まさかの戦闘
僕が空に飛び出すと当然重力に引かれて体が自然落下していく。
けれども僕は気にせず空を飛ぶイメージを頭の中で明確にする。
すぐに落下が止まり、宙でバランスを取り戻すと魔物の反応を感じた方向を向き、太陽の日差しが降り注ぐ昼下がり、竹宮さんのマンション以外高層物がない町の空を飛ぶ。
風景こそのどかだったけど心は逸っていた。
攻撃魔法も使えた。
結界魔法も使えた。
空を飛ぶことも出来た。
一か八か、もっといえば成功するはずがなかったが、今の僕は失敗する気が全くしなかったし、実際に成功した。
飛ぶスピードも遅いとは思わない。
ほら、もう着いた。
魔物が現れていたのは山奥の木々に囲まれた場所だった。
僕は空中で止まると魔物の姿を探す。
見つけた。黒い熊型の魔物だ。見た目こそ熊だけど大きさは普段動物園やテレビで見るよりも数倍大きく、そして魔法少女になった今なら見逃しようのない濃い黒い波動を纏っていた。
僕はさっそく眼下の魔物を封鎖結界に閉じ込めるべく詠唱を唱え始め、やがて魔法を解放する。
魔物は周囲の木々をなぎ倒しながら暴れていたが、その周囲に白く輝く結界が出現し、暴れ回る魔物を囲い込んだ。魔物は結界の端にぶつかり、それ以上進めないことに苛立ちさらに暴れ始めた。
成功だ。
僕は結界の外、開かれた山肌にゆっくりと着地する。ヒラヒラしたスカートがふわりとひらめく。
暴れ回る魔物。それを見つめる僕。
あれ?
もしかして魔物をこのまま結界に封じ込め続ければ戦う必要はないのでは?
魔法少女に変身する必要もない?
僕は今の結界を囲うさらに大きい結界を張るべく詠唱を始めた。
ガキャーーーン!!!
そんな無防備な僕に、結界を破壊した魔物が目標を僕に定めて襲ってきた。
「えっ」
すぐさま詠唱を中断し、襲い来る熊型の魔物の爪をなんとか右に飛んで避ける。
僕のすぐ左を巨大な質量が掠めていく。スカートの裾が少し破れていく。
スライムの魔物よりも濃い黒い波動が僕の魔力をえぐり取るようだ。
すぐに魔物が向きを変え僕に追いすがる。
「ファイアボルト!」
上に跳び上がるとすかさず魔法の火の矢を複数本撃ち降ろす。
魔物に着弾するとドムドムッと鈍い音を立てて爆発する。
僕は結果を確認することなく跳躍から飛行に切り替えある程度の高さに停止すると、再び封鎖結界を詠唱し始めた。
熊型の魔物は空を僕を見上げている。
地上では封鎖結界の呪文詠唱なんて待ってくれない。
竹宮さんに言われた通りにまずは封鎖結界で動きを封じないと。
初めて張った封鎖結界とはいえ、こんな簡単に破られるものなのか?あの魔物の怪力さにゾッとする。
魔物の破壊に任せるまま戦場を拡大するのは危険だ。
まさか封鎖結界が破られるなんて……何か間違えていたのか!?
ああもう、詠唱時間がもどかしい!
雑念だらけで周囲への注意が散漫だったのか、所詮熊型、空までは追って来ないと心のどこかで侮っていたのか。
背後から頭への不意の一撃をモロに食らって、僕は詠唱を続けることも出来ないまま、熊型の魔物が待つ地上へ落下していった。
僕は受け身の取れない状態で山肌に叩きつけられた。
後頭部の激痛と落下時の衝撃が全身に走り、その痛みに思わず声が漏れる。
「ぐはっ」
落下地点になぎ倒された木の根元がなかったことは幸運だろう。
もしあれば僕の体は串刺しにされていたかもしれない。
「あぐぅ」
待ち構えていた熊型の魔物の振り下ろした腕が僕の体を叩くように打ちのめした。
全身が痺れるように震え、頭がパニックを起こす。
魔法少女に変身していたのは幸運だろう。
変身していなければとっくに死んでいた。
つづく爪での攻撃をなんとか体を転がし避ける。そしてそのまま立ち上がろうとする。
そのとき背後に気配を感じ咄嗟にしゃがむ。
しゃがんだ僕の上を歪んだ空気を纏った何かが通り過ぎて戻っていく。
「せいっ!!!」
僕は見えない何かに向け魔力を纏わせた裏拳を力任せに振り抜いた。
「ギャウ!!」
叫び声が上がる。
拳に何かを殴りつけた感触があった。殴られた何かは草を薙ぎ払って吹っ飛んでいく。
まさか魔物二匹!?
しかも一匹は見えない!?
黒い暴風のような一撃をもう一方の手でなんとか受け止める。だが熊型の魔物は構わず突進してきた。
前方の熊型の魔物、後方の何かの魔物。
右に跳び避ける。
残念ながら魔物同士がぶつかり合うことはなく、熊型の魔物がスピードを落とさずそのままのスピードでこちらに向かってきた。
このタイミングなら見えない魔物はまだあの場にいるはず!
「せいやっ!!!」
襲い来る熊の右腕を下から左手で弾き飛ばすと空いた顔面を右ストレートで思いっきり殴りつけた。
「グガアアアアアアア!!!!」
悲鳴のような雄叫びを上げ、熊型の魔物がスローモーションを見るかのように吹っ飛んでいく。
次は見えない魔物に注意しないと。
そのとき、ふと空での呪文詠唱を思い出す。
空を飛んで、封鎖結界を唱えられるのなら……?
僕は周囲を注意深く観察しながら三度封鎖結界の呪文詠唱を始める。
来た。
「ファイアボルト!」
見えない魔物は黒い波動がほとんど感じられない。それだけ弱いのか漏らさないほどの強さがあるのか。
微かに感じた波動に向けてファイアボルトを打ち込む。
「ギャギャウ!」
迎撃出来た。詠唱はまだ終わらない。
コンビプレイなのか熊型の魔物が間髪入れずに襲いかかってくる。
コイツにはファイアボルトはほぼ効いていなかった。
魔力を込めた一撃が必要だ。
「だあああ!!」
先ほど見えない魔物を迎撃した方向とは反対方向に回り込み熊の横っ腹にケンカキックを蹴り入れると、熊は後ろにズシンと倒れ込んだ。
もうすぐ詠唱は終わる。
この二匹はまとめて封鎖結界に閉じ込める必要がある。
熊型は視認出来るが見えない魔物はとっさに確認出来ない。
僕は覚悟を決めて熊型の魔物に向き直る。
熊型はすぐに起き上がり姿勢を直すと雄叫びを上げ僕に向かってきた。
後ろへ距離を取ろうとすると微かな気配。いけ!
僕はそのまま後ろに下がった。
「ぐっ!!」
背後からの思ったより重い肩への一撃に崩れそうになる姿勢を気力を振り絞って維持する。
すぐに振り向いて両手で見えない魔物を手探りで探す。虚しく空を切る僕の両手。
諦めない!!
背後に熊の気配を背負って必死に虚空に手を伸ばす。
指の先に何かを感じる。
かすった?
僕はタックルするように地を蹴る。
もっと先!!
大きく上に手を伸ばすと、あった。
ここだ!!!
見えない何かを全力で握りしめると僕は封鎖結界を展開した。
その直後、僕は熊型の魔物の突進を小さな体全身で受け吹き飛ばされた。




