ここにいます
水ノ国オーラリネリア王国。白亜の宮殿の中庭で花を愛でる可憐な少女が一人。
名前はリリアンヌ・グランセルネール。名門グラン七貴族のひとつ、グランセルネール家の長女。綺麗というより可愛い系の少女で、腰の辺りまである金髪はサラサラのストレート。憂いを帯びた青い瞳は大きく、陽の光が揺らめいている。
体が弱く、公の場に滅多に顔を出さない深窓の令嬢がなぜこのようなところにいるのかというと。
「旦那探しだってさ」
「マジで? 俺狙っちゃおうかな」
「アホか。お前みたいの相手にするわけねえだろ」
こっそり覗いているギャラリーの声が聞こえているのかいないのか、ただひたすら散歩を続けている。
――――
そんな彼女の後ろ五十メートル、ちょっと珍しいギャラリーがいた。一人は他と少し違う、コート調の近衛制服の茶髪の男。もう一人は金髪の少年で、普通の男用近衛制服だがちっちゃい体躯に合わずぶかぶかしている。七賢議会第七席のレオン・グランヌーヴェと側付きのリーンだ。
彼らのなにが違うのかといえば、立ち上るどす黒いオーラだろう。主にリーンが発している。
「どーお?」
リーンがにっこり笑ってレオンに訊いた。笑っているが、圧がすごい。レオンはその圧を受けて眉間にシワを寄せた。
「どうって言われてもな……」
訊かれたからにはなにか答えなくてはと、庭園をほけほけ歩いているリリアンヌを観察した。なるべく当たり障りのない感想を述べてみた。
「顔は、そっくりだよな」
リーンは「ハハッ」と乾いた笑いを返した。「そうだね。か・お・は・ね」
この二人は今現在、あのリリアンヌ・グランセルネールが偽物だと気づいている数少ない人物である――。
「ホントにその『酷似の仮面』ってのは便利だな。なりたい人そっくりになれるんだっけか」
レオンがげそっとした顔で言うと、リーンは偽物から目を離さないまま頷いた。
「外見だけはね。それに、化けた本人に本当の名前を呼ばれたら効果が切れる。……ああ、だから角度が違う!」
いつもの温厚なリーンからは信じられないくらいの殺気が立ち上る。角度ってなんだろうと思いつつ、レオンはリーンの肩に手を置いた。
「なあ、リーン。ちょっと落ち着こう、な?」
「落ち着いてなんていられるかい。もしあいつが結婚相手を指名してみろ。僕らはいい笑い者だ」
少年近衛、リーン。本名はリリアンヌ・グランヌーヴェ。旧姓グランセルネール。もう既に結婚している本物の令嬢である。