1. コレクションと呼ばれた令嬢、リリシア
新しい連載、始めました。
完全に思いつきの、見切り発車です。
2020/02/04
あまりに不完全だったので、大幅に加筆しています。
マルフェデート帝国の上流貴族、ギルヴァシア侯爵家のサロンには、色とりどりのティードレスをまとった令嬢たちが、侍女を引き連れ、1人、また1人と現れる。
「……ご機嫌よう。先日はご招待頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ、とても楽しい時間でしたわ」
令嬢たちの挨拶や会話が、ポツリポツリとなされるが、奇妙な静けさにも満ちていた。
テーブルに並べられた、茶菓子や紅茶にも、誰も手を伸ばさない。
茶会前ということもあるが、それを考慮した、一口サイズの茶菓子なのだが。
ひとり、また1人と令嬢がふえるたびに、沈黙は増して行く。
とても奇妙な空間だった。
サロンから、ガラス窓を挟んだ庭園の東屋には、着々と集まる令息たちの姿が見える。
見えるとはいっても、顔の判別はつくが、ガラス越しでなくとも、声が届かない程度の距離はある。
通常ならば、サロンからその令息たちを見て、きゃあきゃあと、女子トークに花が咲くはずのこの令嬢待合室。
だが、ここにあるのは、うかない顔ばかり。
反対に、チラチラとサロンを振り返る庭園の令息たちは、満面の笑みを浮かべている者が多い。
その時、1人の令嬢が、サロンの入り口へと踏み入れた。
「ご機嫌よう、皆さま」
明るく、耳に心地よい可憐な声に、一斉にサロンの入り口へと、視線が集まる。
「…リリシア様っ!」
子爵家令嬢のオヴェリアが、スッと立ち上がると、つられて令嬢たちが皆、立ち上がった。
不安げに、令嬢たちの胸の前に組まれた手。
すがるような、陰りを帯びた瞳。
クリームイエローのティードレスには、アクセントのカーキー色の太めのリボンが腰に。
そして、同じカーキー色の細やかなレース編みのグローブ。
夏の終わりに、生地は涼やかに。
色味は秋の始まりを感じさせる出で立ちのリリシアは、その視線を一身に浴び、包み込むような落ち着いた笑みを浮かべた。
「オヴェリア様、先日は茶会に来てくださって、ありがとうございます」
最初に声をあげたオヴェリアに、ふふっとリリシアは微笑む。
「…っ、こ、こちらこそ。リリシア様の茶会を逃すなんて、もったいないことできませんわ」
フルフルと首を振り、グッと拳を握ってしっかりとリリシアを見つめ、それから、おもむろに室内を見回すオヴェリア。
リリシアは、大きな眼を細め、にっこりと笑みを浮かべる。
可憐であるはずのその笑みが、凛として見えるのは、強く輝く瞳のためか。
「ねぇ、皆さま。申し訳ないのですが、わたくし、本日のお茶会に参加できそうもありませんの」
非常に魅力的な笑みのまま、頬に手を当て、困った顔でリリシアは爆弾を放った。
「な…っ…」
「お、お嬢様…?」
控えていたギルヴァシア侯爵家の侍従や侍女が、思わず目を剥いた。
茶会が始まる直前、待合室にまで来ておいて、今更参加できないなんて。
他の令嬢なら、まだいい。
フォローのしようもある。
だが、リリシアは別だ。
今日のメインゲストなのだから。
「あら、わたくし、何かおかしなことをいったかしら?」
リリシアは平然と微笑む。
「こうしてご令嬢の出席者は揃いました。残り2人のご令息方も、揃うでしょう」
「すぐに茶会は始まりますので、ほんの少しだけお待ちください」
ギルヴァシア家の執事が歩み出て申し出、侍女が言を重ねる。
「ちなみに、残りのお二方とは?」
「フォルト伯爵家のチューナ様と、ボイド伯爵家のグランベル様です」
リリシアの問いに、上流貴族の名で場が繋げる可能性を感じた執事が、力強く応える。
「そう。ありがとう。これで心置きなく急用を済ませられるわ。後日皆さまにお詫びのお手紙を差し上げなくては」
微笑んだリリシアが、期待と真逆の言葉を発したことに唖然とするギルヴァシアの使用人。
