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夕ご飯1

 その日の夜。

 私は藤宮くんの家のリビングで椅子に座っていた。


 この家のリビングテーブルは本来長い辺に二つずつ椅子を置いて藤宮家で使用しているが、今は普段使っていない椅子を短い辺にも置き、六人が使えるようにしている。


 今ここには私と小林さんしかいない。

 智絵里と長島さん、環さんは私たちをここまで送ってあと家に帰った。


 佳奈ちゃんはいてもたってもいられないのか、リビングと玄関をそわそわと往復している。


 葵ちゃんはー、あ。


 チャイムが鳴った。

 藤宮くんのご両親が戻られたようだ。

 私と小林さんは席を立ち、お二人の入室に備える。


「お帰りなさい、お父さんお母さん」


「佳奈どうしたの、こんなところで」


「そんなにお父さんに会いたかったか?はっはっは」


 ここから見えない玄関から幸せそうな家庭の景色が流れてくる。


「葵はどうした?ご飯か?」


 葵ちゃんの名前が聞こえてきて背筋を伸ばす。

 私はここに遊びに来たわけでもなければ面影を求めにきたわけでもないのだ。


「実はお父さんたちにお話があってね……」


 佳奈ちゃんの声がしりすぼみになっていく。


「佳奈またあなた一生のお願いって言うんじゃないでしょうね」


「違うよ!……もしかしたらそうかも」


「まぁまずは佳奈の話を聞こうじゃないか」


「今お客さんが来ててね」


 佳奈ちゃんの言葉にご両親が黙り込む。

 お話にお客さん。

 あまり良いイメージはない。ご両親もそう思われたようだ。


「こんばんは、お待たせしたようで申し訳ない」


 それでもお父様はすぐにリビングに入ってきた。

 身長はかなり高い。

 男の葵ちゃんが厳しい社会の荒波に揉まれて生きてきたような、貫禄のある姿だ。

 今は口を真一文字に結んでおり、あまり友好的な感じではない。


「あらあら、ごめんなさいね。佳奈ったらまずお客さんの話をなさい」


 お母様は佳奈ちゃんと同じくらいの身長。

 葵ちゃんのお母様の割にはまだ若々しくて、可愛らしい姿だ。


「ご不在の折、伺ってしまい申し訳ありません。私、西園寺総合病院で脳内科医を担当しております小林雪(こばやしゆき)と申します」


 そう言ってお父様に名刺を差し出す小林さんと、落ち着いた態度で名刺交換をするお父様。

 そして。

 お医者さんということで慌てるお母様。


「あ、あの!うちの葵や佳奈に何かあったんですか!?」


「落ち着きなさい」


「いいえ、急を要する事態はありません」


 お父様がお母様をたしなめ、小林さんが言い切る。


 はぁ、と明らかに安堵のため息をつくお母様に佳奈ちゃんが電気の消えたキッチンから人数分のお茶を持ってくる。


「お母さん落ち着いて」


「え、ええ」


 そう言って佳奈ちゃんからもらったお茶を一口飲んで首を傾げて訝しむお母様。


「それで」


 お父様が私のほうを向く。


「こちらの方は?」


「夜分遅く失礼します。私藤宮くんのクラスメートの竹宮桃華といいます。お話の件で同席させていただきます」


 ご両親に深々とお辞儀をする。


「つまり佳奈の言う話は、葵に関する何かか」


「はい」


「立ったままする話ではなさそうだ。皆さんどうぞ座って下さい」


 お父様の勧めでここにいる全員が椅子に座る。


「誰から話をしてくれるのかな?」


「私です」


 お父様の言葉に私が応える。

 そして智絵里たちに話して以来今日二度目の、葵くんが性転換したという話をした。



「葵が女に。それは君も佳奈も見ているし、言っていることも信用出来ると」


「はい。葵くんは本人でないと分からないことを知っていました」


 エロゲーの話はさすがにしない。


「で小林先生も同意見だと?」


「はい」


「それは科学的な見地からのご発言かな?」


「いえ。何分昨日の今日の話ということで、まだそこまで出来てはいません。それは申し訳ありません。ただ葵くん本人の精神的安定を考えると、ご家族で助け合っていただくのが一番と判断しました」


「それで葵は今どこにいるの?」


 お母様が話を遮るように入ってくる。


「隣のキッチンにいます」


 小林さんが言う。


「え、どうして一緒にここに居ればいいじゃない」


「葵くんはご両親の帰りが遅いときは夕食を作られているとのことでしたので、葵くんには夕食を作ってもらっていました」


 お母様の疑問に小林さんが答える。そして小林さんが合図をすると、私と佳奈ちゃんがキッチンに入って料理の入ったお皿をリビングに持って行く。

 そして葵ちゃんも何事もないようにリビングに姿を現し、お皿やお箸の準備をしていく。


「……」


「葵なの?」


 お父様はじっと黙って目の前の銀髪の少女を見、お母様は少女に声をかける。


「お帰りなさい、父さん母さん」


 葵ちゃんは二人のほうを向き、困ったような笑顔を浮かべて口を開くと、二人とも目を見開いた。

 口調は葵くんのものでも、その声は見知らぬ少女のもの。

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