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服を買いに行く服がない

 そんな一息をついたのを見計らったようなタイミングでテーブルに置いていたスマホからRINEの着信音が鳴ったのでビクッと体を縮こませてしまった。


「ああもうビックリした……」


 思わず胸を押さえて自分の胸のふくらみに手をうずめてしまいまた少しだけ体を震わせる。

 僕は大きな音やドッキリに弱い。

 せっかく落ち着いて朝の片付け後の時間を楽しもうと思っていたのに台無しだ。

 RINEを確認してみると送信者は西園寺さんからだった。


『今日は放課後葵ちゃんの服を買いに行くのでよろしくね!桃華ちゃんは遅れるみたい』


 時間を見ると始業前。

 竹宮さんと話して決めたのだろう。

 ……僕の意思はどこへ?

 でも今の僕一人じゃこの体に合う服なんて見当もつかないので、ありがたい話だと思おう。


 ひとまず普段飲んでいるココアを入れる準備をする。

 電気ケトルが1杯分のお湯をすぐに沸かしてくれる。

 慣れた手つきで(踏み台を使いはしたけど)僕用のマグカップでココアを作り、ふうふうと息を吹き掛けると特有の甘い香りが僕の鼻をくすぐる。そしてそっと一口。

 入れたてのココアはまだまだ熱くてほんの少し僕の唇を濡らしただけ。

 それでも僕の気持ちは十分落ち着いた。


 マグカップを持って自分の部屋に戻る。

 持っていくものはある程度昨日まとめた。

 戻って来れない訳ではないから、あとで足りないものがあれば佳奈に持って来てもらうのも手だろう。

 となると。

 差し当たっての問題は家を出る服だ。

 身長が20cmは縮んでしまっている。

 今までの服は当然ぶかぶかだ。小さいよりはマシだけど、目立つことこの上ない。

 短パンがあれば良かったかもしれないけど、さすがに高校生にもなって短パンは買っていない。


「あ」


 よく考えれば体操服があるじゃないか。体操服で外に出るのかということは置いておいて、着る服の候補になるのではないか。

 早速体操服をタンスから取り出すと玄関に戻る。

 体全体が見える姿見なんて、家には佳奈の部屋と玄関くらいにしかない。

 佳奈が部屋にいる時ならともかく、いないことが分かっていて入るには妹とはいえどさすがに抵抗がある。

 玄関の鍵をしっかり掛け、僕はその場でパジャマ代わりのTシャツを脱ぎ捨てトランクス1枚になると、白を基調とした体操服に着替える。


「うわあ……」


 姿見を見やると、思ったよりもエロい女の子がそこにいた。

 腰紐はギュッとしめられ、短パンというよりはキュロットスカートみたいだ。

 上は襟が大きくはだけ胸元がよく見える。固定されていない胸がその形を見せつけていて、角度によっては乳首も見えてしまいそうだ。


「……」


 下はこれでいいかもしれない。

 見る人がどう思おうが僕が短パンだと思えばこれは短パンだ。

 でもさすがに上はダメだ。

 ある種のフェチズムを感じさせてしまう。

 さてどうしようか……?

 不真面目な格好をしながら真面目に考えつつ自分の部屋に戻ると、スマホにSNSの着信通知が表示されていた。


『葵さんおはようございます。環です。本日なのですが、お迎えの前にお聞きしたいことが。服を買いに行かれるそうですが、服を買いに行く服はお持ちですか?』


 環さんだった。

 車を運転していた時はずっと語尾ににゃあをつけていた変な人だったけど、あれは車を運転しているからなのか、普段からなのか、このSNSでの姿が仮初の姿なのか。

 オタクは服を買いに行く服がないというネタがネットにはあるが、それをそのままの意味で使う人を初めて見たし、使われる人がいるのも初めて知った。


 それでもこの問いかけは渡りに船だ。

 僕はすぐに環さんに返信をした。


『服を買いに行く服がないでゴザル』

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