17. 令嬢たちのかけひき
お待たせしました!
その日、ササラナイト家の帝都邸の広間は、多くの令嬢たちでにぎわっていた。
おしゃべりに興じながらも、出される料理の数々に、感嘆の声が上がる。
本日は、秋の実りを味わう会と称した集いで、茶会というよりは、ランチ会。
ティグナの端の農地で手に入る、新鮮な野菜を使った、彩り豊かなサラダ。牧草地で有名なテラッタという町から仕入れた、チーズやバター。
帝都で手に入れるには高級な新鮮な魚介をふんだんに使った、スープやパスタ。
そして、山あいの町ラニゼルから取り寄せたフルーツを使った、スイーツ。
その食材のどれもが一級品。
そして、さすがはマルフェデート帝国一の港を持つササラナイトお抱えのシェフが作る、異国情緒あふれる珍しい料理の数々。
秋の実りの時期に、こうしてササラナイトのランチ会に呼ばれるのは、令嬢にとって、とても幸運なことだった。
ここで令嬢たちにふるまわれた、新しい料理やスイーツは、帝都に店を構えるササラナイト系列のレストランや菓子店に、順次取り入れられる。
つまりは、異国と海の食の最先端を味わうことができるのが、このランチ会。
このランチ会に誘われるというのは、令嬢たちにとってはとても名誉なことだった。
あたりを見回すと、なじみの顔ばかり。
つまり、ランチ会を主催するリリシアが“素敵だ”と思った令嬢たちだけが、ここに呼び寄せられる。
上は侯爵家から子爵家まで。
さらに珍しいのは、このランチ会に出席する『魔力なし』の割合。
正式に魔術省入りが発表されたリリシア。
今ではもうリリシアに魔力があるとわかっているが、変わらない顔ぶれに、少しの緊張とわずかな安堵が混じる招待客。
「リリシア様…その、リリシア様に魔力があると判明いたしましたこと、並びに魔術省入り、本当におめでとうございます」
デザートまで堪能して、優雅に食後のお茶を楽しみながら、侯爵家のキャメロン・エリス・クックナードが意を決したように告げる。
彼女はずば抜けた”緑の魔力“と呼ばれる木属性の魔力の持ち主ながら、魔力なしにも理解のある令嬢だ。
その言葉をきっかけに、令嬢たちにわずかな緊張が走る。
「ありがとうございます、キャメロン様。魔術省に入省できましたことは、本当に幸運でございました。しかし…」
リリシアがキャメロンから視線を外し、集まった令嬢たちを見回す。
「どうぞ、みなさま方もお知りおきください。…わたくしの本質が変わったわけではございません。お聞き及びの方も多いでしょうが…先日の宮廷夜会では、過分にもグリード殿下のパートナー役を仰せつかりました。これも、偶然、殿下に魔術省でお会いしたからでございます」
リリシアの言葉に、令嬢たちが視線を交わす。当然、“女嫌い”と言われる“氷結の皇子”がパートナーを伴い、それが元至高の魔力なし令嬢のリリシアであったことは、社交界のトップニュース。知らぬ者など、よほどの田舎貴族でもない限りいないだろう。
「同様に、わたくしの行動範囲が変わることで、あるいはグリード殿下のお相手をさせていただいた影響で、わたくしは今までお会いすることもなかった方々と、お会いすることになるでしょう。思いもかけぬ方から、茶会や夜会のお誘いをいただくことにもなるでしょう」
リリシアの言葉は、今後、誰もが予想のつく未来。
「ですが、わたくしが友でありたいと望むのは、ここにいらっしゃる“素敵な”みなさま方ですわ。幼いころから共に歩んできたんですもの。もちろん、お友達が増えて、お茶会に招き、みなさまにご紹介する方が増えることもあるでしょう。上の方から請われ、開かなくてはならないお茶会や夜会も出てくるかもしれませんわ。ですが、わたくしの心はこちらの茶会にございます」
慈愛のこもった温かいまなざしで、ひとりひとりの令嬢の顔を見ていくリリシア。
「ですから…定期的にみなさまとお集まりするこの場を、可能な限りわたくしは元のままの形で、続けていきたんですの。それに…わたくしの例がございます。本当は大きな魔力があるのに、基準に満たないと思われている方や、魔力がないと誤解されている方もいるかもしれませんわ」
