合流
「うそー!!!すごーい!!!」
リムジンが僕の家に着いたので、佳奈を呼ぶと開口一番、佳奈は目を丸くして興奮気味に叫んだ。
分かるけどご近所に迷惑だから。ただでさえリムジンは目立つんだ。お前が叫ぶとご近所さんが顔出すから下手するとややこしくなるから。
幸い誰も出てくることはなかったので、すぐに佳奈を車に押し込んだ。
リムジンが走り出し、ここまでの説明とこれからの行き先を説明する。なぜか竹宮さんと西園寺さんがずっと微笑んでいるのが気にはなったけど、妹の前でさっきみたいな態度は恥ずかしくて見せられない。
「葵ちゃんファッションショー開催だね!」
話を聞き終えた佳奈がそう結論づける。結論はそうかもしれない。
普段そこまでファッションに興味がない僕だけど、この可愛い体のファッションショーは確かに気になる。
自分じゃなければ。
見るだけなら楽しい。眼福だ。
自分が女の子になるなんてことがなければ、間近で美少女のお着替えを見れるのは滅多にない、というかない。
だけど結局自分。
今まで人の注目を集めたことなんて、小学校の頃女の先生のことを「お母さん」と呼んだときくらいだ。
あのときは笑いの対象だった。
そんな僕が他人から好意的な目で、もっといえば家族親戚以外から、幼少期を過ぎて以降愛でられる対象で見られることなんてなかったから、つらい。
美少年でもイケメンでも決してなかったからね。
……つらい。
そんなこれからのことを考えて憂鬱になっていると、テーブルに置いてあった西園寺さんのスマホが小刻みに揺れた。
「お父様からの返信だ~」
西園寺さんがスマホを取り上げ、通知の内容をチェックする。見る見るうちに目が丸くなっていく。そして
「環」
運転席の環さんに指示を出す。
「お父様のところへ。今すぐ会ってくれるそうです」
西園寺総合病院。
大神市だけでなく、地域一帯でも有数の大病院。
診療科の数も多く、24時間対応もしていて、他の病院でどうしても診ることの出来ない患者さんを受け入れることでも知られている。
僕も佳奈もここには初めて来た。とはいえ今回は正面玄関からではなく、裏の関係者用出入口からの訪問だったが。
さすがの佳奈も病院内ということで大人しくしている。
「今少し時間が取れたそうです」
病院内の清潔な廊下を六人で歩きながら西園寺さんは言う。
「まずは葵ちゃんとお話してみたいと」
「うん」
僕は頷く。
正直なところ、家の親を説得するには、佳奈のときのようにやりようはいくらでもある。
ただその方法だとお母さんはともかく、お父さんは難しい。
だからここで箔をつけて貰えれば……と考えてしまう。
そういう意味ではこれから西園寺さんのお父さんと話すのは、ドキドキもするが思考も明瞭になる。
問われたことに正直に答えていけばいい。
客観的な第三者目線での診断が欲しい。
エレベーターに乗り上の階で降りた僕たち一行は、他とは気色が異なるフロアをまっすぐ進んでいく。
「智絵里さん皆さんこんにちは。今日はどうしたんですか?」
「ちょっとお父様とお話することがあって」
西園寺さんはここのナースさんとは顔見知りらしい。すれ違うたびに声をかけられ言葉を返す。
何度か繰り返しているうちに、西園寺さんがある部屋の前で足を止めた。そして白い扉をコンコンと大きくノックし
「智絵里です」
「入っておいで」
西園寺さんが部屋の中に呼びかけると、扉の向こうから男性の声が返ってきた。
「失礼します……お父様、お仕事中失礼します」
扉を開けてすぐに西園寺さんたちが頭を下げたので慌てて僕と佳奈も頭を下げる。竹宮さんは普通に頭を下げていた。
「いや、私が呼んだんだ。早く中へ入っておいで」
ぞろぞろと診察室へ入っていく。
診察室の中は広かった。僕が思っていた診察室の広さのイメージでは、六人もの人が入れば部屋がぎゅうぎゅうになると思っていたが、実際には教室一つ分くらいの広さがあった。
診察室の奥には大きな窓がいくつも並んでいて、部屋の半分には応接用と思われる場所もあり、もう半分のベッドや様々な治療用と思われる電子機器がなければ社長室と言われても信じていたかもしれない。
診察室の奥の大きな机には髪をしっかりまとめて精悍な顔つきをした白衣を着た男性が、椅子に座って僕たちを出迎えていた。この人が西園寺さんのお父さんだろう。
そしてその横にもう一人、白衣を着た若い女性が立っていた。
僕たちは白衣の女性に丸椅子を勧められ、勧められるまま座った。長島さんと環さんは立ったままだった。
僕たちが座って一息つくと、西園寺さんのお父さんが話し始めた。
「私が西園寺智絵里の父、西園寺一馬だ。よろしく。この子は私の秘書でもあり脳神経内科医でもある小林だ」
「小林です。よろしくお願いします」
二人の先生の挨拶に僕たちも頭を下げる。
こっちは誰から自己紹介するのかな、と考えていると横にいた竹宮さんにひじで脇をつつかれた。僕か。
「えっと、僕は藤宮葵です。本当は男です」
そう言って頭を下げる。頭を下げるたびに顔にかかる髪がうっとうしい。
「ほう。君が智絵里の言っていた子か。こうして見ても女の子にしか見えないな。小林、ちょっとこの子の外観を診てくれ」
「はい。藤宮さん、私と一緒に隣の部屋で体のチェックをさせて欲しいんだけどいいかしら?」
良くない。
そう言いたい気持ちを堪える。
まずは正直に話す、そう決めたばかりじゃないか。
僕が今女だってこと、目で見て信用してもらわないと!
僕は頷いて小林さんに続いて隣の部屋に入った。
oooooooooo
「智絵里の話が本当にせよ、イタズラにせよ、私自身が納得しないと誰にもこんな話は出来ん。そもそも誰かに話していいものかも分からんが」
葵ちゃんが隣の部屋で体の検査を受けている間、智絵里のお父さん、西園寺先生がそう言って大きく息を吐いて椅子の背に座り込む。
環さんがいつの間にか西園寺先生の横、先ほどまで小林さんが立っていた場所に移動していた。
お医者さんとメイドさん。
どちらも本職なのだから、この光景はレアだと思う。
西園寺家では普通なのかな?
「葵くんが男性の意識を持っているという話は確かだろう。仕草や動作が女性のそれではない」
西園寺先生は続ける。
「外見は完成されすぎているな。作り物でないとは思うが、それにしては目立ちすぎる」
「可愛いですよね」
私の思わず出た言葉に、西園寺先生も真剣な顔をして大きく頷く。そして
「智絵里の知り合いでなければ声をかけナンパしていたよ」
渋い声でとんでもないことを口走る。
「それはダメに決まってるにゃあ!」
環さんがどこから取り出したのかハリセンを手に持ち、容赦なく西園寺先生の後頭部をスパーンと快音を立てて振り抜く。動じない西園寺先生。
長島さんをそっと見やると、視線は横を向いていた。そうか、見てないことにするんだ。
勢いある智絵里ファミリーの一幕を見て、私は頭を抱え、佳奈ちゃんは手を叩いて喜んでいた。




