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21.リリシアと自由の象徴

今回は本当に長いです。12000字を超えてます。





 いつになく真面目な雰囲気で、書類を束ね、目の前で白金貨1枚と金貨を20枚数えてみせるレイド。

「間違いはございませんか?」

「ええ。確かに」

 レイドの問いににこやかに応えたリリシア。

 レイドも真面目くさった顔で並べた金貨を革袋に入れると、書類の控えと共にリリシアに差し出した。

「では、これで契約成立ということで」

「ええ。これから、どうぞよろしくお願い致します」

 レイドの言葉にリリシアは返し、書類と革袋を受け取った。


「では、確かにこの場で、ササラナイト商会と、魔術師シア様の間で、『あらゆる味の無効化のポーション』の専売契約が結ばれたことを、公証人バベル・ランドホーグが保証いたします」

 呼ばれていた公証人のバベルが、レイドとリリシアにそれぞれ書類を渡し、2人が受け取る。


 例のポーションの専売契約だ。

 まだ、ダンジョンでの追試は行われている途中だが、商業ギルドと擦り合わせていた制度も正式に決まり、魔術省的にはまず問題ないと契約許可が下りた。

 あとは、追試の結果を受けて、正式な認可がおりれば、すぐにでも売り出せる。

 リリシアはあえて『シア』という偽名で専売契約をしている。

 薬師などが、よく偽名でポーション売りを副業としているので、契約上、とくに問題はない。

 むしろ、リリシアの安全を考えると、偽名が当然とも言える。


 公証人のバベルが帰ると、レイドとリリシアはそのままお茶をする。

「しかし、その金貨、本当に銀行に預けなくていいのかい?」

 契約金は現金がいいと言われ、更には細かく白金貨は1枚まで、他はもっと細かい硬貨がいいとリリシアに指定され、レイドはその通りに用意をしたのだ。

「ええ。問題ありませんわ」

 リリシアはにっこりと微笑む。


 本当なら、内容が内容なだけに、もっと契約金が多くていいのだが、現金がいいと言われたので、あえてこのくらいにしておいたのだ。

 さすがに残りは販売開始後に、銀行に振り込むことになっている。



◇◇◇



 早めの昼食を取ったあと、レイドが仕事に戻ると、リリシアは手筈通りに馬車に乗って、帝都の街に繰り出した。

 貴族街を抜け、貴族と庶民の間の商店あたりで馬車を降りると、リリシアは歩き出した。

 いつもよりカジュアルめのワンピースで、“ちょっといいとこのお嬢さん”くらいに抑えている。


「それにしても、どこに行くんです?」

 メイド服ではなく、同じくワンピース姿に着替えたハンナが、首をかしげる。

 護衛のガイスは、護衛服ではなく、いつも冒険者ギルドに行く時の格好。

 つまり、お忍びごっこだ。


 魔術省に勤務するようになり、リリシアは行動範囲が広がった。

 とはいえ、さすがに街歩きの経験はほとんどない。

 何しろ、商人が家にやってきて買い物をするので、あえて街歩きをする必要がないのだ。


 しかし、今回ばかりは違う。

「さぁ、ガイス。わたくしを、冒険者の装備が買えるお店に連れて行ってちょうだい」

 満面の笑みで見上げるリリシアに、さすがのガイスも一瞬固まる。

「……えぇっ!?」

 ハンナが声をあげる。

 よくわかる。今回ばかりは、ガイスも思わず声をあげそうになった。


「………リリシア様、なぜ、冒険者の装備など…」

 頭痛をこらえながら、ガイスは問う。

「それはもちろん、装備を揃えたら、冒険者の登録をしに行くからよ」

