プロローグ1 魔物
初めての作品です。
未熟な点が多々あるかと思いますがよければ読んで下さい。
夜。
まだ早い時間だというのに、この町はひっそりと静まっていた。
24時間営業のコンビニの明かりだけが煌々と光っているが、道路には車さえ通っていない。
地方都市ゆえに周囲に道行く人の姿はなく、閉ざされた空間の中心で人知れず戦いは始まり、終わろうとしていた。
oooooooooo
空は暗く、だが微かに温かい光で周囲が包まれている。
うずくまる私の目の前に緑色の魔物が迫ってくる。
その体はスライムのように不定形。感覚器官と思しき特徴的な部位はなく、ただ不気味に体を震わせのたうつように私の方へ近づいてくる。
今の私は無力な存在だ。
フリルとリボンをふんだんにあしらった、小さいお子様や大きいお友達が喜びそうな青を中心にデザインされたドレスのような私の衣装は見た目通りの服ではなく、魔力で精製された戦闘服だ。
右手には杖。その先端は丸く、中心には青い石がはめ込まれている。
私の今の姿を見ればほぼ全員がこう言うのではないか。
魔法少女と。
違いない。私は魔法少女だろう。
ただ、今の私にはもう魔力は残されていないし、右手にある杖はただの棒に成り下がっている。見た目通り、無力な少女と何も変わらない。ご期待通りに活躍すら出来ない。
体は無様に地面に這いつくばり、立ち上がることすら叶わず、ただただにじり寄る魔物を睨みつけることしか出来ない。
悔やんでも悔やみきれない初動のミス。
このまま私は魔物に負けてしまうのか。
そう覚悟した時だった。
私でも魔物でもない、知らない声が右から聞こえた。
「どっせーーーーい!!!」
突然の大声に驚いた私はとっさに身を捩ることしか出来なかった。
スライム状の魔物が突然の衝撃を受け止めることが出来ず、私の目の前から左へとふっ飛んでいく。
魔力で強化された私の目が捉えたのは、純白の女の子が魔物目掛けてすごいスピードで接近し魔物を殴り飛ばした光景だった。
ビダァン!
ブロック塀に打ち付けられた魔物はしばらく張り付いたまま不定形の体を明滅させ、やがて声無き声を震わせるように地面にずるずると落下した。
「大丈夫!?」
目の前に着地した私の視線より小さめの女の子がキレイな長い銀髪をなびかせ、可愛らしい顔に心配そうな表情を浮かべて私に問いかける。
先ほどの暴力的な初対面とはうらはらに、彼女から発せられた声は見た目通りとても可愛らしいものだった。
「た、助かったわ……」
「よかった」
おそらく敵ではない。
私と同じようなふりふりの白を中心としたデザインのドレスを着た少女が、その細腕のどこに隠されていたのかといわんばかりの振り切った右ストレートで、自分の体の一回りも二回りもある魔物を吹っ飛ばしたのだ。
おそらくは私と同じ魔法少女。
……殴り魔法少女?
