高橋春香の本当の性格
現実世界に戻った僕はある場所に向かっていた。時間は午後1時。あの場所に転移してから3時間程しか経っていなかったことには驚いた。あんな出来事があったのだから今日は家でゆっくり過ごしたいところだったが、カムラスがそうさせなかった。
この世界に戻った後にすぐにカムラスが僕のところにやってきて、渡し忘れたものがあったと言って高橋春香の住所先の書いてある紙を渡され、今すぐ会いに行ってある事をして欲しいと頼まれたのだ。
なぜ今なのかは分からないが僕は近江鉄道で豊郷まで行って高橋春香の家に向かった。家は駅から近く、すぐに家を見つけた。
さて、ここからだ。ついさっき会ったばかりの人間が家まで訪問しに来られたら驚くに違いない。僕だったら驚く。
でもカムラスに頼まれたことだ。僕は自分から行動することはない。その代わり他人に頼まれた事はきちんと最後までやり遂げると心に決めているのだ。
だから僕は堂々と家のインターホンを押して春香を呼び出した。
家から出てきた春香は少し怯えた様子でこちらを見ている。
「......何しに来たん」
「カムラスが君に会いに行けと頼まれてね。僕も君のことまだ全然知らないから、もっと知りたいんだ」
「......そう」
しばらく沈黙が続いた。この沈黙を破ったのは春香からだった。
「音楽、好きって言ってたよね」
「え、ああ、まあ」
「ジャンルは?」
「えっと、クラシックだけど。でも今どきの人ってクラシック好きな人あんまりいないから、話の輪に入りにくくて」
「私は気に入ったものなら何でも好き。楽器は弾ける?」
「いや、全然。歌も歌えないよ」
「私の部屋に来て。見せたいものがあるの」
まだ会ってそんなに経ってない人間を自分の部屋に入れるのか、ある意味すごいな。
僕は少し緊張しながら家に入っていった。何せ女の子の部屋に入るの初めてだし。
部屋に入ると、そこにはありとあらゆる楽器が置かれていた。ギター、ベース、キーボード、電子ドラム、他にもよく分からない楽器がずらり。
「すごいやろ!この部屋見せるの渡君が初めてやなんで!」
急に声のテンションが上がり、ハキハキと話し出した。春香ってこんな人だったんだ。自己紹介のときとはまるで別人だ。
「ここにある楽器、全部弾けるの?」
「うん!すごいやろ?」
にこやかな表情で自慢してみせた。高橋春香ってこういう人間だったんだ。
ここでカムラスに頼まれたある事を実行に移した。何の意味があるかは分からない。でもやる。
「高橋さんってさ、自分で曲作ったりアレンジしたりしたことある?」
「え、あるけど、何で?」
「僕、クラシックの中でもハチャトゥリアンの『仮面舞踏会-ワルツ』が好きなんだ。それでね、その曲を高橋さんなりにアレンジして欲しいんだ」
「聞いたことない曲やけど、やってみる」
「完成したら、あの白い部屋に転移してそこで聴かせて欲しいんだ」
「えっ、何であの部屋で?」
ここで僕は彼女にとって残酷な一言を言った。
「その曲を、カムラスも入れて7人に聴かせて欲しいんだ」
さっきまでのにこやかな表情が一転して暗い顔になった。
「えっ、高橋さんの作った曲を皆んなに披露するように仕向けてくれって?」
カムラスに頼まれたことに僕は少し驚いた。
「うん、彼女の心の殻を開いてあげる手伝いとしてね。でも、僕自身としては本当はそんなことしてあげたくないんだよね。殻に篭ろうがその人がそれでいいと思っているならそうさせてあげた方がその人にとっては幸せだと思うんだ。でも社会は心の殻から出ることが正しいと言う。僕はそんなのおかしいって思ってるんだけど、君はどう思う?」
「確かに、無理矢理心の殻から引っ張り出す行為は正しいかと言われると違うと思う。内気な性格も、その人の個性なんだから」
「でも、今回の場合は無理矢理でも彼女を心の殻から引っ張り出す必要があるんだ。グルーヴァーの能力の強さはどれだけ自分の心を開いているかで左右されるんだ。彼女が心の殻を破れば、不死身の能力を持つ浅井勇人の能力をも上回る能力を解放することができると思うんだ。彼女にはその素質がある。もし解放することができれば大きな戦力になる。これは世界の存亡を賭けた戦いなんだ。無理矢理にでも彼女の心の殻を破らなければいけないんだよ。もしかしたら皆んなの前で聞かせることが逆に彼女の心の殻を閉ざすことになるかもしれない。そんな重大なことを君に頼むのはとても酷なことだけれど、君にしかできないんだ。やってくれるかい?」
僕は他人に頼まれたことはきちんとやり遂げる。だから、ごめんなさい、高橋さん。
「聴いたら皆んなも君のことを知ることができるし、皆んなと仲良くなれるかは分からないけど、そのきっかけをつくることだってできるし」
「......それを言うのをカムラスに頼まれたん?」
「そうなるね。君の事情とか全く知らずにこんな事を頼むのは僕も嫌だよ。でも、僕、君の本当の
素性を知ったとき、えっと、その、かわいいって思ったんだ」
「......!!」
「そんな君の素性を皆んなにも知ってほしいって思ってるんだ。だから、お願いしてくれるかな」
春香はしばらくうつむいた後に、
「......考えさせて」
と言った。
あれで本当に良かったのかな。そう思いながら、近江鉄道に揺られながら窓の景色を見ていた。彼女は最後にメールアドレスを交換してくれた。どうするか決まったら連絡すると言って。
彼女の返答を緊張しながら待っている僕に、無情にもカムラスからの緊急通達が伝えられてきた。
僕は補聴器の右側のボタンを押してあの白い部屋へと転移するのだった。