無理はするものだが程度による
事態の説明のため、すぐさま七賢議会が召集された。謁見の間へ続く廊下の途中、水龍の描かれた絵が会議室の入口だ。七賢が触れれば円卓のある会議室へと魔法で飛ばされる。円卓を見回すが、まだ全員は揃っていなかった。
「大分派手にやられたな」
声をかけて来たのは第七席の男。薬剤局の担当だから見過ごせなかったのだろう。
「我がグランヴェロー領の治癒術師は有能だ。もう大事ない」
「治癒魔法にばかり頼るな。自然治癒力が怠ける。……後で薬剤局に寄れ。ちゃんと傷の具合に合わせた薬を処方してやる」
「……わかった」
約束をして席につく。全員が揃えば幼い王が姿を現した。傍らには人に化けた水龍もいる。
「ご足労いただき感謝する。特に、クレセリアは怪我も癒えぬ身であるのに」
「いえ、報告は当然の義務です。早速、報告に移らせていただきます」
感情を排し、事実だけを述べるように努める。大戦時、グランヴェロー家の態度に領民が不満を持っていたこと。それを煽った者がいたこと。父が殺されたこと。反乱の鎮圧には至らず、逃げ帰ってきたこと。王は聞き終わった後僅かに目を閉じてから口を開いた。
「まず、亡くなったグランヴェロー卿の、冥福を、祈る……」
幼いながらも高潔な王は私が仕えるに値する。……とはいえ、私も他人のことは言えない。王を見習い平静に努め、私は目を伏せて礼を言った。
「ありがとうございます。ですが、父の死を悼むのは全てが収まってからです」
王はぱちりと瞬きをした。そこにはもう動揺はない。
「では、クレセリア・グランヴェロー。急ではあるがあなたを新たなグランヴェロー家当主として認める。七賢、異論はあるか」
反対の声は上がらない。母は大戦で亡くなっており、他に相応しい親類もいないから当然だ。王は沈黙を承認とした。
「……新たなグランヴェロー卿よ。当主となって最初の仕事は言わずもがな、領の平定である。その間、七賢としての公務は余が代わる」
「ちょ、ちょっと待った!」
声を上げたのは第一席、七賢のまとめ役でもあるローレック・トーニーだ。いや、彼が声を上げなければ他が上げていた。第四席は眉をひそめ第五席から第七席までの三人は一様に驚いていた。それを受けて王が口を開く。
「心配せずとも、グランヴェロー卿が指揮する近衛三番隊についてはトーニー殿の指揮下に置く。武に優れた三番隊を余が預かるには前王の件で不満も出よう」
違うんだよ、という顔を七賢はしていた。恐らく私も。王は仕事を一人で抱え込みすぎる。これ以上溜め込むと体を壊すから、他の七賢に分担させろと思ったに違いない。
しかしそれを進言するには、七賢の間にも王との間にも関係性ができていなかった。まだお互いの腹を探り合っている状況で、安易に仕事を分けろとは言えない。
「本当に、それでよろしいのですか」
国の頭脳たる第四席が念押しするのがやっとだ。それにも王は「構わん」と返した。私は机上に残った書類を思い浮かべたが、なかなか調整の難しそうなものがいくつもあった。早く片づけねばと思い直すと、王は疑わしげな視線を第二席に投げた。
「して、此度の反乱を煽ったのは近衛二番隊の者らしいが?」
そういえば、あの男は第二席の指示で私の周りを嗅ぎ回っていたのだった。個人的な付き合いが長すぎてすっかり失念していた。第二席……王の目、耳と位置づけられたその席に座るのは、目を包帯で覆っている長い黒髪の女。オーバーな仕草で肩を竦める。
「とんでもない! 元はワタシの下にいたかもしれませぬが、あやつは命令違反をしたのです。俺はとっくの昔にクビにしたんだ!」
相変わらず口調も一人称もバラバラで、ただひたすらに不気味だ。王の視線も冷ややかだ。
「もういい。……グランヴェロー卿、個人の領地ゆえ介入はできないが」
「そのお心だけで十分です。速やかに平定し職務に戻ります」
早くしないと王の身が保たなさそうだ。万全のコンディションで臨むためにも、薬剤局に寄ることを心に決めた。