他愛ない会話のように
母はグランヴェロー家の武人として名を馳せた人だったが、その剣は常に母の武勇伝と共に語られてきた。柄だけしかない剣。しかし魔力を流せば氷の刀身が形成される。自由自在のリーチと変幻自在の攻撃、絶対折れない強度を兼ね備えた心の氷の剣だ。これほど私にぴったりの剣はないだろう。だから父も私に渡したのだと思う。
私はこの剣に相応しくあろうと決めた。それ以来こっそり泣くこともなくなった。心を閉ざし、凍らせる。そうすることでいかな戦場に出ても動じることはない。どのような相手でも剣筋が鈍ることはない。
そうして大戦を生き残った。
「全く、どいつもこいつも」
私は書類の束を全て火にくべた。なんてことはない。全て見合い関係のものだ。大戦が終わると、グランヴェローの名が欲しい者がこうして婚姻を申し込んできた。全身傷だらけの戦闘狂、望まれるだけありがたいと思えと。
私は全員をぶちのめした。『私は私より強い者としか結婚しない』。そう宣言して。
「やあ、久しぶり」
執務室の天井からナインの声がした。大戦から戻って来てから初めてのことだった。久しぶりなせいか、声が随分硬い。私はいつも通り返事をしなかった。
「おかえり。無事に帰って来てくれてよかったよ。オレの友達がいなくなるところだった」
おかえり、無事でよかった。そんな当たり前の言葉をかけてくれたのは父とナインだけだった。礼くらいは返そうと思い「ありがとう」とだけ呟いた。小声だったがナインの耳には届いたはずだ。
「うん、本当によかった。これで……君を殺すことができる」
「っ!?」
天井裏で殺意が爆発すると同時、私は椅子から飛び退いていた。椅子に黒い短刀が垂直に刺さっている。
「なんのつもりだ」
「なにって」
何年ぶりに見ただろう。短刀の上に爪先で降り立ったナインは、私よりずっと背が高くなっていた。顔は相変わらずベールで見えない。
「オレは君を殺したくなったんだ」
歌うように楽しげな無邪気な声で告げ、ナインは短刀を弄んだ。
「……なるほどな」
私は柄を引き抜いた。形成した刃は長く細いもの。しかし届く前にナインは跳躍して天井に戻った。私を狙うと宣言された以上、逃がす訳にはいかない。次いで小声で魔法を詠唱する。鋭い氷の針が天井に突き刺さるが、手応えはない。
「オレはもう君の友達でいるのが嫌になったんだ。だからなんとしてでも君を殺すよ」
「受けて立つ。やってみせろ」
売られた喧嘩をスルーする訳がない。ナインは笑んだ気配だけ残して去った。
それからというもの、ありとあらゆる手段でナインは私を殺しに来た。毒、暗器、罠……。言葉はなかった。しかしある意味私達の間ではなにより雄弁な会話のようなものだった。
そして起きたのがあの反乱だった。ナインが本気で私を殺しにかかった。前王に傅かなかったために苦しい暮らしを強いてしまった領民の不安を煽り、私の父を殺して。訳のわからないことを言っていた。
私はナインのことをなにひとつ理解していなかったことに気がついた。