プロローグ3 僕の初体験
主人公ようやく登場
僕は藤宮葵。
市立大神高校に通う15才の男子だ。
身長は170cmに僅かに届かない。
部活には入っていない。
成績は中の上。
運動は苦手。
趣味はゲームと料理。
ゲームのし過ぎで目を悪くしてメガネをかけているが、それ以外は持病もなし。
髪は黒毛で癖もなし。
家族構成は父母妹。
彼女いない歴15年、どこにでもいる極々普通の男子だ。
普通の男子だった。
あの異変が起きるまでは。
oooooooooo
その日の夜、僕はコンビニへと自転車を走らせていた。
お風呂に入った後にアイスを食べようと思っていたのだが、冷凍庫にはアイスがなかったのだ。
これには妹の佳奈もガッカリしていたので、ちょっとした買い出しだ。
しっかり注文をつけてきたが僕も同じアイスが食べたかったのでよしとする。
ここらへんやっぱり兄妹だなという感じがする。
「まだまだ蒸し暑いなぁ」
既に日は落ちているが、自転車をこいでかき分ける風は先ほど降っていた夕立のせいかやけに肌にまとわりついてくる。
周りは田んぼや畑が多いので遮蔽物こそないが、その分水分をたっぷり含んだ温い風が吹いている。
これはアイスを買ったらすぐに戻らないと、家に帰る頃には溶け始めているかもしれない。
そんなことを考えながら家から自転車で5分、最寄りのコンビニへと到着した。
田んぼや畑の中にぽつんと建物が一軒、それが目的のコンビニである。そして家から近い唯一のコンビニである。
世間で聞くような様々な系列のコンビニがひしめきあう立地競争もここにはない。
電車通学をしているが、逆に高校の最寄り駅の大神市となるとこれまたびっくりの都会である(当社比)。街中コンビニだらけだし専用の駐車場なんてないところも多い。
それに対してこのコンビニには長距離トラックが数台止められるほど広い駐車場がある。が、幹線道路に面しているわけでもなく、田舎特有の有り余る土地を駐車場にしてみました、といった感じで作られているような気がする。
現に駐車場には一台も車がない。
田舎でこの立地。
このコンビニはやっていけてるのだろうか。
ここが無くなると近場にコンビニがなくなってしまうのでぜひとも頑張ってほしい。
自転車置き場に自転車を置き、入り口の扉を引いて中に入る。
中はしっかりと冷房が効いていて生き返る心地だ。
軽く見回した感じ、客は僕一人らしい。
本当に頑張ってほしい。
この涼しさの中、すぐにアイスを買って外に出るには誘惑のほうが強い。
もう少しだけ涼んでいこうと興味は特にないが適当な雑誌をぱらぱらとめくり立ち読みを始めた。
これが失敗だった。
もっと早くこのコンビニを立ち去っていればー
「ったー」
やる気のなさそうな店員の声を背中越しに聞きながらコンビニを出る。
「さて」
汗も軽くひいたところで我ら兄妹ご指名、バニラのカップアイスを購入し、建物の横にある自転車置き場まで歩く。
そして自転車の鍵を外してサドルに跨がったところで、
ガズッ
脳に響きわたる嫌な雑音と全身を激しい衝撃に揺さぶられ、ゆっくりと体が横に倒れていくのを意識の端に捉えながら僕の目は閉じていった。
oooooooooo
何が……
何も考えられない
考えたくない
動けない
動きたくない
まぶたがゆっくりと開く
開きたくない
開かれる
視えたのはやけに白い世界
ただそこに在る僕
白い世界に影が現れた
人の輪郭
女
子ども
長い髪
白い
白い
白い
口が動く
声は聞こえない
音は届かない
ただ
ーごめんなさい
そう心が理解した
oooooooooo
「うう……」
意識が戻ってくる。
右頬がアスファルトに触れているのを感じる。
僕は……僕だ。
藤宮葵、名前はちゃんと言える、うん、大丈夫。
さっき頭にぶつかってきたのはなんだったんだ……?
さっきの女の子はいったい……?
