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美果リンの一休寺紀行

作者: 美果リン

 夏の終りの北風は実に心地よいものです。それも髪を揺らすほどではなく、そっと頬を撫ぜる位なら最高! そんな優しい北風の入る和室で、抹茶をいただくと、何だかほっとしますね。

 こんにちは、山本美果です。今日は思い付きで飛び出した久しぶりの一人旅。京都府南部の新時代を背負う学生たちと古き良き静かな生活を守る熟年世代が上手に集おうとしている町、京田辺市にあるちょっと名の知れた山寺にやって来ました。 ここは酬恩庵一休寺。トンチで知られる小坊主一休さんが晩年を過ごされたお寺です。実は今日はあの一休さんに是非お知恵をお借りしたくて、ここまで頑張って訪ねて来ました。何かひらめくか、何がひらめくか、こうご期待です。


 京都市内から電車に揺られる事約40分、流石にここまで来ると、修学旅行生たちの賑やかな声や異国の言葉を話す外国人観光客たちの姿はないようです。いかにも山手のお寺にやって来たなぁという気がします。

 あの一休さんは、63歳でここを晩年の寝床と決め、米寿でその生命を全うされるまでの実に四半世紀を過ごされたそうですよ。当時としては長寿だったんですね。勿論この静かなたたずまいと美味しい空気がそのサポートをした事は確かでしょう。けれど、他にも何か秘密がありそうです。いいお知恵と一緒にその秘密も教えて貰えれば嬉しいですね。

 参道の入り口付近で茶店を発見。何だかおだしのいい香りがして来ます。うどんかなぁ? おそばかなぁ? 帰りに覗いてみようかと思いながら、参門へと向います。二人で並んで歩くとちょうど一杯一杯位の道幅でしょうか、両脇に綺麗に植え込まれた苔らしきものに時より杖が挨拶します。頭上の風通しは決して悪い方ではありませんが、ちょっと何かに遮られているみたい! そう言えば、ここ一休寺は京都府南部を代表する紅葉の名所です。揺れる葉音から想像するに、大きな楓ではなくもみじのようですね。きっと晩秋の頃には真っ赤な葉が舞い落ちて綺麗な事でしょう。苔の絨毯に赤く色づいた小さな葉っぱが模様を醸し出す季節限定のインテリア。又歩きに来たい小道です。ただ、お寺の玉砂利や石畳を杖の感触だけで歩くのはいささか大変、早々ヤツの有難味を感じます。鳥の声や虫の声、風が草木を揺らす音が沢山しているのに、それをのんびり楽しむ余裕がありません。ちょっと淋しいマーク! 涙マーク!

 ここ一休寺では、本堂よりも方丈の方がメインのようです。方丈というのはお寺の人たちが日常生活を送る中心の建物です。周囲にはお風呂やトイレ、台所もちゃんとあって、なんと重要文化財に指定されているそうです。バスルームやお手洗い、キッチンまでもが国のお宝だなんて、ホント凄いですねぇ。

 大きな門を潜ると数段の下り階段が待ち構えています。しっかり一度転んでから方丈の玄関に無事到着! 白杖を手にした私に優しく声をかけて下さったのは、由緒正しきこのお寺のご住職でした。


 ご住職の柔らかい手に案内され、出たのは方丈庭園を望む廊下。そこは立派なお寺の一部であるのにも関わらず、おじいちゃんの家の縁側のような親しみを持てる場所でした。一休さんは外の人たちと同じ高さで物を見る事を何より大切にしていらっしゃったそうです。晩年の肖像画には紙と不精ひげを生やした一休さんの姿が描かれていると聞いた事があります。平成元年の春に建てられた宝物殿にその絵はあるそうです。又、生前ご自分の希望で作られた本人の仏像には、自らの髭と髪の毛をあしらっています。方丈のお座敷に祭られているのがその像ですが、仏様も年を取るとやはり抜け毛はさけられないらしく、今はもう本当の坊主頭になってしまわれたようです。

 ここのご住職は、今も尚、そんな一休さんの人柄をしっかりと受け継ぎ、守っていらっしゃいます。その精神が朝から張り詰めていた私の心を解して暮れたのでしょう。たまらなくほっとした気持ちで、生まれた時からここがマイホームだとおっしゃるご住職との束の間の会話を楽しみました。

 南側の庭園の奥には、「虎丘庵」と呼ばれる建物があります。どの位の大きさのどんな建物かはよく判りませんが、ここは一休さんにとっての愛の巣。きっとこの広い境内の中で一番沢山大切な時間を過ごされた場所ではないでしょうか。

 一休さんは晩年恋をなさいました。お相手の女性は森女さん。30歳も年下だったそうです。森女さんは私の大先輩。今のように周囲の設備や理解の乏しかったであろう室町時代に暗闇の生活を送るのは並大抵の苦労ではなかっただろうと想像します。そう思うと、私たち今の障害者は幸せですね。こうして一人で出かけようと思えばでかけられるのだから…。一休さんはそんな森女さんに咲き誇る桃の花を見せて上げようと、おぶって裏山に登り、その風景を事細かに説明して上げた事があるそうです。

「よく聴いておいてよ〜!」

と心の中で呟きながらふと考えました。森女さんが一番見たかったのは、桃の花でも町並みでもなく、一休さんの笑顔だったのではないかと…。その瞬間、目の前を優しい風が通り抜けて行きました。去って行ったのは波風。どうやら一件落着の予感。


 一休寺の名物と言えば納豆。方丈の玄関を上がると、すぐ左手に売店があって、もう一つの一休寺名物、生麩の佃煮と一緒に試食する事が出来ます。お猪口一杯のお酒ならぬ、お茶がサービスされます。

さらに、五百円玉一枚あれば、奥のお茶室で抹茶と納豆をゆっくり味わう事が出来ます。しかも、一休寺という和菓子付きです。抹茶も実は一休さんが日本に伝えた食文化の一つなのだそうですよ。

 味噌やお酒のような大きな樽で、一年間かき混ぜながら発酵させて作られる一休寺納豆は、その月日の分だけ味も濃厚! 口に入れた瞬間、

「しょっぱ〜い!」

と叫びたくなる人もいるでしょう。大豆その物の味の薄い糸引き納豆とは全く違う味と触感です。けれど、じんわりと美味が押し寄せて来ます。温かいご飯はもとより、お酒のおつまみにも最高! 口の中に入ると、どことなくチーズのような雰囲気も醸し出して暮れるので、ビールやワインにも合いそうです。今夜はこれで、彼と仲直りの乾杯と行きますか。

 お茶も大豆も今注目のヘルシーフード。お茶を飲み、納豆を食べ、最後まで恋をしておられた一休さん。長生きするべくして長生きされたのでしょう。

 美味しいものを愛する人と食べる一時は何より幸せです。一休さんは私が探していた答えも欲しかったお知恵もしっかりと授けて下さいました。もう彼との人生に一休みはしません。

 以上、山本美果の一休寺紀行でした。

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