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14.閑話;伯爵家レイドと“親友” (後編)

予告通り、本日2話目です。





 意識を取り戻したアイゼルトと言葉を交わした翌朝、レイドがアイゼルトの元を訪れると、すでにアイゼルトは虫の息だった。

 医師がつきっきりで状態を見て、事務方が状況報告に走る。

 せわしないその医務室で、レイドは呆然とした。


「アイゼル! 何で…」

 昨日、ようやく目が覚めて、快方に向かったはずなのに、と。

「…アイゼルト殿は、昨日の最後の診察の後、自ら『吸魔の腕輪』を外していたようです。夜間に見回りをした治療師が発見した時には、すでに高熱で…」

 医師が、険しい表情でレイドに説明する。


「6年次のイバノン・ヴィクター・フレシア侯爵令息に、秘密裏に使いと、現状報告を!」

 レイドの声に、弾かれたように部屋付きの侍従が飛び出す。


「部屋に備えていた予備の腕輪も、魔石が外されていて、別のものを用意する間に、更に症状が悪化しました…」

 続く治療師の報告に、そこまで、用意周到にアイゼルトが行動していたことを知る。


「…レイド様宛に、こちらが」

 救護棟付きのメイドが、レイドに一通の手紙を差し出す。

 ひったくるように受け取り、開封すると、レイドは目を通す。


「…ふざけるな、アイゼル! お前がいなくなったら、俺は誰と馬鹿話をすればいいんだ!」

 読み終えたレイドは、虫の息のアイゼルトの襟首を掴む。


「くそっ」

 レイドは魔力操作をして、アイゼルトの体内から、魔力を吸い出そうとする。


「無理です!」

 気づいた医師が、レイドを止めようとしたその瞬間、レイドはバチンッと飛ばされかけ、踏みとどまる。

「…無理です。血の繋がった家族でもないあなたと、アイゼルト殿の魔力は()が違いすぎる。弾かれて当然です」

 医師は素早く血を流すレイドの腕に、治療魔法を発動させ、治療した。


 質の違う魔力がぶつかり合い、小規模な魔力爆発を起こしたのだ。

「…だが、少しアイゼルトの息が落ち着いた」

 レイドは弱々しく震えるアイゼルトの瞼を見つめる。


「レイド、アイゼルトは…!」

 珍しく息を切らし、イバノンが医務室に駆け込んでくる。

 魔術を使って、少しでも早く来たのだろう。


 レイドの隣に立ち止まったイバノン。

 2人の目の前で、ゆっくりとアイゼルトの瞼が持ち上がる。

「……馬鹿か…。…2人とも…」

 アイゼルトは、掠れた、弱々しい声で、2人を見て目を細めた。


「…馬鹿はお前だ、アイゼル。18になったら、共に酒を酌み交わす約束はどうした。俺の“兄貴”になってくれと、頼んでいただろう」

 レイドが吐き捨てると、隣でイバノンが息を呑んだ気配がした。


「…悪いな。それは…来世に、持ち越しだ」

 アイゼルトが目を細める。

「馬鹿言うな! 今世で果たせ!」

 思わずレイドが叫ぶ。


「…最期に、2人と話せて…良かった」

 苦しげに、アイゼルトは告げた。

「イバノン先輩…馬鹿レイドを…頼む」

 考えなしに、図太さだけを盾に『魔力なし(ポンコツ)』になったアイゼルトと、変わらぬ付き合いを望んだレイドを、と。

 イバノンが頷く。


「レイド…お前の“親友”の座は…俺の、誇りだ」

 苦しげに目を閉じたアイゼルトは、もう一度、力を振り絞るように、レイドとイバノンを見た。


“さよなら”


