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12.皇子と夜会と契約と

大変遅くなりました。

子どもが体調不良で、赤ちゃん返りしていて、時間が作れませんでした。

おまけにスマホの画面も割ってしまうという…


今回もちょっと長めです。



 きらびやかな衣装を身にまとう男女。

 どこを見ても、洗練されたデザイン、豪華な宝飾品、優雅なしぐさと、ひそやかな笑み。

 それもそのはず。ここは皇城の大広間。

 この国でも選び抜かれた招待客のみが優雅にダンスやおしゃべり、お酒や食事を楽しむ。


 ふと、音楽が変わり、招待客は口をつぐむと正面の扉に注目した。

 皇帝ウェラルがひとつ頷くと、侍従が扉を開く。

 現れたのは、この国の皇太子アドリアーノと、その妃トリーナ。ひときわ優雅に一礼をして、皇帝の元へ。

 続いて、第二皇子エルバルトと、婚約者で公爵家のラナが、アドリアーノたちの隣に並ぶ。


 次に現れたのは、第三皇子のグリード。

 その瞬間、大広間はひそひそと交わされる声がさざ波のようにひろがり、大きな波となった。


 これまでの夜会(パーティ)で第三皇子グリードは、軍服にも似たきらびやかな衣装に帯剣し――装飾剣ではあったが――たった一人で堂々と皇帝の元へ歩むのが常だった。

 しかし、この日初めて、“女嫌い”とひそやかにささやかれるグリードが、可憐な少女をエスコートしていた。

 渦中のグリードと、誰もがその名を知る少女――『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』リリシア・フォン・ササラナイトは、周囲の動揺など耳に入っていないかのように、優美な一礼をとると、エルバルトたちの隣へ。


 ざわざわとした招待客の何人が、次に入場した第四皇子スウィードと婚約者のリオネットに気づいただろうか。

 しかし、さすがに皇帝ウェラルが立ち上がると、招待客は口をつぐんだ。


「今宵もよくぞ参った。今年も豊作、豊漁の兆しが皇城に届いている。この良き年に感謝し、恒例の初秋の宴の開会を宣言する」

 朗々と響き渡るその声に、招待客が一斉に礼を取ると、再びざわめきが広間に広がった。



「レイド伯、夏以来だね」

「イバノン候、お久しぶりです。避暑地はいかがでしたか? 今年はメラルの山の方へ行かれたとお聞きしましたが」

 自由な歓談が始まると、真っ先にレイドは学院の先輩でもあった侯爵イバノン・ヴィクター・フレシアに声をかけられた。

 ミドルネームがレイドと同じため、学生時代に目をかけてもらっていて、それが今でも続いている。


 ちなみに、このマルフェデート帝国の貴族のミドルネームは、出生後に神殿で贈られる名だ。20聖人と呼ばれる、神話の中の聖人の名から選ばれるので、20種類しかない。

 当然ミドルネームが同じ貴族が何人もいるのだが、聖人を尊敬する貴族が同じミドルネームの者を集めたサロンを開くこともよくあった。そのサロンでレイドとイバノンは知り合った。


「ええ。母が生前、一番気に入って居た場所だからね。しかし、数年本格的に討伐を依頼していなかったせいか、ふもとで十日ほど足止めをくって参ったよ。魔物がだいぶ沸いていて、急遽ギルドに討伐依頼を出した」