それを尻目に、リリシアがサロンの令嬢を見渡す。
「わたくし、急用を思い出しましたの。もうすぐお茶会が始まりますが…もし、本当に万が一、わたくしのように火急の御用を思い出した方や、体調の優れない方がいらっしゃるなら、代わりに後日、ササラナイト家のお茶会でお目にかかりましょう」
柔らかに目元をほころばせたリリシアに、「わたくし、体調が…」「急にめまいが…」などと、令嬢たちは言い始める。
先ほどリリシアを引き止めた侍従たちも、絶句した。
「あら大変。体調が優れないのなら、すぐにご自宅でお医者さまに診て頂かなくては」
眉根を下げたリリシアが先頭に立ち、お付きの侍女が開けた扉へと向かう。
最後に、とばかりに、庭園の子息たちを一瞥し、リリシアはにっこりと笑った。
触れれば壊れてしまいそうな、儚げな美少女の浮かべた笑みに、揃いも揃って庭園からこちらを見ていた令息たちが、ポーッとなる。
リリシアが登場したときから、あちら側は色めき立ち、少しでも見やすい立ち位置の確保に努めた結果、令嬢側からも、全員の顔が判別できる。
「…っ、お待ちください!」
先ほどの執事が、鬼気迫る表情で颯爽と廊下を進むリリシアに追いすがる。
「体調不良のご令嬢方が多いの。引き止める理由がありまして? 皆さま、お可哀想に…。そうね…きっと、とても、ここの空気が悪いのよ。何故かしら」
歩みを止めることなく、リリシアが首をかしげ、ふるふると首を振る。
「…ギルヴァシアは、侯爵家です。いくら、『至高の魔力なし令嬢』のリリシア様といえど、ササラナイト家は伯爵家…」
止める理由を説明しようのない侍従が、最後の手段とばかりに、家名を出した。
リリシアに従う令嬢たちが、途端に不安げに先頭を行く小さな背中を見つめる。
「もちろん存じております。でも、残念ですが仕方ありませんわ。エスティアーゼ侯爵家の、ルディアお姉様の大切な御用ですもの」
リリシアがすでに嫁いだ姉の名を出せば、令嬢たちの不安も霧散した。
同じ格の侯爵家…しかも、ことに最近力をつけ、侯爵家一の勢力を誇る家の名が出てきたのだ。
しかも、そのリリシアの異母姉・ルディアが嫁いでから、エスティアーゼ侯爵家が持ち直したのは周知の事実。
「そういえば、エスティアーゼ侯爵家は、ギルヴァシア侯爵家とも、ご縁がありましたわよね。ご次男のスエード様はご存知なのかしら?」
リリシアの言葉に、侍従は青ざめた。
それ以降、何を言うこともできず、ただひたすらにリリシアたちの後を追い、馬車乗り場へ。
ほんの少し前に先にたどり着いていた、各令嬢の侍女たちの先ぶれで、慌ただしく馬車が出立の準備をしている。
「本日は、大変に残念でしたわ。スエード様にも、皆さまにも、どうぞよろしくお伝え下さいまし」
そんな中、すでに準備が整い、侍女だけでなく護衛も側に付いたリリシアが、申し訳なさそうにギルヴァシアの使用人たちに告げる。
「では、皆さま。ご自愛下さいませ。また後日、招待状をお送りします。急ぎますので、お先に失礼いたしますわね」
それから慈しむように柔らかな笑みを令嬢たちにむけ、腰を落として挨拶をしたリリシア。
令嬢たちが頬を染め、ほうっと感嘆の息を漏らす。
そうしてリリシアは、護衛の手を借り馬車に乗り込むと、可愛らしく皆に手を振って、風のように去って行った。
◇◇◇
太陽が傾きはじめた刻限。
日暮れまでに帝都へ入るために、旅人や商人、冒険者たちが城門へと急ぐ。
夜の帳が下りると、途端に活発になる魔物が増え、強さも一段と上がる。
多くの人の流れと逆行するように、帝都から一台の紋章入りの馬車が城門から出て、帝都を後にした。四頭立ての美しい馬車。ある程度貴族に精通していれば、帝国貴族ササラナイト伯爵家の家紋だと気づいただろう。
お抱えの騎士が馬車の前方に二人、後方に二人、騎馬にて護衛している。
