鎮火
ばちゃあっ。
「…………あ、れ?」
訳のわからない事態に、間抜けな声を上げたのはナインだった。
「いま、なんでオレ……みず、ぶっかけ……られ、たの?」
訊きたいのは私の方だ。私は今、確実にナインの首を落とそうと剣を振り下ろしていたのだ。それがどうだろう。私は剣の柄だけ握っていて、刃は溶けて水になってしまった。
「………え?」
少し遅れて、視界が滲む。体がガクガク震えてとても立っていられなかった。ぺたりと座り込んでしまえば、ぱた、ぱた、と涙を落とすことしかできない。
左目の上の傷が熱い。
訳がわからない。
訳がわからない。
どうしていいかわからない。
ただ、ナインを殺すのは嫌だった。
嫌だ嫌だと悲鳴を上げた。他の誰でもない私が。私の中の私が。けどこのままだと死んでしまう。だって殺すつもりで剣を振るった。当然のことだ自分でしたことだなにを今更死んでしまう死んでしまう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
とん、と指先になにか触れた。そこから感覚が戻って来る。頬にぬるりと血の指先が滑る。
「待っ……て。泣かないで。クレセリア、泣いてると……オレ……どうしていいか、わかんない……」
感情の嵐ばかりが叫ぶ耳がナインの声を届ける。
「死なないで」
心に浮かんだことを素直に口にした。
「うん。わかった」
「私に勝ったんだから、死なないで」
「ええ……オレ勝ったの? どう、見ても、負けじゃない?」
「私が負けたって思ったんだから勝ったの。だから死んだら許さない」
「そりゃ……最高に嬉しいね……。こんな状況じゃなけりゃね……」
ごふっ、と嫌な音の咳をすれば、また血を吐いた。大丈夫。まだ口が回るのだから、大丈夫。
「あ、でも、ちょっと……眠いや……。ごめん……少し、眠らせて……」
瞼が一度震えて、静かに灰色の瞳を覆った。私も一度ナインの手を握りながら目を閉じた。次に目を開いた時は、またいつもの私だ。立ち上がって、道場の扉を開けた。そこには既に爆発の余波で燃えた屋敷の消火活動に当たっていた近衛三番隊と領兵の面々がいた。
「あ、隊長!」
「……クレセリア様、また怪我をなさいましたね?」
「道場は主犯がいただけで損傷や仕掛けはない。総員、罠に注意しながら消火にあたれ。下手をすると死ぬぞ」
「それで、主犯はどうしました?」
部下の質問に私は目を伏せた。
「……死んだよ。手加減ができる相手ではなかった」
私の言葉が聞こえた全員が息を呑み、バラバラに返事をしたかと思うと各々作業に戻った。