手掛かりは
なぜリリアンヌが名前と性別を偽ってまで軍にいるのかというと、ぶっちゃけお金がないからだ。
大戦後、グランセルネール領が飢饉に見舞われた際、家主の母は家財のほとんどを売り払って領民を助けた。結果、グランセルネール家は名門の癖に貧乏になってしまったのである。
そこでリリアンヌが働きに出たのだが「名門貴族の子女が働いているなんて知られたら家名に傷がつく」と母がのたまったため、名前に加え更に用心して性別も偽ることになったのだ。レオンと結婚したのは……まあ成り行きみたいなもので、最初はギクシャクしていたが今では良好すぎて「控えろ」とまで言われる始末。
まさか偽物も、本人がこんなに近くにいて既に結婚していたとは思っていなかっただろう。
「どーしよっかなぁー」
ベッドに座ってリーンが呟く。薬学の巨大な本を広げて持っているが、自分で読むためではない。目の前で壺の中身を煮詰めているレオンに見せるためだ。レオンはそちらをチラチラ見ながら目の下にシワを刻んだ。
「どうもこうも、化けの皮をひっぺがすしかねえだろ」
「それができたら苦労しないよー。もう現実逃避したーい」
「逃げるな逃げるな。ほら考えろ」
実際逃げの一手は打てない。立場的な意味もあるが、レオンのプライドが許さない。元平民だと言われようが捨てられない矜持がある。ちなみにリーンは名門貴族の令嬢の癖にプライドはない。腹の足しにならないと、貧乏暮らしの果てに捨ててしまった。そんなリーンの目にはレオンがちょっと眩しい。
「ところでレオン、さっきからなにを作ってるの?」
「自白剤」
「なるほどその手があったか」
表情を変えずにさらっと言ったリーン。レオンは溜息をついた。
「……止めないリリィが怖いよ、おれは」
リリィ、と愛称で呼ばれたことにリーンはえへへと笑った。
「でも使わないんでしょう? それくらいわかるって。僕は君の奥さんだからね」
「どうも」
ぶっきらぼうに言ったレオンの耳が僅かに赤くなる。
レオンは優しい人だ、とリーンは思う。怒ってばかりで『雷帝』なんて呼ばれているものの、怒るのはレオンなりの優しさだ。脅しなんて向いていないし自白剤も作ったところで使わない可能性の方が高い。レオンに使わせたくもない。
なにかヒントはないか。リーンは必死に考えた。昼間見た偽者の姿。そっくりの顔。でも仕草は誤魔化せない。根っからの貴族ではないが、貴族の立ち居振舞いを真似できる。作法もきちんとしていたから、貴族の近くにいた人。
他になにか、なにかないか。
「ああっ!」
リーンが声を上げると、丁度本に顔を寄せていたレオンが仰け反った。
「ど、どうした?」
「レオン、よく考えてみて! なんで僕にそっくりなの!?」
「そ、そりゃあ、仮面でリリィに化けて……」
言いかけてレオンも気づいた。リーンが大きく何度も頷く。
「弟と連絡を取ってみるよ! もしかしたら、名前がわかるかもしれない!」