リリシアの言葉に、令嬢たちはハッとする。確かにそうだ。キチンと魔力を測定されて、宮廷魔術師にも見てもらったはずのリリシアが、ずっと魔力がないと思われていたのだから。
「わたくし、魔術省で、できればそういう研究もできたらいいな…と思っておりますわ。不当に貶められるなど、あってはなりませんもの」
皆をゆっくりと見回したリリシアは、珍しく少し瞳を潤ませる。
「わたくしは、みなさまと今まで通りのお友達でいたいと思って、いつも通りにみなさまをご招待いたしました。ご招待に応じてくださったということは、みなさま方も、同じお気持ちだと思っていいのでしょうか?」
机の上で、祈るように組まれたリリシアの白く小さな手。
令嬢たちはようやく心からの安堵と笑顔を見せて顔を見合わせる。
「もちろんですわ」
「リリシア様は、どんなリリシア様でもわたくしたちの憧れですわ」
「嬉しゅうございます」
口々に令嬢たちは、リリシアの信頼に応えるべく、力強く頷いた。
◇◇◇◇◇◇
「みなさまに、わたくしの新しいお友達を紹介いたしますわ。こちらはリリシア様。ササラナイト伯爵家のご令嬢よ。先日の宮廷夜会では、グリード殿下のお相手をおつとめになられましたの」
茶会の主催者であるリオネットが、繊細な美貌を持つ令嬢を紹介する。
「リリシア・フォン・ササラナイトと申します。初めての方も、そうでないかたも、よろしくお願いいたしますわ。どうぞ、リリシアとお呼びくださいまし」
可憐な笑みを浮かべて、リリシアはふわりとスカートのすそを広げて優雅な礼をした。
ここは、ドリューズ公爵家の帝都邸。
第四皇子の婚約者である、リオネット・ラナ・ドリューズが、恒例の紅葉を愛でる会に、新たなメンバーとして、話題のササラナイト伯爵家の令嬢リリシアを招いたのだ。
さすがは公爵邸とあって、広い庭園の手入れも行き届いている。
リリシアと直接の面識のない者だけ、自己紹介をして、茶会は始まった。
とはいえ、公爵家の令嬢であるラナとリオネット、それから伯爵家のリリシアを除き、全員が侯爵家の家柄。夜会などで顔を合わせたことのある者がほとんどだ。
「先ほどもリオネット様がご紹介なさってたけど、リリシア様が前回の初秋の宴でパートナーをつとめたのは…みなさまもご存じの通り、わたくしの婚約者であるエルバルト第二皇子殿下の弟君の、あのグリード第三皇子殿下よ」
リオネットの隣にいた、主客のラナ・コーゼ・ゼニスが、つんと澄ました顔で告げる。
茶会の令嬢のドレスコードであるティードレスよりも、どちらかというとアフタヌーンドレスというべきドレスを豪奢にきらめかせている。
そして、茶会が始まる前からずっと、主催者のリオネットよりも、尊大にふるまっている。
自己主張の激しさがうかがえる。
「女性をよせつけない、“氷結の君”が、まさか伯爵家のご令嬢をパートナーになさるなんて、驚きましたわ。公爵家に年頃の美しい娘が少ないのが問題ですわね。一大ニュースになるのも仕方ないわ」
扇でファサッと、顔の下半分を覆ったラナが、嘆かわしい…とばかりに首を横に振る。
侯爵家の令嬢たちが、
「本当に…」
「せめて侯爵家の方であってほしかったわ…」
などと追従し、顔を見合わせ、扇の下でクスクスと笑っている。
ちなみに、ほかの令嬢たちが“氷結の皇子”と呼ぶのに対して、ラナがあえて“氷結の君”という表現を使うのは、第二皇子の婚約者という立場を印象付けるためでもあった。
「わたくしも、まさか、正妃のシェリル皇后さまのご子息でいらっしゃる、第三皇子のグリード殿下から、パートナーへお誘いいただけるなんて、思ってもみませんでしたわ。わたくしには、過分なお役目ですもの…」
リリシアは少し困ったような顔で、頷いて見せる。
本当ならばラナは、側妃の子どもである第二皇子の婚約者よりも、正妃の子であるグリードを手中にしたかった。兄弟順は下でも、正妃の子の方が、明らかに立場が上だから。