それはまぁいい。
助けてもらったのは事実なのだから。
ただ、だとすると納得いかないことがいくつかある。
まずは私が知らない魔法少女だということ。
そして、彼女に聞きたいことがー
「やっぱり待ってはくれないようね……」
ブロック塀を見やると潰れていた魔物が緑色の半透明の体をぶるぶると震わせながら姿勢?を取り戻す。
「……ふむ」
殴り魔法少女の子が両手をぐーぱーぐーぱーとその感触を確かめる。
そしてこくんと一つ頷くと、
「そこで待ってて」
その場でうずくまる私を残してまっすぐに魔物に向かっていった。
「てりゃぁぁぁぁぁ!!!」
可愛らしい雄叫びを上げて魔物に殴りかかる。
不定形な魔物が殴りつけられるたび、蹴りつけられるたび、魔物の体の殴られた箇所から虹色の光が迸る。
彼女は本当にその手足で戦うらしい。
当たった瞬間だけ魔物の体に彼女の虹色の魔力が通っていくのが見える。
「どりゃあ!!!」
「おらぁ!!!」
足を止めてとにかく連打連打連打。
魔物は右に左に体を振られながら殴られるままになっている。
「くそったれぇぇ!!!」
……口の悪い魔法少女もいたものだ。
元々緑色だった魔物の体の色も殴られ続け、いつしか薄いピンク色へとその色を変えていた。
ダメージが蓄積されているのは間違いない。
一方、両肩で荒く息をしながらも白銀の魔法少女の両手は止まらない。
魔力の発露をインパクト時のみという必要最低限に絞っている割には息切れが早いように思える。
魔力容量が少ないのか、一撃にかける魔力が大きいのか、彼女が込めた虹色の魔力の質が私には分からない。
一進一退の攻防というには魔法少女が優勢か。
がんばれ……
声にならない声で私は彼女を応援する。
「くたばれぇ!!!」
そう叫んで彼女が大きく振りかざした渾身の右ストレートが大きく空を切った。
「「!?」」
彼女も私同様に驚いていた。
魔物は彼女の右ストレートが通る軌跡部分だけを器用に凹ませ体を縦に伸ばしていた。瞬間的に魔物の全長が倍位まで伸びる。
次の瞬間驚いてそのまま体勢が固まった彼女を丸呑みにする。
「!!」
だぷん、と水音を立てて閉じられた魔物の体の中で彼女がもがく。
だがいかんせん不定形のゼリー状の魔物の中では身動きが思うように取れないようだ。
無我夢中で手足を振り回しているがその動きは鈍く、あのインパクト時に輝く拳の光は現れない。
どんな条件で発動するのかは皆目見当もつかないが、これは危険だ。
攻撃手段を失ってしまっては彼女はあの魔物を倒すことが出来ない。
私がこの場から攻撃をしようにも魔物に飲み込まれている彼女ごと攻撃が当たってしまう。
「!?」
私が攻撃を躊躇している間にも変化は止まらなかった。
彼女の服が溶かされはじめたのだ。
煌くリボンが、ひらひらとしたスカートが、体に纏うドレスが、魔力で造られた鎧のように頑丈な装束がただの布切れのようにほぐされ、溶けていく。
彼女もそれに気付いたのか今までより更に身を捩っているが何の抵抗にもなっていなかった。
このまま見殺しには出来ない、けど魔力は空っぽ、体も動かない今の私には出来ることが、ない。
私は役立たずの杖をぎゅっと握りしめる。
「ぐあっ!!!」
彼女の悲鳴が上がる。
皮膚すら溶かし始めたのだろうか、彼女の銀髪の毛先が途切れては消えていく。
懸命に体を動かそうとする彼女。
「!」
ふいに彼女の動きが止まる。
気を失ったのか彼女の体から力が抜ける。
まさかー
最悪の結末が脳裏をよぎる。
が。
どごぉぉぉん!!!
次の瞬間、魔物の体が轟音を立てて爆発した。
**********
「一体何が……」
爆発の瞬間その場で頭を抱えてうずくまり、しばらくして顔を上げると周辺に散らばる魔物の破片が視界に入ってきた。
目の前に転がってきたかけらを注意深く確認し魔物の魔力が雲散霧消していることに一つ安堵のため息を吐いた。
魔力を失った魔物の破片は形を留めることが出来ずにさらさらと崩れては世界に還っていく。
爆心地には傷一つない。
私が張った魔力結界の賜物だ。
魔物を逃がすわけにはいかない。
一般人は無力だ。
彼らの持つ武器では魔物に傷一つつけられず、魔物にとって何の抵抗にもならない。
核でも持ち出したら分からないが、それを確認する術を私は持たない。
魔物を見られるわけにはいかない。
魔物の存在を人々に知られてはいけない。
一般人は皆魔物なんて知らず、日々の平和な生活を享受している。
魔物は私たちの敵だ。
私たちの世界に侵入した招かれざる客人。
私たち魔法少女はそのために生まれた。
言うなれば私たちもこの世界の理では説明がつかない存在だ。
爆心地には一人の少女が一糸まとわぬ姿で倒れていた。
先ほどの銀髪の魔法少女だろうか。
私同様うずくまった状態で地面に倒れていた。
細い肩がわずかではあるが規則正しく上下しているのを見るに、彼女はまだ生きているようだ。
何がどうなったのやら私の頭では整理がつかないが、このままでは先ほどの最悪の予想が時間遅れで当たってしまう、私はゆっくりと彼女へ這いずり寄っていった。