 迷いもなく、リリシアは言い切った。

「えぇぇぇっっっ‼︎‼︎⁉︎⁇⁇」

 ハンナが半ば絶叫する。


「ガイスが装備を選んでね。魔術師用がいいわ。もちろん、通常の業務の範疇外ですから、お手当をだすわ。まず、手付として半分払っておくわね」

 にこにこと笑みを振りまきながら、リリシアはハンナに持たせていた革袋から、金貨2枚を取り出すと、ゴツゴツとした大きなガイスの手を取り、握らせる。

 ツッコミどころが多すぎて、ガイスは眉間をもみほぐした。

 冷静沈着な彼にしては、非常に珍しいことだ。


「…お聞きしても?」

 思わず立ち止まってしまったので、道の脇にリリシアたちを誘導してから、ガイスは口を開いた。

「何なりと」

「……どうして冒険者になど…」

 ガイスがそう言うのも無理はない。

 冒険者は危険と隣り合わせの職業。

 自らの命を担保に、日雇い労働をしているのと変わらない。

 一攫千金を夢見る貧困層や、定職に就くには問題のある荒くれ者、腕っ節を試す無防な輩がひしめき合う職業。

 ガイスほどの腕前があれば、実益を兼ねた暇つぶしにもなり得るが、普通は常に命の危険にさらされているようなもの。

 荒くれ者やならず者、行き場のない者が、日雇い労働をしている溜まり場。

 もちろん志を持った冒険者も多いが、そう見られても仕方のない立場なのだ。


 間違っても、伯爵家のご令嬢の踏み入る世界ではない。

 しかも、元至高の魔力なし令嬢(コレクション)にまで登りつめ、皇子のダンスのパートナー役をつとめるほどの令嬢。

 おまけに、選ばれし国のエリート、魔術省に所属する者が行く場所でもない。


「そこに、“自由”がある気がするの」

 リリシアは楽しそうに笑う。

「魔力がないって言われてた間は、足元を固めて、隙を作らないのが大事だったわ」

 リリシアがそっと瞼を閉じる。

「誰もが認める存在にならなければ、貴族社会では生きていけなかったもの。全ての行動に気を遣ったわ」

 リリシアのその努力を知るからこそ、ハンナもガイスも口をつぐむ。

「でも、わたくしには魔力があった。魔術省にも入省できて、今までみたいにずっと足元を固めることばかりを見る必要がなくなったわ」

 リリシアがキラキラと瞳を輝かせて、2人をみる。

「お父様も、お兄様もお姉様も、誰もわたくしを止められないのよ。だから…一度きりの人生、やってみたいことを全部やってみなきゃ、損じゃない」

 心底楽しそうなリリシア に、“あぁ、これは止めるの無理だ…”と、ハンナとガイスの思いは一致する。


「だからガイス。わたくしを連れて行って。わたくしの稼いだお金で、装備を揃えるんですもの。誰にも文句は言わせないわ」

 強気な主に、ガイスは苦笑する。

 だから、契約金を現金で欲しがったのか、と。

 何とか止められそうなエヴァンも、レイドの手伝いに向かわせているし、万全だ。

 全てはこのためか、と。


「かしこまりました。…しかし、装備を揃えても、その口調は目立ちます。変なのに目をつけられてもやっかいなので、気をつけて下さい」

 ガイスに告げられ、きょとりと瞬きをしたリリシアは、嬉しそうに頷く。

「えぇぇぇっっっ?? 本気ですか、ガイス様っ!?」

 ハンナがまた悲鳴をあげるが、こうなってはもう止められない。

 あとで一緒に叱られるよりないと、ガイスは腹をくくって歩き出した。



 リリシアは本気だった。

 小綺麗なワンピースを脱ぎ捨て、丈夫な服と、ブーツを買う。

 髪飾りを外し、ハーフアップにされた髪も、思い切ってひとまとめに結んだ。

 初めて履くズボンに、楽しそうに笑みを漏らす。