「それはご無事で何より。あの辺りだと、普段は鉱山へ向かう冒険者に依頼を出すことになるのでしょうか」

「そうだね…」

 イバノンがうなずいたとき、音楽が変わり、皇子たちがダンスフロアへと移動した。

 その中にはもちろん、レイドの愛娘リリシアの姿もある。


「……レイド伯、君の娘…リリシア嬢に、魔力があることがわかったんだって? 魔術省に引き抜きをかけられたらしいじゃないか」

 イバノンが不意に話題を変えた。視線がダンスフロアから離れない。

「…さすが、耳が早いですね。魔術省のノキア魔術師長からの突然のお話で…驚きました」

 レイドが苦笑する。


「…それで、グリード殿下か? …必要なら口を利くよ。皇太子殿下ではないから、侯爵家(うち)でもおそらく通る」

 イバノンがちらりとレイドを見やる。

 グリード殿下の婚約者になるのなら、養女に行く先を紹介する…もしくは、イバノンが養父となると言外に告げる。

 親切心でもあり、どちらにしてもイバノンにもメリットのある話だ。


「その時はお願いするかもしれませんが…まだ、そんな話ではないのですよ。今日はたまたまだと聞いています」

 レイドは肩をすくめた。

 もちろん、二人の会話を、息をひそめるように周囲の者たちが聞いているのも知っている。


 レイドと同じく、息子のルイス、娘のルディアもそれぞれ別々のグループにつかまっていて、おそらく聞かれている内容は同じだろう。






「さすが『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』と言われるだけはある。…あぁ、もう()か」

 華麗なステップを刻みながら、グリードがつぶやく。


「グリード殿下のリードがとても踊りやすいからですわ。()()は、ちょっと邪魔ですけど」

 リリシアがリードに逆らうことなく遠心力を利用してくるりとターンすると、ふわりとドレスの裾が優雅に広がる。もちろん狙ってやっている。

 そうしながらも、リリシアの視線は、グリードの腰に佩かれた装飾剣にちろりと落とされている。


「我慢してくれ。ないとどうも落ち着かない」

 思わず微苦笑を漏らしながら、グリードがこたえる。

「杖ではないんですね。魔術のほうがお得意なはずでは?」

「杖を佩いたところで、格好よくないだろう。だから、杖より剣で発動することが多くなってね」

 リリシアの疑問に、グリードは口元を緩めた。


 ちなみに、魔術は杖がなくても発動できる。しかし、何かを媒体に発動したほうが、イメージをつかみやすい者もいる。

 杖が一般的だが、剣や弓を使う者もいる。

 その杖や剣に魔石を組み込むことで、魔術の威力を高める目的もある。

 杖が一派的なのは、金属よりも木が加工しやすく、魔石が組み込みやすいためだ。

 そのため剣より杖が、初心者でも手に入れやすいお値段で、破損しても高価ではあるが剣よりあきらめがつく。だから親も、最初の媒介の魔導具として、杖を子どもに与える傾向にある。


 子どものころから杖で魔術を発動してきた者は、ほかの媒介を使うとイメージがしにくくなり、発動が遅れることもある。

 もちろん練習を重ねれば問題はない。


 だが、発動しにくいものを練習する者は、さほど多くはない。杖を使えば発動できるのだから。

 だから結局、子どものころから慣れた杖を、大人になってもずっと使う人がほとんどだ。


 ちなみに、威力を高める必要のない魔力量を持つ宮廷魔術師などは、よほどの大規模戦でもない限り媒介の魔導具を使わない。下手に使うと威力が膨れ上がり、制御が難しくなるからだ。


「見た目から入るタイプだったんですね」

 あきれた顔をするわけにもいかないので、にっこりと笑うリリシア。

 使い慣れないものをあえて練習したのか、初めから高価な剣を与えられたのかは知らないが、と。


「…"視線が痛い"というのは、こういう視線のことか」

「多くのご令嬢が同じように思っていますよ。『氷結の皇子』の視線を」

 しみじみと告げるグリードに、くすりと笑うリリシア。


「…その恥ずかしい名を口にするな」

 何度言わせる、とばかりに恨めし気なグリードの視線。


「おぉ、これが噂の『氷結の』視線」

 しかしリリシアは表情を変えることなく、口調だけを芝居がかったおびえたものにする。

「悪魔だ、悪魔がここにいる」

 思わずグリードが一瞬、天井を仰ぎ見た。


 だが、リリシアが笑いをこらえているのが、わずかに震える肩から伝わり、グリードも思わずリリシアに視線を戻すと、肩を震わせて笑いをこらえた。


 改めて言うまでもなく、今は、招待客みなに注目されているダンス中。

 お互い“ちょっと、やりすぎた”と思いつつも、二人はそっと視線を外して、爆笑するのをこらえながら、何とかにこやかな外面を保って、最後までダンスを続けた。


 そんな二人は気づかないだろう。

 “女嫌い”と有名な()()『氷結の皇子』が、デフォルトと言われていた冷徹な表情を緩め、わずかながらも表情を変化させ、最後には笑いをにじませている姿。


 『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』として、常に聖母のような微笑みをたたえていたリリシアが、今はこらえきれないように、年齢相応の可憐な笑みをこぼしている姿。