 その口が、そう動くと、アイゼルトは力尽きたように瞼を閉ざした。

 アイゼルトの脈を取っていた医師が、目を見はり、脈を探る。


「ふざけるな…。ふざけるな、アイゼルト! 命さえあれば、いくらでもやり方はある!」

 レイドがアイゼルトの横たわる寝台を殴りつける。

 アイゼルトの体が、勢いで弾む。


 しかし、それだけ。


 医師が、首を横に振った。


 魔毒症で息を引き取った患者に、魔力を使った蘇生魔法は、試すだけ無駄だ。

 仮死状態が数分以内なら、ごく稀に効果のある蘇生魔法も、魔毒症の患者には、死人に毒を追加するのと同じ行為。


「彼は、“古き良き血”と、高位貴族の誇りを守った。ご立派でした」

 治療師の1人が発した言葉に、ピキリと空気が凍る。


「“古き良き血”と“貴族の誇り”?」

 レイドが鋭い瞳でその治療師を見れば、医師たちが慌ててその治療師を下がらせる。

「金で売り買いできる、そんなもののために、アイゼルトは死ななくてはならなかったのか?」

 急激に下がる、室内の気温。


「…彼らに言っても、アイゼルトは戻って来ぬよ」

 イバノンが、レイドの肩を掴む。

 そして、腕の一振りで、室内の気温を戻した。





 イバノンに連れ出された、サロンの個室。

 サロンの幹部だけが、使用許可を与えられている。


「…アイゼルトは、フレシアで、手厚く葬ろう」

 イバノンが告げた。

 養子縁組先を探していた実家では、死後もどんな扱いを受けるかわからない。


「あいつは…俺や、イバノン先輩を信じられなかった自分が、許せなかった、と」

 レイドが、“遺書”とも言えるアイゼルトの、最期の手紙をイバノンに差し出し、告げた。


 そこには、『魔毒症』に疑いを持ち始めた経緯。そして、確信を持っていくアイゼルトの恐怖が綴られていた。


 『魔力なし(ポンコツ)』となって、退学する未来。

 閉ざされた将来の道。

 変化する友人と、確実に養子に出される未来。

 婚約破棄。

 そして、例え、婚約者でなく、別の人間と結婚したとしても、子を持つのが難しい未来。

 いくら魔毒症を腕輪で抑えたとしても、本人の持つ魔力量が変わったわけではない。高確率で子どもがその血を引き継ぎ、胎児の段階から母子ともに魔毒症に侵される危険性は高い。

