真偽のほどは
「なんだそれは。本当に訳がわからないな」
聞き終えた第七席は開口一番そう言った。リーンはしばらく難しい顔で考え込んでいて、今の話をじっくり咀嚼しているようだった。ややあって、ゆっくりと口を開いた。
「クレセリア様、憶測で意見を言ってもいいでしょうか」
「許す。訳のわからないやつと戦うより、仮定でも理屈がわかっていた方がいい」
「では」
リーンは至極真剣な顔で続けた。
「そのナインという青年は、クレセリア様に恋をしているのではないかと」
「………………………………………………。は?」
コイ。コイとはなんだ。魚か。池によくいるあれか。と現実逃避しかけて、意識を引き戻した。
「理由を、聞いても?」
なんとかその問いだけ絞り出した。リーンはこくりと頷いて説明を始めた。
「クレセリア様、見合い相手の候補はぶちのめしてやりたくなるほど嫌でしたか」
「性根の腐った軟弱者共だったな」
「そして自分より強い人としか結婚しないと言い張った」
「そうだ」
「それを、ナインさんが見ていた可能性はありますか」
「………………………。」
まさか、とは言い切れない。あいつは神出鬼没、いつの間にか気配も感じ取れなくなっていた。黙ったことを肯定と取ったらしい。リーンは続ける。
「唯一の友達が、体質のことでからかわれて泣いてしまう程繊細な人だと知っていて、見合い相手が上から目線の心ない人だった。慰めるにしてもクレセリア様はナインさんをほぼ無視していた。クレセリア様が相手をするとしたら」
「敵、になれば無視はできないな。確かにそれは認めよう。それでどこが恋だと?」
リーンは指を三本立てた。
「ひとつ。友達でいるのが嫌になった。それをポジティブに友達以上の関係になりたいと思ったと捉えましょう。ふたつ、クレセリア様を殺す、それはイコールクレセリア様より強いという証明になります。みっつ、自分のものにしたいというのは……口説いていたのでは、ないかと」
「いやいやいや」
思わず首を横に振っていた。道理は通っている。仮定のひとつだと理解はしているが、数年殺し合ってきた仲だ。勘がそうだと言っている。私は勘を外したことがない。だが私は認めたくなかった。
「歪んでいるな」
「ですね」
リーンは茶をゆっくり飲んだ。私も茶の存在をすっかり忘れていたことに気がついて、口に含む。茶はすっかり冷えきっていた。
「それで、クレセリア様はどうなんですか?」
「どうって」
「歪んでいるとはいえ、かなり熱烈なアピールだと思いますけど」
どう、なのだろう。答えは明白、ナインは倒すべき敵だ。それ以外にない。私の表情を読んだのか、リーンはふっと小さく息を吐いた。いつもの溌剌とした表情からは想像できない、憂いを帯びた顔をしていた。
「クレセリア様。僕はあなたがお持ちの剣を知っています。昔、父が管理していた物品のひとつです。その氷の剣は、使用し続けると持ち主の心をも凍らせていきます。それは確かに戦場では助けになると思いますが、呪いでもあります」
「グランセルネールの遺産、か。古い言い伝えだが、同じくグランを冠する貴族として耳にしたことはある」
建国の際に取り決めたという七つの約定。そんなものが現代まで生きているとは思わなかったが。
「僕も半信半疑だったんですけどね」
リーンは苦笑した。グランセルネールが管理していた物品がこうして出回っているのは訳があるはずだが……いや、今は他人の家を詮索している場合ではない。
「忠告、感謝する。他になにか気をつけることはあるか?」
「いいえ。……僕はクレセリア様なら大事かなって、楽観的かもしれませんけどそう思います」
「ほら、できたぞ」
第七席がやって来て、私にぽんと塗り薬を手渡した。
「ありがとう。第七席、この借りはいつか必ず返す」
「いや、その……頑張れよ……。こういうのってどうしようもねえから……」
話は聞こえていたのだろう。随分歯切れの悪いエールをもらった。どうしようもないこと、に多少興味を持ったが、それは後で訊いてみたらいいだろう。いや、第七席ははぐらかしそうだから、リーンに訊いた方がいいだろう。リーンを見るときょとんとして首を傾げていた。