 ひそひそと、二人にしか聞こえない声で、ダンスをしながら交わされる二人の会話。

 はたから見れば、心を許しあい、仲睦まじく見えるということに、二人は全く気付かない。






 そもそも、リリシアがグリードのパートナーとなったのは、つい先週こと。

 リリシアが魔術省から呼び出しを受けて、詳細に条件を話し合った後、実際の職場の見学をしているとき、グリードに会ったのだ。


 グリードは、帝国魔術学園の見学に行ったときに言っていた言葉通り、よく魔術省に出入りしているようで、魔術師たちと論議を交わしていた。

 リリシアが来ることを聞いてはいたグリードと、ちょっと休憩がてらお茶を…と誘われた。


 グリードの本来の性格を理解しているという侍従と侍女を残し、あとは人払いをされていたので、最初からリリシアも猫を脱ぎ捨てるように要求されていた。

 その途中で、今回の夜会(パーティ)の話になり、リリシアはグリードからとある提案を持ち掛けられた。


「今回の夜会(パーティ)、パートナーとして登場してくれ」

 グリードのその言葉に、一瞬驚いた表情をしたのは、リリシアよりもグリード付きの侍従と侍女だったかもしれない。

「え…嫌です」

 反射的にリリシアはこたえていて、その返答にグリード付きの侍従と侍女がさらに表情を作り損ねている。


 これまで、猫を被ることなく、お互いに気楽な口調でたわいもない会話をしていたので、侍従たちも慣れてきていたところだったのだが。


「即答とはひどい。まぁ、わからなくもないが」

「ええ。なぜ『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』なんていう重っ苦しい枠から、ようやく飛び出せるようになったのに、好き好んで()()()パートナー役なんて演じなければならないのです?」

 グリードは苦笑し、リリシアは肩をすくめた。


「わたくしは自由になりたいのです。なんのしがらみもなく。『魔力なし(ポンコツ)』でないとわかったのなら、もう()の名誉を考えて行動する必要も…なくなりはしませんけど、いままでよりもずっと簡単なものになりますわ」


 それは、リリシアの本音だった。

 今まで『魔力なし(ポンコツ)』だと思われていた自分を、守ってくれ、愛してくれた父や義母、兄や姉。そして侍従や侍女たち。

 その全ての人々のためにも、リリシアは『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』になり、それを演じる必要があった。


 しかし、魔力があるとわかってしまえば、この魔力至上主義のマルフェデート帝国の貴族社会で生きていくのは、ずっと楽になる。

 その魔力の強さだって、宮廷魔術師長と七聖によって保障されているのだ。これ以上安心なことはない。

 おまけにもう少しで、自分自身も魔術省の所属になる。

 自分を縛ってきたものから、ようやく自由になることができるのだ。


「それはわかる。だが…周りはそうじゃない」

 グリードの言葉に、リリシアはわずかに眉根を寄せた。


「先日は父が君を呼び出した。そして間もなく、正式に魔術省入りすることで、リリシア嬢に魔力があることが、貴族社会で()()されるだろう」

 今はまだ、“魔力があるらしい”とささやかれているのが、魔術省入りが決定することで、()()されるのだ。

 なにせ魔術省の入省条件のひとつが、“一定以上の魔力保持者”なのだから。たとえ見習いであっても適用される条件。

 ついでに言えば、この“一定以上”というのも、この国でさえかなりの高水準。魔術学院のトップクラスの魔力量が基準だ。


「となれば、この国の貴族社会が、リリシア嬢を放っておくと思うか? ただでさえ、“魔力さえあれば”皇太子の正妃となれる素養と素質を持っているといわれる『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』だった君を。“魔力なしの君”でも、手に入れたがっていた連中が」

 グリードの言葉に、リリシアは扇で口元を覆い、ひとつため息をもらした。


 いわんとすることはわかる。

 リリシアに魔力があるとわかったのが、14歳の今。

 まだ正式に皇太子が婚姻する前なら、その時点で候補の選定のやり直しが行われたかもしれない事態だ。


 しかし、すでに皇太子は正妃をめとって、子どももいる。

 そして、帝国魔術学園の卒業を数年後に控えた皇子たちも、それぞれ婚約者がいる。

 これを、この時点で覆すのはいくら皇帝一族とはいえ、体裁が悪い。実際にはそれでも価値があると思われ先日の茶会が行われたわけだが、それは一般には公開されていない。

 さらに言えば、リリシアの持っていた皇子たちと交わした契約書も、一般に公開されていない。


 ならば、今まで『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』だったリリシアを欲していた面々はもちろん、魔力面であきらめていた貴族たちも、リリシアを手に入れようと動き始めるだろう。