この時間、徒歩ならば日暮れまでに次の町の門をくぐることはできない。しかし、馬車――しかも、四頭立ての――ならば、十分に伯爵家の別邸があるティグナの町に入ることができるだろう。
その馬車の中で、ミルクティー色の艶やかな髪をハーフアップにした令嬢・リリシアが、トレードマークのグローブを脱いでハンナに預け、代わりに扇を受け取った。
その扇で口許を覆い、リリシアはひとつため息を漏らした。わずかに寄せられた眉根に、機嫌があまり良くないことが見てとれる。
だが、口許が隠されていてさえその吐息に色香が漂うのは、リリシアの容姿が整い過ぎているあまりだろう。
「リリシア様、まだ帝都にほど近い場所。そのようなお顔をなさいませんよう」
リリシアの向かいに座る、ロマンスグレーの渋い執事が、油断せぬよう淡々といさめる。冷静さを崩さないその落ち着きもあいまった執事の風貌は、若い男には出せない深みを感じさせる。
「ため息のひとつも吐きたくなるわよ、エヴァン。二度とギルヴァシアの茶会には参加しないわ!」
いさめられた側のリリシアは、耳に心地よい涼やかな声に、怒りの感情を乗せた。よほど苛立っているらしい。
「あら、まぁ…。珍しいですわね、リリシア様。…茶会の直前で、火急の用があるふりまでして、何が何やら…」
ぱちくりと目を瞬かせ、リリシアの隣に控えた若いお付きの侍女、ハンナが首をかしげる。
「本日の茶会の参加者を知っていて?」
リリシアはパチンと扇をたたむと、馬車内の面々を見渡した。
執事のエヴァン、侍女のハンナ。そしてエヴァンの隣に、今回の随行警備の隊長・ガイスも同乗している。
「えっと…主催者はギルヴァシア侯爵家次男のスエード様、フォルト伯爵家の長男、チューナ様…」
リリシアのお付きの侍女として、サロンで全てのやり取りを見ていたハンナは指折り数え始める。
「注目すべきは殿方ではないわ」
しかしリリシアは、首を振った。
「イルファン伯爵家の馬車と、マゼンダ子爵家の馬車は見ましたな」
その強面の顎をさすり、思い出すようなしぐさをしながら、ガイスが漏らす。
「なるほど…」
やれやれ、とばかりにエヴァンがため息を漏らした。
「? どういうことです?」
ハンナが首を傾げる。
「イルファン伯爵家のセラスティナ様、マゼンダ子爵家のオヴェリア様…他にも、ヴィクトラム子爵令嬢のコーディ様のお姿もありましたね…」
「それって…」
エヴァンのつぶやきに、ハンナが思いっきり顔をしかめる。
リリシアが普段から仲良くしている者たちだから、サロンでは違和感を覚えなかったが、言われてみれば…と。
「そうよ。今回招待されたご令嬢は、みな魔力なしなのよっ! 冗談じゃないわ!」
憤然とリリシアが告げた。
「ということは、リリシア様は…」
ハンナもふつふつと怒りが沸き上がってきた様子でリリシアを見、それからエヴァンに視線を移す。
「おそらく目玉の『至高の魔力なし令嬢』として呼ばれたんでしょう…」
珍しく眉根を寄せて険しい顔をしたエヴァンが、スッと目を細める。
「あの程度の偽紳士の『至高の魔力なし令嬢』になんて、誰がなるもんですかっっ!」
リリシアは拳を握り、再び怒りを爆発させた。
ここは、魔術大国と名高い、マルフェデート帝国。大陸随一の規模を誇り、世界でも一・二を争う大国だ。戦争の日々も今や過去。平和の中で文化を熟成し、次々と花開かせている。
魔術大国と名高いのは、魔術第一主義と言ってもおかしくない風土があるからだ。それは、帝国としての建国の歴史にも、大きく関わっていた。
かつて数多の小国がひしめく大陸の一国家に過ぎなかったマルフェデート王国。そのマルフェデートに賢王イズファルド・ライオネルが大改革をもたらしたのは、今から300年ほど前のこと。
その『実力主義と魔術師登用拡大の大改革』によって、マルフェデートは大陸のほとんどを統合し、帝国にのし上がった。
既存の身分制度を白紙に戻し、実力のある魔術師たちに、その実績をもって、新たにイズファルド帝が爵位を与えた歴史がある。