しかし、何度茶会に呼ばれようとも、グリードと一切接点を持つことがかなわなかった。それに、打診のあった第二皇子からの婚約者通知を、延期するにも限界があり、第二皇子で妥協したのだ。
それを、リリシアはそれとなくグリードから聞いて知っている。
ラナが、第二皇子の婚約者となってからも、接点を持とうとしてきて困る、と。
「そういう時は、“わたくしにはすぎたお役目です”と、辞退なさってよろしいのよ」
「そうですわ。一時的とはいえ、殿下方のパートナー役は、とても重い役目ですもの」
リリシアのひとつ年下のリオネットが、穏やかに…かつ“そんなことも知らないの?”とでも言いたげに告げれば、ラナがふっと鼻で笑うように同意した。
もちろん、他の令嬢たちも追従する。
「いえ…わたくしも、ご辞退申し上げたのですわ。ダンス会場で、一曲のお相手をお誘いいただくのとは、わけが違いますもの。今まで、一度もパートナーの方を伴われなかったグリード殿下のお相手は、リオネット様やラナ様をいつも伴われている殿下方とは、違う重さもございますでしょう?」
リリシアは申し訳なさそうに告げる。
「幾度かご辞退を申し上げたのですが…それでも、グリード殿下は、あきらめてくださいませんでしたの」
困惑した様子のリリシアに、ピクリとラナの目元がひきつる。
だが、あえてラナの様子に気づかないふりをして、リリシアは続けた。
「わたくし、いろいろ考えて、結論に至りましたの。きっと、グリード殿下は魔術にご興味があられるから、魔力なしだと思われていたのに、今になって魔術省に入省したわたくしを、研究対象になさっているのだと思いますわ。パートナー役を仰せつかれば、自然とお会いする機会も増えますもの」
にっこりと微笑むリリシアに、ハッとした令嬢たち。
「…そうね。そうに決まってますわ」
「グリード殿下は、魔術がとてもお得意ですもの」
「学園でも、首位から落ちたことがありませんものね」
「そうですわ」
ラナとリオネットが頷けば、他の令嬢たちも口々に告げる。
グリードは全ての教科において、学園で首位を独走状態らしい。
グリードに言わせれば、受けてきた教育からすれば、当然のこと。
しかし、第二皇子と第四皇子は、いくつかの教科で、首位をとれない。
グリードと同じ水準で教育を受けたにも関わらず。
この点も、ラナがグリードを諦められない理由のひとつらしかった。
「ええ、そうに違いありません。ですから、よく放課後に魔術省にいらして、わたくしをお茶にお誘いになるのですわ。研究するには、たびたびお会いしなくてはなりませんものね」
にっこりとした笑みのまま告げたリリシアに、扇の下で、令嬢たちの頬がひきつる。
思わず落ちた沈黙を誤魔化すように、ささっと動いた侍女たちが、冷めた紅茶を下げて、新しい紅茶を配膳する。
「…あら、先ほどとまた違って、とても香りのいい紅茶。さすがはドリューズ公爵家ですわね」
リリシアはにこやかな笑みでのんびりと告げると、優雅に差し替えられた紅茶を飲んだ。
そして、他の令嬢たちを見て、ふふふっと微笑む。
「みなさま、扇でお顔を覆ったままですと、せっかくの紅茶をいただけませんわ。それとも、こちらのお茶会では、扇で隠して飲むのが流儀なのかしら? でしたら、わたくしも…」
スッと侍女に視線を移すリリシアを見て、令嬢たちはファサッと扇を下ろした。
「嫌ですわ。リリシア様って、とっても…その、ユニークな方なのね」
「ええ。わたくしたちも、いただくわ」
「もちろん、扇を下ろして」
こほんと空咳をして表情をつくろった令嬢たちも、温かな紅茶を口に運んだ。
ラナが控えている侍女に目配せして、ケーキを皿にとらせる。
一度受け取り、
「リリシア様、こちらのケーキ、とても美味しいのよ。初めておいでになったのだから、試さないと損ですわ」
それをラナは侍従に持たせ、リリシアの前に。
「まぁ、ありがとうございます、ラナ様。頂きますわ」
リリシアは目の前に配膳されたケーキを上品に一口。
じっとラナがその様子を扇の下から見つめる。