 何しろ知名度は抜群な上、その素質や素養は折り紙付き。


 これでササラナイト家が衰退する伯爵家ならば、金銭などでからめとられた可能性もあった。

 だが幸いなことに海運業が順調で、先代で子爵から位上がりした新興伯爵家であるササラナイト家は、勢いもあれば、金銭的な余裕もある。

 おかげで今のところ、リリシアは誰の手に落ちることもなく無事でいられた。

だが、魔力があると判明した元『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』と、どうにかつながりを持とうとする貴族は後を絶たないだろう。


 つまりは、魔術省入りが正式に決定し、知れ渡ってしまえば、貴族たちから婚姻の話が山ほど持ち掛けられるのは嫌でもわかる。


「10代後半はおそらくすでに婚約者がいる者が多いだろう。だが、10代半ばあたりからはわからない」

 グリードの言葉通りだ。

 15を過ぎたあたりから、上位の貴族は婚約者を決定するのが習わしだった。18で婚約者がいない者はほぼいなくなる。

 もちろんいない者も中にはいるが、ごく少数だろう。婚約者のいない18以上の上位貴族は、うわさ話になるほどだ。


 これが子爵家以下でかつ貧乏貴族ならば、上位貴族へ奉公に行ってから…などもあり得るので、おかしくはないのだが。


「しかも、『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』のリリシア嬢を婚約者にすることをもくろんでいた家は、あえて子息の婚約者を決定していないこともあり得る。だが…条件のいい者は、ほとんど残っていないだろうな」


 有望な上流貴族の嫡男ならば、当然いろんなところから狙われ、すでに婚約者が決まっていておかしくない。

 嫡男を『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』のリリシアを手に入れるために残しておいた家もあるだろう。しかし、その条件を持ったリリシアに、魔術省に入れるほどの魔力があると判明してしまえば別だ。

 リリシアの持つ条件がさらに跳ね上がることになり、相対的に男性側の価値が下がる。


 一方で、”条件が良すぎる“せいで、決める必要がない者もほんの一握りだけいる。

 後からでも頭角を現し始めた令嬢を選び取ることが可能な家柄を持ち、文句を言わせないだけの力がある家の令息。

 そう。この目の前にいるグリードのように。


「何も、正式な婚約者になってくれと頼んでいるわけではない。ただ、今後の夜会(パーティ)でパートナー役を頼みたい。できれば可能な限り毎回。そうすれば、リリシア嬢にとっては、雑多な求婚は一気に切り捨てることが可能だろう? 公爵家と一部の侯爵家だけ気にかけておけばいい」


 伯爵家以下の求婚は、グリードのパートナー役をした時点でなくなるだろう。

皇子のパートナー役つとめることができる令嬢に、上位とはいえ求婚できるスペックを持つ者はさほどいない。


「……そういうお話を持ち掛けるということは、グリード殿下も、面倒を切るためですか」

 リリシアがため息とともに問う。


「ああ。さすがに周囲が煩わしくなってきた。雑多な声はまだいいが、さすがに両親にも言われ始めてね」

 『氷結の皇子』と呼ばれ、“女嫌い”と名高いグリードだが、さすがに皇帝夫妻に言われ始めては、どうしようもないのだろう。


「わたくしで、言い訳になりますか? さすがに両陛下が望まれるのでしたら、難しいと思いますが」

「そこはあれさ。兄と弟が書いた契約書があるだろう」

 『リリシアは望む者と婚姻できる。第二皇子エルバルトがその保証をする』という契約書と、『リリシアが望まない婚姻は、断っても構わない。不敬にならぬ裏付けを第四皇子スウィードとその友人たちがする』という2つの契約書のことだ。


「私は“リリシア嬢がまだ望んでいないから”という理由で、婚約を引き延ばせる。さすがの父も、自分の息子たちが書いた契約書を無視するわけにはいかないだろう」

 にやりとグリードが笑い、紅茶のカップを持ち上げ、優雅に一口。


「…そうまでして令嬢方と婚約したくないとは…。“女嫌い”ではなくて、男色とかではないですよね?」

 ちろりと見やるリリシアに、グリードが思わず紅茶を吹き出しかけた。


「冗談はやめてくれ。偏見はないが…」

 苦々しげに口元をハンカチでぬぐうグリード。


「さすがに婚約してしまえば、婚約者を無視するわけにもいかぬだろう。兄や弟の例を見ても、週に3日以上、30分以上の茶会の義務がある。つまりは週に1時間半もの時間を、服や宝石なんかの無駄話に費やしたくない」