 なるべく軽く、かつ丈夫な魔物製の防具とマントを装備。

 オロオロとしつつも、着替えを手伝うハンナ。

 ベテラン冒険者でもあるガイスの見立ては確実で、とても手早い。

 用意された選択肢から、リリシアがサッとシャツを選べば、既にズボンの候補が揃っている…という具合に。

 さすがにリリシアも、鐘半分の時間もかけずに全ての装備を揃えられるなんて思っていなかった。

 嬉しい誤算だ。


「これで、私も立派な冒険者よ。早速冒険者ギルドに登録しなくちゃ」

 なるべく庶民の女の子の喋り方を真似て、楽しそうなリリシア。

 しかし、真っ白な肌と可憐な容姿、さらには立ち居振る舞いが優雅過ぎて、周囲の目を引いているのにも気付かず、ご満悦で冒険者ギルドへ。


「よぉ、ガイス。今日も…」

 ギルドのドアを開けてガイスが入ると、すぐに声がかけられる。

 しかし、続いて入ってきた可憐な容姿の少女と、“いいとこのお嬢さん”風のワンピースの女性に、声をかけた青年は、ぼとりと持っていた籠手を落とした。

「あー…また今度な」

 ガイスはひらひらと手を振る。


 いつもはうるさいくらいに騒がしいギルド内が、シーンと静まり返っている。

「リリシア様、何か見られて…」

 ハンナが小声でいいつつ、リリシアの腕に抱きつく。

「今の私は冒険者のリリーよ、ハンナ」

 リリシアは小声でそう返す。


 苦笑をこらえつつ、ガイスは、リリシアをカウンターまで案内した。

「…いらっしゃいませ。ご用件をおうかがいします」

 一瞬ギョッとした様子の受付嬢だったが、次の瞬間には営業スマイルで目の前に来たリリシアに問う。

「冒険者の登録をしたいのですが」

 きっぱりと告げるリリシアに、一瞬ののち、笑い声や口笛、驚きの声などが上がる。

 ハンナは半泣きでリリシアを見るが、リリシアは気にした様子もなく、まっすぐに受付嬢を見上げている。

「……失礼ですが、15歳未満の学生の方ですと、保護者か身元保証人の同意書の提出の必要があります」

「あら…そうなのね。15歳未満ですけど、学生ではないの。こちらで証明になりますか?」

 受付嬢の言葉に、リリシアはハンナに預けていた、魔術省の身分証を見せる。

 身元保証人でもいいのなら、おそらくガイスでも事足りる。

 だが、そこまで迷惑をかけるのもどうかと思ったので、ダメ元で自立しているアピールだ。

 受付嬢が驚愕の表情を浮かべた。

 だが、すぐに表情を取り繕うと、身分証をリリシアに返却する。


「…問題ありません。では、こちらに必要事項を記入して下さい。名前と年齢、戦闘職は必須項目です。また、登録に銀貨2枚かかります」

 受付嬢は登録用紙を取り出した。

「わかりました」

 リリシアは銀貨2枚を渡してから、さらさらと記入した。

 偽名でも構わないと、あらかじめガイスから聞いていたので、名前は「リリー」、職業は「魔術師」、それから年齢。

 他のものはあえて記入せずに、ちらりと控えているガイスをみやる。

 ガイスが頷いたのを見て、リリシアはそれを提出した。


「…確認いたしました。では、こちらの魔晶石に、手をかざして下さい」

 受付嬢から言われた言葉に、リリシアは困った顔になる。

「恐らく…ですが、私がその魔晶石に触れると、壊れます」

「えっ?」

 受付嬢にだけ耳打ちすると、彼女は目を丸くする。

「壊してもいいなら、試してもいいのですが…。あ、壊れるといっても、無効化されるだけなので、魔石に魔力を補充して、回路を開き直せば大丈夫なんですけど…。魔術省(しょくば)で確認された事実です」