「……っ…」
一口食べたリリシアが、目を見開き、口元を覆った。
それを見たラナがにやりとする。
「…っ、ぁあ……本当に、美味しいですわ」
ふふっと笑ったリリシア。
「ですが…みなさま、このケーキにはお気をつけ下さいまし。毒が入っておりますわ。ケーキの甘さにピリッと痺れる毒。意外なアクセントですわね」
にっこりと言い切ったリリシアに、一瞬空気が凍る。
パッと食べかけの茶菓子やケーキから、手を離す令嬢たち。
青ざめた侍従が、サッとリリシアの側に寄りケーキを下げようとするが、スッとリリシアの手が上がり、それを制した。
「見て下さいまし、この銀のフォーク。今になって変色しておりますわ」
リリシアがケーキを食べたフォークを持ち上げる。そのフォークは、確かに黒く変色していた。
「ですが…」
リリシアが紅茶用に置かれた銀のティースプーンでケーキをすくうが、しばらく経っても変色しない。
「素晴らしい毒だわ。きっと、唾液に触れたら変質する毒なのね」
パクリとリリシアがケーキを食べる。
「お嬢様!」
侍従が慌てた声を上げる。
「大丈夫よ。この程度の毒は効きませんわ。みなさまも、毒消しの魔導具くらい、付けていらっしゃるわよね? でしたら、酷くてもお腹を壊すくらいだわ」
にっこりとリリシアは微笑む。
「それよりも、ほら、見て下さいまし。やっぱり、唾液に触れたら変質するのだわ」
先ほどのティースプーンを持ち上げれば、確かに先ほどまで変化なかったはずなのに、変色している。
令嬢たちが青ざめている。
「そんな…魔導具を使えなかったのではないの?」
そんな中、ラナがわなわなと唇を震わせ呟く。
「ええ、ラナ様。わたくしは魔導具は使えませんわ。ほら、どこにもございませんでしょう?」
ふふっと笑ったリリシアは、手を見せ、髪を少し上げて耳なども見せるが、アクセサリーは胸元の小さなダイアだけ。
そしてそれは、魔導具にしては明らかに不足する大きさ。
「じゃあ、なぜ…!」
思わずテーブルに手を打ち付け、立ち上がるラナ。
「ふふっ。何故かしら?」
にっこりとリリシアは笑う。
「あら、ラナ様。指輪の蓋が開いておりましてよ。お気をつけ下さいまし。ほら、このケーキのソースによく似た液体が、ラナ様の指に垂れていましてよ」
それから、テーブルに載せられたラナの指を見て、リリシアが艶やかに笑う。
「……っ…!!」
ラナはハッとした様子で、慌てて手拭きで指を拭うと、カチッと指輪の宝石をはめ直し、フィンガーボールで手を洗ってもう一度拭う。
「……ラナ様…まさか…」
リオネットが震える声でつぶやきながら、ラナを見ている。
他の令嬢たちも、青ざめた顔でラナを見ていた。
「…お嬢様方、大変申し訳ございませんが、本日の茶会はこれまでとさせて下さいませ」
茶会を仕切っていた執事が、スッとリリシアの食べたケーキとフォーク、スプーン。それからラナが指を洗ったフィンガーボールと、リリシアが食べたものと同じ種類の残りのケーキをトレーにのせ、告げる。
「さぁ、みなさまを馬車へご案内なさい」
それから振り返って侍従や侍女に告げると、ハッとした彼らは一斉に動き始めた。
「ベス、リリシア様をサロンにご案内を。お待ちの従者の方々も、サロンでお待ちいただくように」
それから、リリシアを案内しようとしていた侍女に、茶会責任者の侍従が告げる。
ベスと呼ばれた侍女は、一礼して、リリシアを案内し始めた。
「アレン、ラナ様のエスコートを」
責任者の侍従が指示を出し、ラナからリリシアへとケーキを運んだ侍従が、ハッとした様子でラナに手を差し伸べた。
普段なら侍従などの手ははたき落としているラナが、呆然とした様子で侍従に手を取られるまま立ち上がった。
なんと!感想をいただきました!
本当に嬉しいです。ありがとうございます!
ですが…一度確認した後、ブラウザを閉じてしまいました。どこから感想のページに行けばいいかわかりません!
どなたかお教え下さい(T ^ T)
12/10、上記の件、解決しました!
ありがとうございます!