「それで済むでしょうかね…」

 グリードの嫌そうな表情に、リリシアも苦笑する。


「あぁ。週に1時間半以外にも、誕生日だの記念日だの、プレゼントや茶会など…面倒が増えるだろう。脳みそが詰まっていない話も、数日後か数年後にはごみにしかならぬものに金をかけるのも嫌いなんだ」

「一生ご結婚なさらないつもりですか?」

 グリードのいいように、リリシアが首を傾げる。


 皇子である以上、いずれはそれを望む声も高まり、逃げ続けるわけにはいかなくなるだろう。


「どうしようもなくなったら、皇宮の力関係(パワーバランス)が損なわれない、どこぞの貧乏伯爵家の令嬢でも娶って、箱庭で遊ばせておくさ」

 貧乏伯爵出身なら、尊大すぎる箱庭を用意する必要もない。


「伯爵家でいいのですか?」

「……リリシア嬢は、この国の上位貴族の“血の問題”を、どの程度知っている?」

 リリシアの問いに、グリードは不意に苦々し気な表情を消し、まっすぐとその瞳を見つめる。


「“血の問題”と言いますと…有名なのは、崩御されたウェラル陛下が皇太子時代の、皇太子妃候補の方が有名ですわね…。それに…先代陛下も…とお聞きしたことがございます」

 リリシアが思い出しながら答える。

 現在ウェラルの正妃シェリルは、実はウェラルの皇太子時代に、妃候補がなくなってから擁立された正妃だ。先代陛下というのは、ウェラルの父に当たる人物。


 その前皇帝がまだ40代で亡くなったため、ウェラルは10代から皇帝の座に就くことになった。

 先代の皇帝も、ウェラルの妃候補だった令嬢も、魔毒症と言われる症状で亡くなっている。体に対して魔力が大きすぎ、本人をむしばんで亡くなったのだ。


 その原因が、魔力第一主義であるこの国の、貴族たちの婚姻にあると言われている。


「ああ。かつては30以上もあった公爵家が、今や5家。侯爵家ですら30を切っている。そして、互いに婚姻しあっているせいで、すべての公爵家、侯爵家には、濃さの違いはあるだろうが、王家の血が流れている」


「それは…お聞きしたことがありますわ。だからこそ、半分は伯爵家の血が流れるシェリル陛下が正妃になられたことも」

 “血が薄くなる”、“魔力も薄れる”と、当時は反対も多かったという。


「もしもあの時点で母上が妃になって居なかったら、王家の血は途絶えていた可能性も高い」

「そこまで、ですか」

 グリードの言葉に、リリシアはさすがに驚いた。


「ああ。この国の貴族は“伝統的に魔力の多い血”にこだわりすぎて、血が濃くなっている。特に上位貴族はね。だからこそ、短命な者も増えたし、魔毒症の症例も増えた。気狂いも、障害を持って生まれる者もかつてとは比べ物にならないほどだ」


 30以上もあった公爵家が減った原因は、当主が気狂いになって没落したり、子どもを残す能力がなくなったり、特定の病気が増えてなくなったり、魔毒症になったり。

 要はすべて、血が濃くなり過ぎたせいなのだ。


「それなのに、第二も第四も、体裁を保つためだけにねじ込まれた公爵家の令嬢を婚約者にしてしまった。顔合わせの茶会には、伯爵家の令嬢の人数が増やしてあったにもかかわらず、ね」


 大っぴらに、血の濃さが原因で公爵家や侯爵家を遠ざけることはできない。皇帝が一番の権力を持っているとはいえ、公爵家と侯爵家すべてを敵にしては、さすがに国が立ち行かなくなるから。


 だからこそ、あえてそれとわかるように公爵・侯爵家の令嬢を減らし、伯爵家の令嬢を多くそろえた茶会で、家柄だけで第二皇子と第四皇子は婚約者を決めてしまった。


「直接的な言葉ではないが、私も共に、事前の忠告は受けている。それが理解できていないのか、聞いていないのか…それでも魔力と“公爵家”にこだわり、婚約者を選んだ。本人たちはまだいいとしても、今の婚約者のまま結婚してしまえば、第二と第四の子どもはどうなるかわからない。魔毒症に障害、気狂い…短命になる可能性は高い。濃すぎる血の影響は計り知れない」


