言を弄する
仮面が無事外れたことに一番ホッとしたのはリーンだった。いくら綿密に調査したからといって、万が一……と思わずにはいられなかった。
『酷似の仮面』さえ外れてしまえば、現れた顔は似ても似つかない、赤茶の髪の女だった。リーンには見覚えがある。昔グランセルネール家の使用人として働いていた。
メイベルは慌ててしゃがみ、仮面を拾い上げた。そんなことをしてももう遅い。リーンが近づくと睨みつけてきた。
「来るなよ、この鬼女!」
レオンが二人の間に入り、リーンを背に庇う。メイベルは鼻で笑った。
「はっ、お嬢様はいいよね。そうやって隠れてりゃいいんだから」
ゆっくりと立ち上がって、ドレスの埃を乱暴に払う。顎を上げてリーンを見下した。
「なんでわかった?」
「公の場に出たことのないわたくしに化けられる人間は限られているからよ」
リリアンヌ・グランセルネールという令嬢は、体が弱く公の場に姿を現さない。そういう設定だ。けれどそっくりに化けるなら顔を知っていなければならない。リリアンヌという令嬢の顔を知っていて、なおかつ恨みを持っている人物だとわかれば、容疑者はかなり絞られる。領地に残る母と弟に協力してもらって、該当する人物に片っ端から連絡を取ってもらった。行方がわからなくなっていたのはただ一人――メイベル・リンだけだった。
「そっかぁ、うっかりしたよ。でもあんた達が悪いんだよ。あたしをクビにしたから」
メイベルは飢饉の年にクビにした大勢の中にいた。給金が払えなくなり、タダ働きさせる訳にもいかなかったからだ。しかしグランセルネール家は誠意を持って対応した。
「新しい奉公先を紹介したでしょう?」
家主の事情で辞めてもらう場合、次の勤め先を手配しておく。その責任はしっかり果たしている。グランセルネール家にはなんの落ち度もない。しかしメイベルは怒りに顔を歪ませた。
「そこであたしがどんな仕打ちを受けたかあんたは知らないだろう!? 四六時中こき使われて、飯を抜かれるのなんて日常茶飯事だったんだ!」
メイベルの言葉に、非難の視線がリーンに注がれた。リーンはまずい、と思った。メイベルのしたことは決して許されることではないが、動機にグランセルネール家の対応を持ち出されては分が悪い。ここでリーンがなにを言っても、揉み消そうとしていると判断される可能性がある。
ちら、とレオンがリーンを見た。どうする、と問いかけてくるその視線にごめん、詰めが甘かったと返す。仕方ない。レオンが雷を落として終わりだ。実行しようとレオンが息を吸う。
「まるで私が極悪非道であるかのような言い方をしているな」
鋭い声が響いた。レオンではない。カツカツという足音がした方を見てぶるりと震えた。息が白い。冷気が近づいてくる。
「クレセリア・グランヴェロー卿……」
誰かが呟いた。
そう、七賢会議第三席『氷結姫』クレセリア・グランヴェローだった。