その秘密、危険につき
十分も経たない内に葵ちゃんと小林さんが隣の部屋から出てきた。
葵ちゃんは赤い顔をしているが、外観検査なら男女の違いが分かりやすい股間でも調べられたのだろう、そりゃあ恥ずかしいに決まっている。
「先生」
小林さんが西園寺先生の横に移動し、それに押し出されるような形で環さんが私たちのところへ戻ってくる。
「葵ちゃんは外観上正真正銘女の子でした」
小林さんがそう報告する。
葵ちゃんて。小林さんも葵ちゃんの魅力に負けちゃったか。私は苦笑する。
隣に葵ちゃんが戻ってきて座る。
何か様子がおかしい。
「葵ちゃん何かあった?」
そっと小声で聞いてみる。葵ちゃんはゆっくりと首を横に振ると「何にもないよ」とだけ答えた。
これは大丈夫じゃないな。キャスターのついた丸椅子を葵ちゃんの椅子の横にくっつけると私は葵ちゃんの肩を横から軽く抱く。
近くなった顔と顔。
葵ちゃんは私の方に力なく顔を向けると
「ありがとう、本当に大丈夫だよ」
と言って笑顔を浮かべた。
悲痛な笑顔にしか見えないが、今この場で騒いでも仕方ないだろう。
「次はこのテストを受けてもらう。葵くんは考えずすぐ頭に思いついたことにチェックをつけてくれればいい」
そう言って西園寺先生はA4用紙にびっしり文章がかかれたテスト用紙を葵ちゃんに手渡した。
葵ちゃんはそれを受け取ると小林さんに付き添われて部屋にある応接エリアでテストを受け始めた。
「今夜ご両親とお話するんだったね?私は付き添えないが小林くん、君は一緒に行って彼女たちを助けてやってくれ」
「承知しました」
西園寺先生が指示すると小林さんはそう言って頭を下げた。
それからしばらく葵ちゃんの様子を気にしながらも、先生の質問に私や佳奈ちゃんが受け答えしていると、葵ちゃんが戻ってきた。
「先生終わりました」
「お疲れ様、見せてもらうよ」
葵ちゃんからテスト用紙を受け取ると、西園寺先生はデスクに置かれたスキャナを起動し、データを取り込むとモニターを見つめ始めた。
しばし西園寺先生のキーボードを叩く音だけが部屋に響く。そこに小林さんが口を開く。
「先生は専門こそ脳外科ですが、脳に関する各種専門分野に幅広い見識をお持ちです。他の専門分野にも興味があり医療現場が好きすぎて、当主様が跡を継いでくれないと嘆いていらっしゃいます」
「はあ……」
「小林くん、そこまでだ。……葵くん、簡単なテストだが結果が出た。君の考え方は明らかに男性的であると」
西園寺先生は小林さんをたしなめると、テスト結果を公表した。
まあ、女の体にあれだけ狼狽えていたんだから当然といえば当然。
ただ、お医者さんが下した結論、これはとても大きな説明会資料になると感じた。
「あと、これはあくまでも私の意見だが」
西園寺先生が一息ついて続けた。
「葵くんの件はご家族と私たち以外、これ以上公表すべきではないと考えるよ」
「静香ちゃんにもダメ?」
智絵里が親友の名前を口にする。西園寺先生は首を横に振る。
「止めておきなさい。智絵里は友達を騒動に巻き込みたいのか?」
「騒動ってどんな騒動ですか?」
「君ならどんな騒動が起きると思う?」
私が質問すると西園寺先生からそのまま質問された。質問に質問で返すなんて、と西園寺先生を睨もうとしたが、西園寺先生の静かな激情を抱えた真剣な瞳に私はつい気圧されてしまった。
「性転換するなんて有り得ないからテレビが来たり病院で検査されたり……?」
昨日から私の頭はパンク寸前だった。
魔法少女の初戦闘な葵ちゃんとの出会い。まだ一日も経っていない。
だから葵ちゃんの性転換の影響を考えてなんていなかった。
「それもある。だけどもっと恐ろしい事実がある」
鋭い眼光で西園寺先生は私たちを見渡す。緊張して思わず姿勢を正す。
静かになった診察室で西園寺先生は指を一本立てる。
「一つ、性転換。それがほぼ一瞬にして行われた。現代科学では不可能」
続けて指を立てる。
「二つ目。美貌。多くの女性がその秘密を求めるだろう」
三つ目、と先生は言う。
「若返り。葵くんの見た目はどう見ても智絵里やキミと同年代には見えない。若返りは……危険すぎる」
静寂が診察室を支配する。
西園寺先生の言った言葉が突き刺さる。
葵ちゃんの大変さばかりに考えがいっていたが、確かにこの秘密は魔法少女と同じくらい重大な秘密だ。
「おそらく下手すれば国家が動く。友達を巻き込むな、智絵里」
「……」
西園寺先生の言葉に智絵里は力なく頷く。
「智絵里……」
私は親友の名を呼ぶ。
「ごめんね、こんな危ない話とは思わなくて……」
「ううん、それは違うよ!」
智絵里は頭を上げると
「桃華ちゃんや葵ちゃんだけで悩むよりも智絵里に話してもらえて良かったって今でも思ってるもん!」
と言い切ってくれた。
「そうだね。私たち西園寺家に話してくれたのは正解かもしれない」
西園寺先生がそう言う。
「どういうことですか?」
葵ちゃんが訊ねる。
西園寺先生はようやく厳しい表情を緩めると
「私たち西園寺家なら葵くんの力になれるからだ」
そう断言した。