 だからこそ、皇帝は皇太子の妃には、無理にでも半分伯爵家の血をひく侯爵家の令嬢を推して、すでにその時決定していた。


 迂遠ながらも、“血に気を付けて”婚約者を選ぶように説明を受けたグリードは、あえてその場では婚約者を選ばなかった。


 伯爵家ならば、公爵・侯爵家と違って、減ったとはいえ80家近くある。ならば、もう少し“まとも”な脳みそを持った令嬢も、呼ばれていない中にいるかも知れない。時間はあるのだから、きちんと確かめてから選別したい…と、そう思ったから。


 同じ条件下にいた第二皇子と第四皇子は、その茶会に来ていたわずか2人の公爵家令嬢を、それぞれ選んだ。

 2人の基準は変わらず“魔力を受け継いできた公爵家の令嬢”という家柄(ブランド)だったのだ。


「リリシア嬢を是が非にも父が欲しがったのは、元『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』という肩書(ネームバリュー)ももちろんだが、その()に期待してのこともある」


「ササラナイトは先々代までは子爵家でしたからね」

 納得の表情でリリシアがうなずく。


 王家とは全く交わったことのない()。しかも今は伯爵家になっている。


 さらに、元『至高の魔力なし令嬢(コレクション)』という肩書があれば、皇后や皇太子妃が受けた非難も、緩和される。


 “魔力がなくても”王家に娶られた歴史があるからだ。伯爵家の中でも、強力な候補となるだろう。

 王家にとって、これほど都合のいい()は、中々ないだろう。他国の姫をめとってもいいのだろうが、帝国(・・)貴族(・・)たちを納得させるには、正妃は国内の貴族の令嬢でなければならない。


「だから、リリシア嬢をパートナー役にすれば、父も口をつぐむしかない」

 正式な婚約者にしなくても、口をつぐまざるを得ない理由が、ありすぎるのだ。


「理由はわかりました。しかし、いつまで引き延ばすつもりなのです?」

 リリシアの言葉に、グリードは考え込む。できる限り…と考えてはいたが…。そして、自分の中で出した答えに、グリードは天井を仰いだ。


「……あー、すまない。煩わしい自分の状況ばかりを考えていて、リリシア嬢のデメリットを考えなさ過ぎた」

 この条件では、リリシアにデメリットが大きすぎるかもしれないと、今更ながらに気づいた。


「デメリットとは…“グリード殿下の婚約者候補”というレッテルを貼られる可能性に対してのものですか?」


「いや、それもあるだろうが、そもそもこの“引き延ばす”作戦だと、リリシア嬢の婚期が遅れる可能性もあるな」


「それは、まぁ、そうでしょうね。しかも、引き延ばした挙句に、“グリード殿下の婚約者候補”だったのに、結局婚約しなかった、と噂になるかしら」


「そうだよなぁ。しかも、その“引き延ばした”期間に、有望どころの男たちが、ほかの令嬢たちと婚約してしまう可能性もある」

 グリードはため息を吐く。


「…殿下はお気づきでないかもしれませんが、それはグリード殿下にも言えることですわ。先ほど“どこぞの貧乏伯爵家の令嬢でも娶って、箱庭で遊ばせておく”とおっしゃいましたが…自分でいうのもなんですが、わたくしの後にその方が婚約者となったとして、陛下や国民が納得しますかしら」


「……そこは…ちょっと本人に何かの功績を残してもらって」

「今、返答に詰まりましたね。ならば、元から魔術省所属の方から探したほうがよろしいのでは? 本日のように、よくお越しになるのでしょう? 功績を残すのにも、魔術省所属ならわかりやすいですわ」

 リリシアの提案に、グリードは微妙な顔をした。


「いや…おそらくリリシア嬢も、ここに入省するとわかると思うが…確かに、所属している者は、魔術にかけては一流だし、功績を残すだろう。だが…独特なんだ」

「独特?」

「…ノキア殿がトップだということで理解してくれ」

 グリードの言葉に、今度はリリシアが微妙な顔をした。


 つまりは、ノキアと同じ人種が集まっているのか、と。いまさらながら、ほんの少し魔術省に入ることをためらう。


「まぁ、リリシア嬢の魔力が判明するまでは――というより、前回の茶会までは、どうしようもない場合は、“保険”としてその案も考えていたが。ただ、今度は予算の問題がね。魔術省所属の独身者は給与すべてを趣味に費やす傾向にある」


