だから控えろと言ったのに
七賢会議第三席、『氷結姫』クレセリア・グランヴェロー。
十四歳ながら剣の腕は一流。剣豪として名を馳せる少女で、人形のようにかわいらしい顔にまで歴戦の古傷が残っている。水の魔力の親和性が高いため、彼女が歩けば背中で跳ねる金の三つ編みや、改造した制服のスカートの裾から冷気が溢れ出す。
彼女はメイベルとリーンから少し離れた、三角形になるような立ち位置で足を止めた。薄氷を思わせる瞳でメイベルを一瞥する。
「お前をグランセルネールから引き取ったのは私だ。そうだな、メイベル・リン」
もし違うとしても頷いてしまいそうな気迫だった。メイベルは頷きもしなかったが、顔色がさっと青くなった。
「私の屋敷では数多くの使用人が働いている。だが、誰かがいなくなればすぐ気づくぞ。例え、窓の内側ばかり磨いている者でもな」
失笑が広がった。窓の内側……屈まずに掃除できる、範囲の狭い場所。
「お前の掃除術は見事なものだと侍女達からも聞いていた。まるで、掃除をしていないかのように掃除するのが上手いらしいな? 辞めたと聞いて残念に思っていたんだ。さあ、どうやっているのかあとでじっくり教えてもらおうか。そのためなら私はいくらだって頭を下げよう」
痛烈な皮肉だった。役に立たないからクビにしたが、前の雇い主である自分が責任を持って罰するというありがたい申し出までオマケした。王はふっと口の端を上げた。
「好きにしろ」
最も、厳格なクレセリアの下す罰は相当なものだろうが。メイベルの顔にも怯えが走り、ほとんど四つん這いの状態で逃げ出した。衛兵が捕らえようと動いたが、メイベルの鼻先に雷が落ちる方が早かった。メイベルは悲鳴を上げて尻餅をついた。
「おい、リリィにここまで恥をかかせといて逃げられると思ってんのか……?」
あ、とリーンは思った。王は横を向いて口元を押さえたが肩が震えている。王妃も唇を噛んで抑えているが完全ににやついていて、椅子をばしばし叩いている。レオンは全く気がつかない。
「衛兵、連れていけ」
メイベルが衛兵に引きずられるようにして退場した。そこでようやく、レオンが周囲の生暖かい視線に気がついた。それでもわかっていなかったので、リーンが背伸びして耳打ちした。
「今、わたくしを、なんと呼びました?」
「あ、ああっ!?」
公の場で愛称で呼ぶなんて、仲が良いですと大々的にアピールしたようなものだ。これでは報告もなにもない。
「幸せそうでなにより」
「ごちそうさまー」
と、国王夫妻。周りの人達もうんうん頷いた。
「ちょ、ちょっと休憩室行ってきます!」
照れたレオンにやや強引に手を引かれ、リーンもホールの外に出た。