頭に手をやるが痛くない。血が出ている様子もない。
さっきの衝撃は……?
転倒しているのだから何かがぶつかってきたはず。
いや本当に何が起こったんだ……。
考えがまとまらないまま僕は体を起こした。
すると何かが顔にまとわりついてきた。
「ん?」
頬がくすぐったい。
なんか頭に絡まってる……!?
「うわっいてててっ!?」
驚いてそれを両手で掴み引っ張って投げ捨てようとした瞬間、ぶちっと音を立てて髪の毛が引っこ抜かれる感触に痛みを覚えて呻き声を上げてしまった。
「痛たたた……誰?」
さっきから僕の声が聞こえず、代わりに女の子の声が僕の気持ちを代弁してくれている。
そして両手に残っていたのは
「白髪?」
真っ白な長い髪だった。
これ、どこかで見たようなー
って待て待て待て待て待て。
叫びそうになる口を必死に押さえる白く透き通った小さなその手は、今までの人生で共に成長し見慣れた自分の手ではなくー
僕、誰だ!?
頭の中で自分に問う。
僕は藤宮葵。
それはさっきも確認した。
僕は何も特徴の無い、普通の男子。男子。
ここだ。
ここが違う。
僕の髪はこんな長くて真っ白じゃないし、手はこんな綺麗なものじゃなかった。
そして声。
「僕は藤宮葵です」
鈴を転がすような女の子の声が僕の口から吐き出された。
何が何だかさっぱり分からない。
だが僕は女の子になっていた。
ゆっくりと立ち上がろうとする。
体がふらついたので支えようと手を地面に付けようとしたらそこには布があって、構わずそのまま立ち上がろうとしたらずっこけて無様に後ろに倒れた。
改めて体を見やると、白いひらひらとした布地が視界に入った。それは足元から体までつながっている。
どうやらさっき手で押さえつけていたのはスカートらしい。履いたことはないけどこれがスカートなんだろな。
胸元に目をやればこれまた白いリボンがあしらわれており、そして胸元から盛り上がる確かな何かを感じる。
もうここまで来るとやけっぱちになってきた。
広がるスカートはそのままにあぐらをかいて地面に座り直し両手で胸をむんずとつかんだ。
「いたたたた」
自分の体なのに力加減も分からずぎゅっと縮めた掌に確かにしっかりと肉を感じ、揉まれた胸はその痛みを訴えてきた。
さわれるしさわられた感触。自分の体だ。
あるのか。胸。
力を加減して少し揉む。
小さな手の平に収まらない、ゆっくりと動かすとふにゅんと不思議な触感で形を変える、男子なら夢見るその桃源郷は、だが今は虚しさしか感じられなかった。
違う。これじゃない。
自分の体を揉んでも嬉しくない。
初めてのおっぱい体験が自分の胸とか地獄だ。
胸の次に確認するのはもちろんー
僕の視線が下に移動する。
だが残念なことに、僕の魔の手(?)がそこに辿り着く前に、更に今度は外部から変化が起こった。
コンビニの裏手側の方から眩い光の柱が天に届かんかといわんばかりに夜空を貫いたのだ。
その瞬間今まで感じたこともない不思議な波動が僕の体を走り抜けていった。
「な、なな何!?」
その場で飛び跳ね、足にヒールを履いてたらしく少しバランスを崩しかけたが、今度こそ立ち上がることに成功する。
光った方向を見やる。
光の柱は今も輝きを保ったまま、コンビニから少し離れた場所にあった。
目をこらすと、この距離では見えるはずがないのに目をこらすと、そこには人よりはるかに大きい、スライムとしかいえない緑色の物体がぶるぶると震えながら、うずくまった青いドレスの少女に近づいていくのが見えた。
光の柱からは彼女と同じような、波動を感じた。
怯え。
彼女が襲われる、そう気づいた時には僕は全力で走り出していた。
女に変わろうが僕は心まで女にはなっていない。
目の前で女の子が襲われていたら助けに入るのは、男の役目だ。
走りながら自分の今の格好も、夢の中で見た長い髪の女の子に似ているな、と考えていた。