反乱
ちょっと怪我の表現があります。
苦手な方はご注意ください
大戦後、オーラリネリア王国は貴族議会を廃止し、実力主義の七賢議会制度へ移行した。
前王の機嫌を取り、立場を利用して甘い汁を吸っていた者が多かったため、相当な反発が起きた。しかし大戦中沈黙していたグラン七貴族の支援や、七賢に選出された者の並外れた強さから、反発は下火になっていった。追い討ちをかけるように襲ってきた巨大クラーケンの討伐も上手くいったことも大きい。
そんな中、起きたのがグランヴェロー領での反乱である。
――――
熱い。
熱い熱い熱い!
視界の半分が赤く染まっている。耳鳴りが頭を焼くようだ。それでも目の前に立つ青年の笑い声だけははっきり聞こえた。
「オレは、君に、勝ったよ! これでオレのものになってくれる?」
我がグランヴェロー家は武の家。家訓は『強者を敬い弱者を守れ』。今、全身から血を流して地面に這いつくばる私は、紛れもなく弱者の側だろう。
だが。
「ふ……っざけるなぁ!」
愛剣を握りしめ、一閃。手応えはなかった。一瞬遅れて、青年の顔を隠していたベールが半ばから切り落とされた。生温い風にさらわれたベールの下、初めて見た顔は驚愕に彩られた細面。
「私に……この、クレセリア・グランヴェローにそう易々と勝てると思うなよ」
ギィン!
氷の刃を突き立てたところから地面が凍りつき、目の前の青年を串刺しにせんと針を生やす。青年は俊敏な身のこなしで後退し、魔法の範囲を逃れた。その顔からは余裕が消えていた。
「流石、七賢に選ばれるだけあるね。もう一押し……ってところだけど、邪魔が入りそうだしやめとくよ。また今度のお楽しみってことで」
「ああ。その時は首を落としてやる。覚悟しておけ」
私の返答を聞いたかどうか、気配は闇に消えた。その直後、ガシャガシャという金属の足音が近づいてきた。
「クレセリア様、ご無事ですか!?」
暴動の対応を指示していた兵達だった。私は突き立てた剣に寄りかかりながら答える。
「これが無事に見えるなら一度目を洗ってこい。煙でやられている証拠だ」
「口が回るのならご無事でしょう。数人残して残りは鎮火にあたらせます」
付き合いの長い隊長に皮肉は通じなかった。治療の得意な者が数人残り、他はてきぱきと火事を鎮めていく。この分なら最小限の被害で済むだろう。だが、それがいいこととは思わない。被害が出ないことが一番なのだから。
兵が左目の上の傷を治療しようとした時、私は手で制していた。
「いや、いい。これは戒めに残しておく」
「ですが」
声を上げたのは右にいる女性の兵だった。途中で口を噤んだが、言わんとしたことはわかる。……既に私の身には数多の傷痕がある。女性らしい気遣いだ。
「ありがとう。だが、その優しさは他の者に向けてくれ」
気分を害してはいないと伝え、私は目を閉じて自分の損傷具合を確認した。酷いところは凍結して無理やり血を止めていたが、適切な治癒魔法を受けたことで軽傷程度に回復していた。もう動いて問題ない。
ズキン。
「痛みますか?」
顔をしかめたせいで要らぬ心配をかけさせてしまった。首を横に振れば、また痛む、左目の上の傷。
それだけがひたすら熱かった。