休憩室で
「んー……っ、はあ、緊張した」
休憩室に入るなり、リーンは大きく伸びをした。
「そうは見えなかったけどな。いつも通り、堂々としてた」
まだ少し耳の赤いレオンがリーンの頭を撫でれば、くすぐったそうな笑い声が上がる。
「レオンがいてくれたからね。どんなに心強かったか」
「そうか? 単純に殴って解決できないああいう場じゃ、全く役に立てないしむしろ足手まといだと」
「そんなことないよ。いてくれるだけで十分さ。よっと」
リーンは華麗にターンして、ソファーに腰掛けた。ドレスの隠しポケットから、こっそり回収していた『酷似の仮面』を取り出す。レオンは後ろから背もたれに手をついて、仮面を覗き込んだ。
「それも、グランセルネール家の遺産か?」
「ううん。今回はハズレ。ただの魔法道具みたい」
古くからグラン七貴族に課せられている役割のうち、曰くつきの品の管理はグランセルネールの領分。リーンの父が担っていた役割を知らずに、リーン達は飢饉の時に売り払ってしまった。
「全部集めてもう一度封印するまで、どのくらいかかるのかなぁ……父様のバカ」
なので、リーンはことあるごとに父に悪態をつく。そもそも父が変なお土産コレクターなせいだったと。完全な八つ当たりだが。
「まあ気長にだな。見つけ次第回収ということで」
レオンがひょいと仮面を取り上げた。少し余剰に魔力を流してやれば粉々になる。リーンがこてんと頭を後ろに傾け、レオンを見上げる。
「ねえ、レオン。少し休憩したら会場に戻って一曲踊ろう?」
「うっ」
レオンはあからさまに狼狽えた。運動神経は悪くないが、ダンスだけはどうしても苦手だった。リーンもわかって言っていて、にっこり笑う。
「大丈夫。僕を誰だと思ってるの? これでも名門貴族のお嬢様なんだ。完璧な角度で踊りきってみせるよ」
「っ、そ、それ。この間から気になってたんだが、その角度っていうのは一体なんなんだ?」
「そのこと? あのね、同じ動作でも見せる角度を気をつけることによって、綺麗に見せることができるのさ。例えば、あの中庭で花を愛でる時に、こう」
リーンは立ち上がって背筋を伸ばし、首筋に気をつけて少し屈んだ。頬に落ちた髪を――まあ今はウィッグだが――中指に乗せ、耳を包むように手を動かしてかける。レオンがほうと息をつく。メイベルと比べると天地の差がある……と言うとリーンが怒りそうなので端的な感想を述べる。
「なんか、すげーな。いつもそんなこと考えながら生活してんのか」
「あっははー、やだなあ。そんな面倒なことしないよ」
レオンの前でだけだよ、とは心の中でつけ足す。だってレオンにはいつだって可愛いと思ってもらいたいのだ。ただ、これはさりげなくやることに意味がある。だから絶対に言わない。レオンは気づかず「だよなぁ」と呑気に笑っている。
「それはもういいとして、気を逸らそうったってそうはいかないんだからね。僕と一曲踊ってもらいます!」
「だ、だめだったか……」
リーンはふふんと笑ってみせた。
「大丈夫。どんな殺人ステップだって華麗にかわしてみせるよ」
「そ、そこまでひどくねぇよ!」
たぶん、と小声でつけ足したのに少し笑って、二人は手を取ってホールへ戻っていった。
――――END