 高位貴族であれば、それを抑える『調魔の腕輪』を作り対応することもあるが、魔毒症とわかっていて、家を出された者が用意するのは、ほぼ不可能だった。


 魔毒症は、高位貴族に多い。特に、“古き良き血”を繋いできた、旧貴族に。

 だからアイゼルトも、そうした人間を見たことがある。

 家を追われた先で、廃人のようになった知人も。

 3歳から『魔力なし(ポンコツ)』として、養子に出された者たちとは、また違った結末。


 物心つくか、つかないかの幼い頃から『魔力なし(ポンコツ)』であったのなら、徐々にその現状に馴染み、生きる道を探ることもできるだろう。

 だが、一度、栄光の未来を掴みかけた…あるいは掴んだ者が、貴族の最底辺と言われる『魔力なし(ポンコツ)』の立場に突き落とされるのは、余計に難しい話だった。


 なまじ知っていただけに、アイゼルトは覚悟を決めようとしていた。

 レイドたちも、当然離れていくものだと思い、徐々に距離を置き始めていた。

 当然、レイドがそれをさせなかったのだが。


 そして、倒れた後に、『吸魔の腕輪』に気づいたアイゼルトは、とうとうその時がきたと、ぼんやりとしていた。

 見回りにきた治療師が、目の覚めたアイゼルトに気づき、休み時間ごとにレイドがやって来ていることを知らされ、呆然とした。

 レイドがやってくる時間までに、平静を装い、そして、覚悟を決めて対面したのだ。


 ところが、レイドは、アイゼルトの思った反応とは違い、アイゼルト以上に婚約者の家や、実家に怒ってくれた。

 そして、アイゼルトを切り捨てるどころか、ササラナイト家の養子になるように勧めた。

 それも、本気で。


 それだけでなく、届いた見舞いの品や、訪れるイバノンの存在。

 見舞いの品は、レイドがいるからこそ、密かにでも勇気を出せた友人がいることを、アイゼルトは悟っていた。


 “古き良き血”を乗り越えて、新興貴族のレイドと友誼を結んだと、思っていた。

 だが、その血の習わしに飼い慣らされ、無意識に親友を侮っていた自分自身が、アイゼルトは許せなかったのだ。


「そんなもの…生きてさえいれば、笑って許せたものを…」

 机にこぶしを打ち付けたレイドの瞳から、とめどもなく涙が零れ落ちる。

「……レイド、『魔力なし(ポンコツ)』落ちして、この国で貴族として生きていくのは、地獄だ」

 組んだ手に額を押し付け、苦し気にイバノンがもらす。


「アイゼルトは、見たくなかっただろう。君が、ササラナイト家が、『魔力なし(ポンコツ)』をかくまったことで、やり玉にあげられるのを」

「ササラナイト家は、そんなものを気にしない。“新興”は、図太くなくてはやっていけません」

 レイドの言葉に、泣き笑いのような表情を浮かべたイバノン。


「…ああ。だが、タイミングが悪すぎた」

「タイミング、ですか?」

「……陛下の体調が思わしくない。“古き”我らには、ひそやかに出回っている情報だ」

 イバノンの言葉に、レイドは息をのむ。


「そして、陛下の体調の原因は…」

「……まさか、魔毒症ですか…?」

 言葉を切ったイバノンに、レイドはある種の確信をもって告げれば、イバノンは頷いた。

「それだけでもないらしいが。魔毒症に加えて、正気でいられない時間ができているらしい」

「……“血の問題”ですか。前皇太子妃候補に続いて」

 レイドの問いに、イバノンは頷く。


「おそらく、アイゼルトの耳にも入っただろう。フェリスラント家も、“古き”家だ」

 悔し気にイバノンは告げる。

「帝国の父、イズファルド帝の血をひくものとして、『吸魔の腕輪』は受け入れられぬ。前皇太子妃候補に続いて、陛下が『魔毒症』と『尊き血』によって、“あちら”へ渡られるとしたなら、“古き”家は、躍起になって同じ症状の者を、同じ処遇にしたがるだろう」

 つまり、“帝国貴族として”古くからの臣下であるなら、陛下と同じ症状になったときは、陛下に続けということだ。


「ササラナイトの領地に、アイゼルトを取り込むのも…この状況では、難しかっただろう。フェリスラント家は、宰相派の貴族」

 皇太子を推す皇太子派とは別に、第二皇子をひそかに持ち上げようとしている宰相派。皇帝の崩御目前となれば、情報戦は最後の大詰めだ。

「たとえ中立派のササラナイトでも、多くの情報を持った()嫡男を、今のこの状況では、同じ派閥以外には流せない。見てはいないが、アイゼルトが受け取っていたという“養子縁組先候補”は、すべて宰相派の子爵家のはずだ」


「皇太子殿下ですら、イバノン先輩と同じ6年次。第二皇子など、俺と同学年。とても現実的には思えません。完全に傀儡だ」

「あぁ、だからギリギリまで『吸魔の腕輪』で粘って、卒業と同時に皇太子殿下に譲位されるだろう。陛下は今、恐らく皇太子殿下の卒業までという名目で『吸魔の腕輪』をつけられている。だが…卒業されたら…」

「…くだらない。そんなことのために、命を捨てるのか」

「どちらにしろ、正気を保てる時間は減っていく。何が陛下のためかはわからぬよ」

「…全ては“血”か。アイゼルトを殺したのも…」

 レイドがこぶしを握る。


「……本当に、どうしようもない“末期”なんだ、レイド。この国も、“古き血”も」

 イバノンの言葉に、レイドは目をみはる。

「…力を持て、レイド。この国を変えられるのは、“新興”だ。何が“古き良き血”だ」

 初めて漏れ聞いたイバノンの本音に、レイドは押し黙る。


「…知っているか? この私に流れる血も、陛下の血と、さほど変わらない。魔力を掛け合わせ続けた、“尊き血”だ。つまり…いつ、アイゼルトのように、陛下のようになってもおかしくはないんだ。むしろ、私の“血”のほうが、アイゼルトのそれより、確率が高かったほどだ」

 イバノンはまっすぐにレイドを見つめた。


「私の婚約者との間に、子ができたとしても、その子は長く生きないだろう。なぜなら…その婚約者も“古き血”の持ち主だ。だから、水面下で、すでに伯爵家以下から、できるだけ遠く、それでいて問題のない“血”を持つ、第二婦人探しを始めている。まだ正妻も“婚約者”の段階なのに」