そのため貴族はいまだに魔力・魔術第一主義。庶民でも、一定以上の魔力を持ち、魔術が巧みであれば、のし上がることができる国だ。
だからこそ、ほぼすべての貴族の婚姻は、家の魔力や魔術を高めるためのもの。当然、魔力が多く、魔術が巧みな令息や令嬢こそ有望株として婚礼の申し込みが多く、低ければ少ない。そして家督も、一族の中で一番魔力を持ち、魔術を巧みに操れる者が継ぐのが一般的だった。
魔力を優先して血を繋いできた貴族の中にも、使えるレベル――帝都の魔術学院に通えるレベル――に満たない魔力の子どもも、たまに生まれる。そして、多くの庶民と同じく、魔力のない者もまれに生まれる。
そんな魔術学院に入れないレベルの魔力しか持たない者、あるいは魔力そのものを持たない令息や令嬢は、貴族社会において『魔力なし』というレッテルをはられる。
当然のように『魔力なし』は『魔力なし』としか婚姻できない。
『魔力なし』の令息は、『魔力なし』の妻をめとるか、庶民となり、庶民の妻をめとる。
『魔力なし』の令嬢は、『魔力なし』の令息のもとに嫁ぐか、同等か下級の貴族の第二・第三婦人となる。その場合は、決して正妻になることはできず、”愛玩用“と、ひそやかに呼ばれ、子をなさなくても構わない。むしろ子を成せないよう魔術をかけられる『魔力なし』もいるほどだ。
そんな、貴族社会において底辺にある『魔力なし』だが、例外がある。
――それが『至高の魔力なし令嬢』と呼ばれる『魔力なし』だ。
肩身の狭い思いをして、”愛玩用“に成り下がるのが嫌で、商人などと結婚する『魔力なし』も多い中、『至高の魔力なし令嬢』は、別格だ。
ただでさえ少数派の『魔力なし』の中、家格が良く容姿・頭脳・素養が最上級の『至高の魔力なし令嬢』は、希少価値が非常に高いからだ。
『至高の魔力なし令嬢』は、並大抵の『魔力なし』がなれるものではない。
ある程度の家の格はもちろんのこと、容姿や頭脳、素養などが全て最上級――魔力を持っていたら、絶対に皇子たちの婚約者有力候補になったよね――と、言われるレベルが求められる。
逆に言えば、“魔力を持たない”という一点を除けば、皇子たちの婚約者有力候補にふさわしいハイレベルの令嬢が、ほかの貴族たちにも手に届くようになる。
”手に入る可能性のある高嶺の花“が、『至高の魔力なし令嬢』なのだ。
『至高の魔力なし令嬢』と認められた令嬢は、同等か格上の貴族の正妻としてめとられ、その貴族は第二・第三婦人などに正妻より格下の家から、魔力の高い令嬢を迎え入れる。
家や自分が『至高の魔力なし令嬢』を自認していても、目の肥えた最上級の貴族たち全てが、『至高の魔力なし令嬢』にふさわしいと思わなければ、”『 至高の魔力なし令嬢』だと勘違いした痛い『魔力なし』“と、ひそひそされることになる。
だからこそ、『至高の魔力なし令嬢』に近い令嬢はこれまで何人かいたが、満場一致で認められた令嬢は歴史上たった数人だけだ。
そして、その全ての『至高の魔力なし令嬢』たちは、公爵家や侯爵家、場合により王位継承権のない皇子たちに正妻として娶られていた。
リリシアは『魔力なし』だ。
しかし、肩身の狭いはずの社交の場でも堂々と己を見失わず、周囲の目を引く美しい容姿と優雅な仕草で、着々と成功をおさめてきた。魔術学院にこそ通えないものの、頭脳は明晰。同等貴族どころか、公爵家からもお茶会の誘いが絶えない。
つまり、魔力第一主義のこの国において、唯一の例外であり、歴史上珍しい『至高の魔力なし令嬢』と万人に認められている希少な存在…それが、リリシア・フォン・ササラナイトだった。
前回の作品は書き溜めたものを修正しつつ投稿していたので、ハイペースでした。
しかし今回は、初めての書きつつ投稿となるので、更新ペースは落ちると思います。
また、完全なる思いつき発車ですので、矛盾点や行き詰まりなど多々あるかと思いますが、その時は「しっかりしろー」と、是非尻を叩いてやって下さいm(_ _)m