「…お待ちください」

 受付嬢は告げると、ベテランらしき人に相談に行く。


 担当を交換したその人は、念のために…と、クズ魔石と言われる安物の魔石をリリシアに見せる。

 周囲に見られないように、手の中のものを隠しつつだ。

「こちらに触れた反応を見せて下さい」

「わかりました」

 リリシアはグローブを外し、魔石を受け取る。

 触れたその瞬間、魔石は色をなくした。

 リリシアも彼女を真似て、隠しつつそれをベテラン受付嬢に渡す。

「…………」

 無言のまま彼女も、リリシアから魔石を受け取る。

「確かに、お申し出通りの結果が予測されます。少しお待ちくださいませ」

 頷いた受付嬢は、一旦奥へと行き、それから受付の外へ出てくる。


「申し訳ありませんが、奥の部屋にて登録いたします。お連れ様もご一緒にどうぞ」

「えぇっ!?」

 ハンナが思わず声をあげ、こちらを伺っている周囲を見回してリリシアを見る。

「行きましょう」

 頷いたリリシアは、ハンナと、それからガイスを見た。

 ガイスも頷き、受付嬢に案内されるまま、奥の部屋へ。


「ギルド職員のレミーナと申します。…失礼ですが、リリー様。先ほどの受付から伺いましたが、魔術省にお勤めだとか。念のために再度、魔術省の身分証を見せていただけますか?」

「ええ。どうぞ」

 リリシアは魔術省の身分証を提示する。

 受け取った受付嬢レミーナは、身分証をケースから出すと、何かの魔導機械にそれを通した。

「確認いたしました。ありがとうございます」

 すぐに身分証は返却された。


「こちらの身分証ですが、他の方と作りが違うことはご存知ですか?」

「ええ。私の体質ゆえに、防護魔法をかけた上で、特別製のケースに入れて頂いたと聞いています」

「やはり、ですか…。申し訳ありませんが、同じ形でのライセンス発行ですと、出来上がりに数日かかります。その間は仮のライセンスで依頼を受けていただくことも可能です。また、追加で金貨1枚かかるのですが、どうなさいますか?」

「では、お願いいたします。ライセンスの引き取りは、次の天の日になると思います」

 リリシアは金貨1枚を取り出し、渡しながら答える。

「3の天の日ですね。かしこまりました。それまでにご用意しておきます」


 ちなみにこの世界は、6日で1週間。

 天、地、緑、炎、水、風の日と呼ばれる。

 それが5週間で1ヶ月。

 12ヶ月で1年だ。

 月の名は、春の1月、2月、3月。夏の1月、2月、3月…という感じ。

 なので、日付の約束は、秋の1月の3の天の日という感じでする。

 3の天の日とは、そのまま3週目の天の日という意味だ。


「通常ですと、Fランクからスタートとなりますが、試験を受けることで、最高でDランクからのスタートも可能となります。軍や騎士、宮廷魔術師や魔術学校の学生さんがよくこちらの試験をお受けになりますが、どうしますか?」

「Fランクからのスタートで構いません」

 実戦経験どころか、まだ魔力の使い方さえおぼつかないのだ。

 急ぐ必要はない。


「了解しました。…こちらの部屋に来て頂いたのは、魔術省の身分証の確認もありますが、これからお作りする特別製のライセンスについて、すこし特殊な注意事項があるからです」

 職員を呼んで仮ライセンスの発行の指示を出したレミーナは、3人に紅茶を用意…しようとしたところで、ハンナがその役目を買って出て、全員の紅茶を入れた。

 リリシアが止めようとしたが、

「普段通りのことをしないと、落ち着けないんです!」

 とハンナに言われ、それ以上何も言わなかった。

 だが、紅茶を入れ終え、背後に控えようとするハンナをつかまえ、リリシアはソファに座らせる。

「リリシア様!」

「今日のハンナは私のお姉ちゃんよ。そしてここでは、私は“リリー”」

 思わず声を上げるハンナに、リリシアはにっこりと笑った。

 ガイスとレミーナの視線が一緒交錯し、共に横を見て空咳をした。


「通常の冒険者ライセンスですと、生体認証により、ご本人にしか操作できない機能と、私ども冒険者ギルドでの操作部分に分かれます。また、生体認証のおかげで、盗難や紛失により、誰かの手に渡ったとしても、口座のお金を使われる危険はありません。また、情報の確認をライセンスの持ち主がすることができます」