「すべての根源は、“古き良き血”…」

 イバノンの言葉に、レイドはスッと目を細めた。

「ああ。行き過ぎたんだ、この国は」

「……そんなもの…『魔力なし(ポンコツ)』も、“古き良き血”も…すべて、変えてやる…」

 レイドはつぶやく。

親友(アイゼルト)を殺した“血”など…そんな風習など、壊してやる…」

 レイドは、鋭い眼光でイバノンを見つめた。その頬にはまだ、止まらない涙が伝う。


「ああ。壊せ、“古き良き血(私たち)”を。大事な後輩と、“妹”を奪った、そんな風習を。…そのために、力を貸そう」

 イバノンはにやりと笑う。いつの間にか、その頬にも、耐え切れなかった涙が伝っている。その言葉に、イバノンの“妹”も、血の犠牲になったことを知る。


「レイド、婚約者はいたな。どこの者だ?」

「…はい。ウルテラ子爵家のダイアナ嬢です」

「あぁ…造船の。“混血の薔薇”か。驚いた」

 イバノンでさえ知っていた珍しい子爵家。“古き血”をひく子爵家の令嬢が、異国の血をひく庶民と結婚したのは、センセーショナルな出来事だった。


 その2人から生まれた令嬢も、社交界に出れば珍しい褐色の肌が目をひく。

 周囲に何を言われようと、勝ち気な瞳をきらめかせて、不敵に笑うその令嬢は、ある種の名物だった。


「“海運業”と“造船”ですから。昔馴染みです」

「…確か、まだこの学院には、入学していないな」

「ええ。来年入学予定です」

 レイドの答えに頷いたイバノン。

「…正妻を、差し替える覚悟はあるか?」

「“差し替える”?」

「…ゼオンフォーク伯爵家につてがある。そこの…レイドの一つ後輩の令嬢を正妻にして、“混血の薔薇”の令嬢には、第二婦人に収まってもらう道だ」

「…どういうことです?」

 レイドは眉根を寄せた。


「“新興”は、格が足りない。そして、“古き血”を絶つためにも、“新興”が、“古き血”を、どんどん取り込み、吸収してしまう必要がある。“古き血”は、格はあるが、金はない家も多い。領地の経営手腕もな」

 つまり、旧貴族の令嬢をめとって子をなし、“古き血”に”新興の血“を混ぜることで、血を絶つ。

 そして、金を援助し領地の経営補佐をして実権を握り、“古き家”を、吸収して勢力と格を拡大していけ、ということだ。


「ウルテラ家の出方にもよるが、嫁ぎ先の家が拡大するのを、悪く思う家もあまりないだろう。力をつけ、さらに豊かになったあたりで、今度は第三婦人として“古き血”を持つ子爵家を探しておこう。3つの家と、ササラナイトを支えるだけの財力はいるが、その分、力をつけることができる」

 まるで、自らに流れる“古き血”を、忌み嫌うかのように、イバノンは告げた。

 そうまでして、少しでも”血“を、絶ちたいのだと。


「…………………」

 じっとイバノンを見つめていたレイドは、瞼を閉ざし、グイッと涙をぬぐう。

「…同時に、領内での実力ある『魔力なし(ポンコツ)』の採用と、魔力にかかわらない有能な人材集めに力を入れます。そうすることで、自然と排他されてきた優秀な人材を拾うこともできましょう」

「…そうだな。あえて『魔力なし(ポンコツ)』の採用促進と言う必要はない。ただ、応募してきた者たちから振り分けるときに、魔力にかかわらず人材を登用していけば、自然と『魔力なし(ポンコツ)』の間でも、実力主義の領地とうたわれるだろう」

 レイドの言葉に、イバノンは補足した。


「すぐに、父とウルテラ家に、相談の手紙を書いておきます。…いや、近いうちに領地に話に行くことにします。ダイアナ嬢の性格もわかっている。おそらく、嬉々として協力してくれるでしょう」

「それがいいだろう」

「…絶対に、淘汰してやります。こんなくだらない“血”を優先する社会を。そして…あいつが宣言通り生まれ変わった時に、少しでも生きやすい世の中を作ります。親友(アイゼルト)に誓って」

「…ああ。協力を惜しまないと約束しよう。大切な後輩(アイゼルト)に誓って」

 レイドとイバノンはパンッと手のひらを打ち合わせ、がっちりと握り合った。





◇◇◇◇





「…リリシアの魔力測定の時、これはアイゼルの意思かもしれないと、ほんの少しだけ思ってしまいました」

 あの日のことを思い出し、声を落としてレイドは告げる。

 ちなみに、すでにアイゼルトの実家は没落している。アイゼルトの死後、ササラナイト家は珊瑚の宝飾品販路の優先権を撤回した。

 それに頼り切って資金繰りをしていたため、没落はあっという間だった。


「そして、今回の“実は『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』のリリシア嬢に魔力があった”か…。本当にあいつがどこかで働いているのかも知れぬな」

 イバノンもそっと目を伏せ、口元に笑みを浮かべた。

 初秋の夜会(パーティ)会場では、次のダンスを促す皇帝ウェラルの声が、朗々と響き渡っていた。




学生時代のレイド。

こういう裏事情があったから、レイドは“普通じゃない”貴族になったのです。

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