 ちょっと暴走がちな令嬢であっても、中身の詰まっていない会話だけの令嬢よりはましだと。ただ、“趣味”と称した魔術実験に、湯水のようにお金を使われる可能性が出てくるのだと、グリードは苦笑する。


 魔導具によっては、アクセサリーよりはるかに高価な物も多く、それが実験によっては一度で消えてしまう可能性だってある。皇子であるグリードの婚約者の立場を利用して、際限なく貴重素材を“プレゼント”として要求されるのも、困るのだ。

 しかも、ノキアと同じ人種ということは、いさめてあきらめてくれるとは限らない。


「……まぁ、事情は了解しましたわ。そのお話、受けましょう」

 苦笑しつつも告げたリリシアに、グリードが珍しく驚いた顔をする。


「しかし、いいのか?」

「殿下からのご提案でしょう」

 リリシアはくすくすと笑う。


「だが…」

「わずらわしい手紙の束を減らすためですわ。それに、殿下のおっしゃった“デメリット”ですが、婚期が遅れる可能性以外は、さして重要ではありませんもの」

 リリシアの答えに、グリードは納得のいかない表情。


「まず、“有望な者がいなくなる”点ですが、それは今でもいえることですわ。それに、わたくしはこの国の貴族社会にこだわりはありませんの。すでに、姉が侯爵家へ嫁いだことで、家の後ろ盾は考える必要がありませんわ。ササラナイトの本業である海運業も順調。資金面も問題ありません。逆に、有望だからといって、反対勢力があるような貴族へ嫁ぐことになりますと、今後の商売相手に偏りが出てしまいます」

 リリシアはササラナイト家の現状を説明する。


「ですから、わたくしは家にまったく利害に絡まない方…かつ、わたくしが一生を捧げてもいいと思える方にしか嫁ぐ気はないと、エルバルト殿下の契約書を盾に父には宣言してあります。もちろん、わたくしの一生を捧げるのですから、相手にもわたくし一人を妻としていただく条件もつけますが」


「…いや、さすがに伯爵家の令嬢として、それは大丈夫なのか?」

 グリードは苦笑する。いくらリリシアが多少のえり好みはするとしても、政略結婚が当たり前のはずだ。


「あら、今回の“本当は魔力があった騒動”で、父も兄も姉も、忠告は別として、今後わたくしに意見ができると思って? 原因もお聞きおよびですわよね?」

 リリシアのにっこりとした笑みに、さすがにグリードは微妙な表情を浮かべる。

 原因は幼いころのリリシアの兄と姉だと聞いているし、止めなかったのが父レイドだとも聞いている。


 なるほど、それを盾にすれば頷くよりほかに道はないだろう。


「ですから、本当のデメリットとなるのは、“婚期が遅れる可能性”ですわね。それも、グリード殿下も同じ条件と考えていいのですから、殿下が18になるまで…つまり、2年後までに次の案を考えるということでいかがでしょうか?」


「まぁ、さすがに18が限界か。もちろん、その途中でお互い気になる者が現れたら、その時点で相談しよう。念のための確認だが、今はそんな男は?」


「ええ、もちろんいませんわ。そんな方がいらしたら、受けないお話です。それで結構ですわ」


「私もそれで構わないが、しかし、もう一つのデメリット、“私の婚約者候補とレッテル”は、大丈夫なのか?」


「あら、それは平気ですわ。わたくしの夫となるからには、たかが“皇子の婚約者候補だった”というレッテルにしり込みするような、小さな方であっては困りますもの」


 平然と言ってのけるリリシアに、グリードは一瞬目をむく。


 侍従や侍女たちが表情をつくろえていないのも、目に入らず、次の瞬間、グリードは爆笑していた。

 “皇子の婚約者候補”を、“たかが”と言ってのけるのは、リリシアを除いてほかにいないだろう、と。


 そうして、リリシアとグリードのとりあえずは2年間の夜会(パーティ)のパートナー役と、お互いの虫よけ契約は結ばれのだ。




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