「情報、ですか…」

 気を取り直して説明をするレミーナに、リリシアが不思議そうに呟くと、ガイスが自分のライセンスを取り出した。

「自分の登録情報、現在受けている依頼、通常口座の残高の3つを表示切り替えできます」

 ガイスがライセンスの表面を押すと、ライセンスの表面に表示されていた画面が切り替わる。

 ちなみに登録情報には、ランクや、組んでいる場合はパーティも表示されるという。


「ですが、特別製になりますと、防護魔法をかけることもあり、身分証として使える登録情報にカードの情報が固定されます。つまり、受けている依頼と期日、条件、また、口座残高などは、ご自身で管理して頂くことになります。もちろん、ギルドに来ていただければ、内容は確認できます」

 なるほど、と、リリシアは頷く。

「また、冒険者ライセンスからの口座利用には、生体認証が使われています。ですが、リリー様の場合は、その認証ができませんので、生体認証ロックが常に解除された状態です。つまり、リリー様だけでなく、誰がそのライセンスを利用しても、口座からお金を引き出したり、支払いができるということです」

 レミーナの言葉に、リリシアは改めて別室に呼ばれた理由を悟る。

 例え小声で話されていたとしても、冒険者の中には様々な技術を持つ者がいて、盗聴されていないとも限らない。

 この注意事項を聞いていたら、ライセンスを盗むことを考える輩が出てもおかしくはないのだ。


「ということは、こちらのライセンスで使える口座には、あまりお金を入れておかない方がいいのですね」

「はい。必要金額にすこし余裕を持たせる程度を残し、残りは別の口座に移すことをお勧めします。とはいえ、ランクが上がらないことには、依頼料もそれほど高くはないので、最初の内はお気になさることはないと思います」

 すぐに理解するリリシアに、レミーナも微笑む。


 その時、レミーナが頼んでいた仮ライセンスが出来上がってくる。

 案外早いものだ。

 持ってきた職員も一礼して、すぐに部屋を出て行く。

「こちらが仮のライセンスです。内容に間違いがないかご確認下さい」

「ありがとうございます」

 リリシアが受け取り、書かれた内容を確認する。

「間違いありません。…こういった仮のライセンスや、特別製のライセンスがすでにあるということは、利用する方がいるということですよね? どういった方が利用するのでしょう?」

 じっと渡された紙を見て、リリシアが呟く。

「…………」

 レミーナは、即答しない。


「リリー様、冒険者にとって、情報は金です。普通は知らない情報というのは、内容はどうであれ、誰かの稼ぎになる可能性があります。もっとも、金でも買えない情報もありますが」

 ガイスが口をはさむ。

 情報の有無で、依頼達成の速度も難易度も変わる。時には生死を分ける。

 冒険者になるつもりなら、それを知っておく必要がある、と。

「なるほど。ありがとう、ガイス。浅慮でした。…レミーナ様、その情報というのは、買えるものですか? また、買えるとすれば、おいくらくらいですか?」

 リリシアはレミーナにそう尋ねた。

「銀貨5枚でお話出来る内容です」

「では、こちらを。余分は、レミーナ様のお時間を頂いているので、そのお代としてお納め下さい」

 リリシアは金貨1枚をテーブルにのせ、レミーナの前へ差し出す。

 ちらりとレミーナとガイスの視線が交錯し、レミーナがリリシアを見る。


「リリー様、お気をつけを。必要以上の金額を渡すと、付け狙われます。冒険者や情報屋の大半はお金のために危険をおかします。危険に見合った金額だと思う依頼を受けます。それが通常よりも余分にもらえると知れば、次からカモにされます。支払う立場になったのなら、値切り交渉をするくらいでちょうどいいのです」

