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抱えごとは

「入るねー」


 私の準備が出来ても葵ちゃんが洗面所から出てきてなかったので、軽くノックをして洗面所の扉を開けた。

 するとそこには床にうずくまる葵ちゃんの姿があった。

 俯いていて表情は見えない。

 あ、これはヤバい。


「……ごめんね?」


 葵ちゃんのウブな反応をからかいすぎてしまった。

 ()()()()ゲームをしてるんだから()()()()のも好きなんだろうな、と安易に考えて、男の子の繊細な一面を傷つけてしまったのかもしれない。


「ニプレスはさ、ちょっと恥ずかしいかなって思って」


「ううん、ごめん、ちょっと疲れてた」


 慌てて取り繕う私に、立ち上がる葵ちゃんの顔は赤かった。

 改めて私は頭を下げて葵ちゃんに謝る。


「からかってごめんなさい!」


「……昨日のお風呂のほうがダメージ大きかったよ?」


「あはは……」


 葵ちゃんは下を向く私の肩を上げて顔を見合わせると、わざとらしいため息をついて苦笑しながらそう言った。

 ここら辺が落としどころだろう。



 私は再び葵ちゃんのシャツを胸に押し当てたが、今度は浮き出ることはなかった。


「これでOKね」


「うん。行き先は家だよね?」


「そうね。佳奈ちゃんと三人で作戦練らないと」



 エレベーターが下降している最中、葵ちゃんはスマホを操作していたけど、なかなか苦労しているようだった。


「手?」


「うん。竹宮さん家にいるときは床に置いてやってたんだけど……」


 葵ちゃんのスマホは男の子な藤宮くんが片手で使っていた大きいサイズのものだった。画面が大きくて見やすいかもしれないが、女の子の手にはつらい大きさだ。

 当然女の子な葵ちゃんでは片手で操作なんて出来ず、今は両手でスマホを持って佳奈ちゃんに連絡を取ろうとしているみたいだ。


 ぴこん


 と私のスマホが鳴った。何か通知が来たようだ。

 私はカバーとリングがついた、自分の手に馴染んだスマホを取り出して、何の気なしに待ち受け画面に現れた通知の件名を確認する。


『桃華ちゃんの用事の件』


「あ!」


「!?」


 うっかり忘れてた。

 私が声を出して驚いたのにつられて、葵ちゃんも体を震わせ驚いてしまい、その勢いでスマホが床に滑り落ちてしまった。


 悪いことは続く。


 落としたスマホを体を震わせていた葵ちゃんが蹴飛ばしてしまい、タイミング悪く一階に到着していたエレベーターがドアを開け、スマホはそのまま外に滑り出す。


 開いたエレベーターの扉の隙間から、私より体のサイズが小さい葵ちゃんが先に飛び出していってしまった。


 スマホしか見ていなかった葵ちゃんは、だから少し離れた場所に立っていた人に気付かずぶつかってしまった。

 ころんと転ぶ葵ちゃん。


「あ」


 葵ちゃんはぶつかってしまった人の顔を見上げ、なまじ見知った顔だったばっかりに、パニクる頭で勢いで謝ってしまった。


「ごめんなさい、西園寺さん」


 と。


「どちらさまでしょうか~?」


 エレベーターホールに智絵里ののんびりした声だけが響く。

 私の心にも響いた。

 あんなに魔法少女のときは頼もしいのにどうして……。


「あ」


 葵ちゃんが今さら自分のやらかしたことに気付き、倒れたまま顔を青ざめさせる。


 私は心の中でツッこむ。

 ……葵ちゃん、貴女は西園寺智絵里を知らないよ?


「智絵里ごめん、大丈夫?」


 私もこのわずか数秒で起きた悲喜劇に混乱し、何とかエレベーターから降りてそう言った。

 ど、どうしよう……!?


「大丈夫ですか」


 倒れたままだった葵ちゃんに、長島さんがスッと近づき、手を出して立ち上がらせた。

 長島さんは足元に転がっていたスマホを拾い上げると、内ポケットから取り出した真っ白なハンカチでそっと砂や埃を拭い、葵ちゃんに手渡した。

 そして私や葵ちゃんの顔を一瞥してふむ、と長島さんは頷くと、智絵里のそばに近寄り


「智絵里お嬢様、おそらくこちらの方の件かと」


 と私たちにも聞こえる声でそう伝えた。

 これは「私の用事」が「智絵里の名を知る謎の美少女」のこと、だと気付かれたみたいだ……。

 もうどうしよう。


「桃華ちゃん~?」


 智絵里はいつも通り、ふわふわと私に近寄ると、両手で私の両手をとり、じーっと私の顔を見つめて真面目そうな顔で言った。


「さっきも言ったよね~?桃華ちゃん一人で悩まないでって。私にも相談して?」



 はは。

 私は心の中で乾いた笑いをあげた。

 そうだ。

 そうだった。

 ほんのついさっき言ってもらったのに。

 私、また一人でなんとかしようと思ってた。


 智絵里に話してなんとかなる訳ではなくても。

 一緒に持ってもらおう。

 だって一緒にもつよ、って言ってくれるんだから。



 私は万感の思いを込めて智絵里の両手を持つと、いつも通り頬に人差し指を当て、口を開いた。


「実はねー」

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