渡られる”ことを選ばれ、再び禁忌(タブー)視され、鎮静化した。…リリシア嬢は、知らない話かな?」

「いえ。父の親友が、先代陛下が渡られる前年、15歳で魔毒症で亡くなったと聞いています。先代陛下が“渡られる”ことが決まっていたから、『吸魔の腕輪』を使うわけにはいかなかった、と」


「…あぁ、そうか。それで…」

 思わずマグナイトが呟く。

 珍しくゲシッとデリカシーのない発言をコロナが肘打ちで止めるが、リリシアは微笑む。

「ええ。父は、わたくしが『魔力なし(ポンコツ)』だと判定されたとき、その親友を思い出したと。そして、わたくしが、本当は魔力があったのだと判明したとき、親友の導きに違いないと思ったそうです。その親友が外した『吸魔の腕輪』を、父は今でも大切に、目に触れる場所に置いています」

「忘れぬように、か。……私も、父から当時のことを聞いたことがある。ここでだから言えるが、実際は先代が決断したことではないらしい。むしろ、先代はすでに、正常な判断を失っていた、と」

 “血”の弊害だ。


「だから、父もリリシア嬢の言う『吸魔の腕輪』の改良版については、認めるはずだ。10代で、学園を卒業と同時に帝国(この国)を背負うことになってしまった父も、ある意味“魔毒症”の被害者の一人だからな。その件はひそかに私が父に打診しておこう」

「それならば安心ですわ」

 リリシアは微笑む。だが、グリードは、いぶかし気にリリシアを見る。

「まだ、何か狙いがあるのか?」

 グリードには、リリシアが、何かを含んでいるように見えたのだ。

「ばれてしまいましたか。そのあと、わたくしはさらなる改良版として、『吸魔』の力を上げた、発動可能な腕輪の制作をしたいと考えています」

「『吸魔』の性能を上げたところで、どうなるの? あふれる分や、必要量を引き出せばいいんじゃない?」

 コロナが不思議そうに首を傾げる。

「『吸魔』の力を上げれば、魔力回路の不良で『魔力なし(ポンコツ)』とみなされている可能性のある方が、魔力を使える可能性が出てきますわ」

「『吸魔』の力で、強引に回路を開こうというわけか」

 リリシアの問いに、マグナイトが感心したように手を叩く。

「その発想はなかったなー」

「コロナ様、わたくしは元『魔力なし(ポンコツ)』ですから」

 だからこそ、そういう発想になると、リリシアは言う。


「…わかった。グリード殿下まで陛下にお話するなら、この世代で、慣習を変える覚悟をするか…」

 ノキアがいつになく真剣に告げる。

 魔術師の誰もが一度は思い、実行しなかったこと。

「職人の省と…第8研究室に、内密に話を通しておこう。動くのはあくまで、陛下の返答があってからだ。それまで、このことは誰にも漏らさないように」

 ノキアの言葉に、全員が頷いた。



◇◇◇◇◇



「そういえばリリシア嬢、先日のお休みは、ずいぶん面白いことをしたのだな」

 馬車の乗降場へとエスコートしながら、笑いを含んだ声でグリードが告げる。

「…相変わらずお耳が早いこと」

「いや、私でなくとも。リリシア嬢が冒険者の格好をして帝都を歩いていたら、話題になるのは当然だ。リリシア嬢を知るのは、貴族だけでなく、その従者や大商人もいる」

「そうですわね。人は噂好きですもの」

「次の休みも、“冒険者”をするのかい?」

「恐らくは」

「それは楽しそうだ」

「ええ、とても」

 しみじみと告げたグリードに、ふふっとリリシアは微笑んだ。





魔術省でも、何かが動き出しそうです。



思いつきで書き加えることが多いので、矛盾点があるかも…

お気付きの方はご指摘お願いします!


※補足※

リリシアの出勤日はこんな時間割です。

1の鐘 4時 起床・身支度

1つ半 5時 朝食

2の鐘 6時 出勤開始・開門

2つ半 7時 仕事開始

3の鐘 8時

3つ半 9時 お茶休憩

4の鐘 10時

4つ半 11時 昼食

5の鐘 12時

6の鐘 14時お茶休憩

7の鐘 16時 退勤開始

7つ半 17時 夕食

8の鐘 18時 お風呂・就寝準備・閉門

9の鐘 20時 就寝時間


だいたいこんな感じです。

基本的には太陽と共に起きる生活なので、冬は1日が短くなります。

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