 レミーナがまっすぐとリリシアを見て告げる。

 きょとりと瞬きをしたリリシアは、ふふっと微笑んだ。

「ご忠告ありがとうございます、レミーナ様。でも、そんな忠告をしてくださるレミーナ様だからこそ、やはりお受け取りいただきたいわ」

「……リリー様、口調が戻ってます。…ついでに言うと、普通の冒険者は、受付嬢に様付けしません」

 苦笑したガイスが忠告する。


「ふふっ、そうなのね。でも、レミーナ様は、わたくしを“リリー様”と呼んでいるわ」

「それは私がギルド職員で、リリー様は言わばお客様のような立場ですから」

「なるほど。では、レミーナ“さん”と。ハンナは私のお姉ちゃん、ガイスはお兄ちゃんよ」

 レミーナはとっさに横を向いて肩を震わせ、ガイスは天井を仰いだ。

「あー…さすがに年齢が離れすぎて、無理があるのでは?」

「そう? だったら、従兄のお兄ちゃんよ」

 リリシアは堂々と言い切った。

「しまったわ。設定を詰めてから来るべきだったわね。ハンナは、私のお姉ちゃん。ガイスは従兄のお兄ちゃん。つまり、ハンナにとっても、ガイスは従兄のお兄ちゃんになるの。いい?」

「えぇっ? ガイス様が従兄のお兄ちゃん!?」

「違うわ、お姉ちゃん。ガイス“お兄ちゃん ”よ!」

「あー…ということは、私からのリリー“様”呼びも、敬語も不自然ですね」

 ガイスも苦笑する。

「そうね」

 リリシアも頷いた。


「わかった。リリーとハンナは従妹だな」

 ガイスは切り替え、リリシアは満足げに頷き、ハンナはアワアワとした。

「そして、私は冒険者よ。パン屋の娘が冒険者を目指してるのよ」

 リリシアの言葉に、ぶっとガイスが吹き出す。

「そりゃぁ、無理だ、リリー。育ちの良さが仕草からバレる。せめて、“良いとこの商家のお嬢さん”あたりにしないと」

「あら、そうなの? 仕方ないわ」

「じゃあ、“良いとこの商家のお嬢さん”が、冒険者になると言い出したんで、心配になった姉が“従兄で家を飛び出した、ろくでなしのガイス”を呼び出してフォローを頼んだ…ってあたりでどうだ?」

「ガイスお兄ちゃんは“ろくでなし”なの?」

「“良いとこの商家のお嬢さん”の従兄はせいぜいが“良いとこの坊ちゃん”で、普通はまず、冒険者にならないかと」

「わかったわ、ガイスお兄ちゃん」

 頷いたリリシアは、横を向いて耐えきれない笑いに震えるレミーナをみやる。


 ふーっと深呼吸して、レミーナは気合いを入れてリリシアたちに向き直った。

「レミーナ“さん”、やっぱり、情報料と、今の口止め料も兼ねて、こちらを受け取ってね」

 リリシアはにっこりと笑って先ほどの金貨を示す。

「了解しました。口止めされておきます」

 プフッと笑ったレミーナは、テーブルの上の金貨を受け取った。


「さて、この特別製のライセンスですが…」

 未だ呆然としているハンナを置き去りに、レミーナは説明を始める。

「実は…主に“魔毒症”の方が利用します」

「“魔毒症”…」

 リリシアが思わず眉根を寄せる。

「はい。“魔毒症”になるのは、主に貴族の方々です。ほとんどの方が“吸魔の腕輪”を用いて症状を抑えるか、“名誉の死”を迎えられます」

 レミーナの言葉に、リリシアは頷く。その辺りのことは、リリシアも知っている。

 調べたことがあるからだ。


「しかし、中には、その存在を疎まれるように、“吸魔の腕輪”も持たされず、少しのお金と引き換えに、家を放逐される方もいます」

 レミーナの言葉に、リリシアも頷く。

 馬鹿馬鹿しいことに、“吸魔の腕輪”は、不名誉とされる。

 “魔毒症”になった息子や娘の命よりも、“ 家の名誉”を気にする貴族社会。


「ほとんどの方が野垂れ死にますが、中には冒険者の道を選ぶ、骨のある方もいます。“魔毒症”になる方は、帝国魔術学園所属や出身の方が多く、実習で魔物の討伐経験のある方も多いのです。ですから…冒険者になってお金を稼ぎ、自分で“吸魔の腕輪”を手に入れることを、目指されるのです」

