お買い物
「魔法に関することは佳奈ちゃんには秘密だからね」
コンビニに入る間際、竹宮さんが腰を少し下ろして僕の耳元でささやいた。
竹宮さんの息づかいが僕の耳をくすぐる。
魔法に関すること……女の子になったこと以外が秘密なのだろう。
未だに何も知らない分からない僕には判断のつけようがない。僕は竹宮さんを見上げると首を縦に振って首肯した。
つい二時間ほど前、男として入ったコンビニに女の子として再び入るとは、この世には不思議なことばかりだ。
「ほらほらさっさと買うよお兄……葵ちゃん」
さっさとコンビニに入った佳奈が僕の名をちゃん付けで呼んでくる。
言いたいことはあるがもうくたくただ。
知りたいことも訳が分からないことも全部後回しにしてベッドに潜り込みたい。
もうゴールしてもいいよね……?
「パジャマはこんな感じかな?」
「とりあえずはこの短パンとシャツでいいかな?」
竹宮さんが持ってきたクリーム色の寝間着と佳奈が持ってきた普段着用の衣類を受け取る。
二人の厚意に感謝する。
「下着はー、これ!」
佳奈が手渡してきた熊さんパンツを丁寧に押し返す。
「見た感じ、このくらいなんだよね」
竹宮さんが人差し指を顔に当てながら持ってきた猫さんパンツにも丁重にお帰りいただく。
二人の行為に僕は無言で抵抗する。
僕の戦いはまだ終わっていなかった。
「葵ちゃ~ん、女の子の下着のこと分かってないでしょ~?」
佳奈のあの笑みは楽しい時の笑顔だ。
得意なゲームで僕をいたぶる時の目だ。
「お前が僕くらいの背の頃にはもうこんなパンツ履いてなかったぞ」
いつだったか黒いパンツを買おうとして母と対峙していた覚えがある。
渡されたのは誰が見てもお子様パンツ。あれはある意味見せパンだ。僕は女の子になれど、周囲にパンツを見せまくるそんな情けない存在にはなっていないはずだ。
……転んでノーパンで開脚したのはカウントしない。
負けない。負けられない。
「でもこのお店にはこういうものしかないから。諦めてね?」
竹宮さんが申し訳なさそうな顔で僕に熊さんと猫さんを握らせる。
勝利の女神は僕には微笑まなかった。
もうこのコンビニで服なんて買わない。そう決意した。
ブラジャーは今日のところは勘弁してもらえた。
oooooooooo
「佳奈ちゃん、今夜お兄さんをお借りしてもいいかな?」
服とアイスを買い、藤宮くんが乗っていた自転車の高さが合わないため佳奈ちゃんの自転車を借りてさらにサドルを下げ、藤宮くんが佳奈ちゃんの自転車に、佳奈ちゃんが藤宮くんの自転車に乗ったところで、私は佳奈ちゃんに話を切り出した。
私の家で藤宮くんが急に声を上げたときは驚いたけど、コンビニに戻ってきて、藤宮くんの妹さんであるところの佳奈ちゃんがすぐに現状を理解してくれて、正直ほっとした。
藤宮くんもさぞかし安堵したことだろう。
藤宮くんにはまだ何も話していないに等しいこの状況、彼に話しておかないといけないことも多い。
幸い今夜は藤宮くんのご両親は不在らしい。明日も平日なので私は学校に行かないといけないが、藤宮くんは学校は休まざるをえないだろう。
さすがに学校中の人間を説得するのは不可能だろう。
休んである間に色々魔法に関する知識や現状について学んでもらわないと。
「ええと、どうしてですか……?」
妙に顔を赤らめながら佳奈ちゃんが聞いてくる。
「色々教えないといけないこともあるから……ね?」
「色々教える……やっぱり」
何かかみ合っていないような気がする。
「お姉さま、不束者の兄をよろしくお願いします」
なるほど。
何がやっぱりか。
彼女は何かピンク色の妄想をしているようだ。
ここは年長者としてしっかりしないと。
「佳奈ちゃんが想像しているようなことはないから落ち着きなさい」
「えっ、竹宮さん可愛い女の子が大好きって美雪ちゃんが言ってたからてっきり……」
「ちがっ」
美雪ちゃんとは私の従姉妹で佳奈ちゃんの同級生のあの美雪ちゃんだろう。
なんて噂を流しているのか。
これではおおっぴらに愛でられないじゃない……!
あとで美雪にはお仕置きをしないと。
「さ、行くわよ藤宮くん。ちょっと藤宮くん、そっちは私の家の方向じゃないわよ?」
何かを察した藤宮くんがそろそろと私から離れるように距離を開けていく。
ああもう、前途多難だ。