 リリシアは頷く。“魔毒症”になったのならば、時間がない。

 すでに自分の商売を持っているのでもない限り、商売をして利益を求めたり、どこかで働いてお金を貯めようとしても、時間が足りない。

 その点、魔物の討伐で魔力を膨大に使い、なおかつ依頼達成料や素材を売れば、通常より稼ぎはいい。


「残念ながら、ほとんど成功例はないのですが…とにかく、魔毒症の方は、末期になればなるほど、魔力がダダ漏れになっていることも多いのです」

 魔力が体内で制御出来ないほどになるのが魔毒症だ。

 溢れ出るのも納得できる。

「冒険者ライセンスは、魔石を粉末にして、特殊な加工をすることで、情報の表示を可能にしています。冒険者ギルドで魔導機械に通す度に、魔力を補充し、表示を保っています。しかし、微弱な魔石の魔力が、過分な魔力を浴び続けてしまうと、正しく表示できなくなってしまうのです」

「なるほど。それで、特別製のライセンスで、ライセンスに行き渡る魔力を遮断してしまうのですね」

「そうです。ごく稀に、リリー様のような特別な体質でこの措置を取らせて頂きますが…本当に稀で、冒険者ギルドの歴史の中でも、数える程です」


「魔毒症の方は、“ごく稀”ではないのですね」

「たまに…でしょうか。特別製のライセンスを作ることができるのは、帝国内では五大冒険者ギルドと呼ばれる、大きなギルドだけなのです。ですから、帝都だけでなく、周辺からもいらっしゃいます。それでも、ここ10年で1人2人のことですが。これでも増えた方ですね」

「“増えた”…」

「はい。それまでは20年で1人、さらに前は30年に1人という感じでした」

「…魔毒症の患者の増加数が、影響してるんですね」

「…おそらく」

 リリシアの確認に、レミーナは頷く。

(まさか、ここでも“血”の影響を耳にするなんて…)


 気を取り直し、リリシアは質問する。

「“吸魔の腕輪”を無事に手に出来た方は、冒険者を続けていらっしゃるのかしら?」

「…成功例は、こちらのギルドでは、ここ50年で2名。1人は冒険者を続け…亡くなりました。“吸魔の腕輪”で、緊急時に魔力を発動できなかったのが原因と言われています。もう1人は、魔導具師に転職したと記録には」

 想像以上に酷い結果だ。

 つまりは、50年で1人しか“魔毒症”から自力で生き延びた記録がないことを意味している。

 貴族の1番集まる帝都でこれだと、五大冒険者ギルドの他の場所でも期待はできないだろう。


「その、魔導具師になった方の記録というのは…」

「さすがに個人情報ですので、冒険者ギルドでお教えすることはできません」

「わかりました。とても参考になりました」

 リリシアはすんなりと引き下がった。

 レミーナは“冒険者ギルドでは”と言った。

 つまり、冒険者ギルド以外のどこかで、記録に残っていても不思議ではない。


 そのあと、軽く冒険者の注意事項をレミーナから説明された。

「本日は依頼をお受けになりますか?」

「…時間がかからずにできるものがあれば、受けてみたいとは思っています」

「では、いくつか見繕いますか?」

「そんなこともできるのですか?」

「はい。依頼の受け方は4つ。1つは常時依頼と呼ばれるもので、こちらは常に貼られていて、依頼をカウンターで受けなくとも、指定されたものをカウンターに届け出ることで、依頼達成となります。薬草の依頼などが多いですね。ランク制限がないことも多く、新人(ニュービー)救済とも言えます」

 リリシアは頷く。薬草などは常に一定量いるだろうし、と。

「2つ目は、貼り出されている依頼書を剥がし、カウンターに持っていくこと。こちらは早い者勝ちです。先ほど申し上げたように、自身のランクの上下1つまでのランクを受けることができます。こちらが一般的です」

 リリシアはFランクなので、Eランクまでなら、受けられる。

「3つ目が、カウンターで自分の条件に合う依頼を見繕ってもらうこと。こちらは、受付が空いている時がオススメです」

 受付嬢にとっても、他の冒険者にとっても、忙しいときは困るからだ。

「4つ目は、指名依頼と呼ばれるものです。依頼主が、過去に依頼を達成した冒険者を気に入った場合などに、その冒険者を指名して依頼が出されます。実力ある冒険者や、質のいい冒険者、また秘匿性の高い依頼を達成した冒険者に出されることがほとんどです。冒険者側から断ることもできます」

 ガイスも受けていそうだな…と思いつつ、リリシアは頷いた。


「では、カウンターで見繕っていただく扱いになるのですね。ぜひお願いします」

 リリシアはレミーナに頼む。

 仮ライセンスということもあり、レミーナに頼むのが無難だろう。

「かしこまりました。お時間のかからないもの…という指定でしたが、どのくらいまで大丈夫ですか?」

「夕食時には帰宅しないと問題になりそうなので…7の鐘と7つ半の間くらいまででしたら」

 リリシアは応える。帰宅と身繕いを考えると、ゆとりを持ってそのくらい。

「現在が6の鐘が鳴った後ですから、鐘ひとつ半の時間で移動と依頼達成ですね。そうすると…帝都内で、子どものおつかいのような依頼になってしまいますが」

「構いません」

「了解しました。一旦退席します。お待ちください」

 レミーナはそう告げると、部屋を出て行った。


「リリシア様! 本当に依頼を受けるんですか?」

 扉が閉まると、思わずハンナが立ち上がり、リリシアに問う。

「もちろんよ。せっかくですもの。…じゃなくて、せっかくだもの。ガイスお兄ちゃんもいるし、大丈夫よ、ハンナお姉ちゃん」

 リリシアはにこにことしている。

 ハンナはへなへなと座り込む。


 すぐにレミーナが戻ってきた。

「条件に合うものですと、このくらいでした」

 机に乗せられるのは、“掃除”、“溝の泥のかきだし”、“草むしり”、“料理補助”、“おつかい”、“店の呼び込み”、“荷物運び”など。

「掃除や料理は経験がないし…草むしりなんかは体力が不安ね。“店の呼び込み”かな?」

「いや、リリーが呼び込みは色々とまずい」

 ガイスが苦笑する。

 本人は変装しているつもりでも、顔は出ているし、この容姿。

 収拾がつかなくなり、店に迷惑をかける未来が見える。

 さらには、他の貴族に見られでもしたら、また面倒だ。


「うーん…じゃあ、“おつかい”にする!」

 リリシアの言葉に、色々と想像したが、ガイスは諦めた。

 本当は“草むしり”や“荷物運び”がトラブルが少ないと思うが、力や体力面で問題がある。

 ガイスにほとんどの仕事をさせたとなると、リリシアは納得しないだろう、と。

 幸いどれも、緊急依頼でもないし、そのあたりが落とし所だろう。

 というわけで、リリシアは“おつかい”の依頼を受けると、颯爽と冒険者ギルドを出た。




 ちなみに、その日の夜、定時報告の後、レミーナが“おそらく貴族で、14歳にして魔術省に勤め、本名はリリシア。Aランク冒険者のガイスが護衛していた少女がリリーと名乗り、冒険者登録に現れた”と、冒険者ギルド長にだけ密かに報告をした。

 “口止め料”はもらったが、冒険者ギルド長にだけは報告をしておかないと、貴族とトラブルになった際は“知らなかった”では済まされない。

 もちろん“口止め”も話した上で、だ。

 普段は滅多に動じない冒険者ギルド長のオージーが、「嘘だろ、あのリリシア嬢しかいねぇじゃねぇか。勘弁してくれ…」と頭を抱えたことは、レミーナしか知らない事実となった。





まさかの行動に出るリリシア。

“免罪符”と“自分で稼いだお金”を手に入れたリリシアを、誰か止められるのでしょうか、笑

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