ヒント
真昼を告げる鐘が6回鳴らされる。太陽は頭上に輝くようになり、闘技場の底に燦々と火の光が届く時間。影は小さく、一部の壁に寄り添うように狭い範囲で射している。
その影の中へと避難してオルレオはゆっくりと腰を下ろした。修行中はずっと立ちぱなしだったせいか、脚の筋肉が凝り固まっているようだ。それが何だか心地悪く、オルレオは一度立ち上がってコリをほぐす様に足を持ち上げて回した。
「ん? どうしたの?」
そんなオルレオを、エリーがキョトンとした目で見つめていた。
「いや、さァ、ずっと立ってたせいか妙に腿の裏側が張っちゃってて……」
「ふぅん……」
言って、エリーがハッと気づいたように楽し気に顔をゆがめた。
「それじゃあ……、マッサージ、したげよっか?」
「大丈夫、少し動かしたらほぐれると思うし……」
が、オルレオの返答は、エリーにとって面白くないものだった。ぷくぅ、っとほほを膨らませてオルレオを上目遣いで可愛らしく睨みつける。も、オルレオは心ここにあらず、といった様子でゴーレムの方をジッと見つめている。
「こりゃ、相当重傷ね……」
小声でつぶやいたエリーの声に、やっぱりと言うべきか、オルレオは気が付かない。つい、とエリーも視線をオルレオから二体のゴーレムに移した。表面に無数の小さな傷がついてはいるもののほぼ完全な姿を留めたままのゴーレムが、まるで待ち構えるようにたたずんでいる。
「ごめん、お待たせ」
ようやく、エリーの方を向いたオルレオがその隣に座った。
「ん」
オルレオの視線を真正面から受け止めて、エリーは薄く微笑んだ。オルレオがしっかりと地面に座ったのを見て、エリーは膝の上に置いていたバスケットの中から包みを一つ取り出して、オルレオへと手渡した。
「ありがと」
「味わってたべてね」
こくり、と頷いて、オルレオは包みを開けた。中から出てきたのはフィセルサンドだ。
細長く、短い、パリパリとした硬い触感が楽しめるフィセルというパンに縦に切り込みを入れてその中にチーズ、ハム、それにアスパラやトマトなどの春野菜を贅沢に盛り込んだサンドイッチに、オルレオは思わず生唾を飲み込んだ。
がぶり、と大きく口を開けて頬張れば、パンと野菜がパリ、シャキと歯切れの良い音を響かせて、その後からチーズとハムが柔らかく勢いを受け止めてくれる。
そのまま口を離して味わっていくと、焼けた麦の香ばしさや肉の旨味、チーズの臭みに、野菜のみずみずしさが混ざり合って幸せな気分になってくる。
問題は口の中の水分が持っていかれることぐらいだ。
「ホンット、美味しそうに食べるんだから……」
言いながら、エリーは革袋をオルレオに差し出した。それを頷き、目礼をしてから受け取ったオルレオはコルク栓を抜いてがぶりと呷る。
中に入っていたのはレモン水、さっぱりとした口当たりと爽やかな香りが口の中を一掃して、食欲がそそられる。
結局、味わってゆっくりと食べるつもりだった昼食は、あっという間にオルレオの腹の中へと吸い込まれていった。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様」
オルレオが頭を下げて、エリーが応じた。そこで、オルレオはようやっと気が付いた。
「ん……? ってことは、さっきのサンドイッチってエリーのお手製?」
「そうだけど……なんか変だったりした?」
少しだけ不安そうにエリーがうつむく。
「いや、さっき闘技場で会ったばかりなのにお昼作って持ってきてくれるとは思ってなくってさ……」
「そんな大げさなものじゃないわよ? ちょっと切って挟んだだけだし……まあ、時間があったらもうちょっと手間をかけることもできたんだけどね!」
「へぇ~、結構料理上手なの?」
どこか誇らしげに胸を張るエリーに、感心したように声をあげるオルレオ。
「これでも駆け出し錬金術師だからね、料理の一つも出来ないと!」
「料理と錬金術に関係があるの?」
その言葉に、エリーは少しだけ考え込むように空を見た。
「ほら、料理って、食材の組み合わせとか調理法とかを工夫して一つのレシピを完成させていくじゃない? 錬金術もそれと同じで、材料と加工法を工夫して一つの作品を造り上げるってところじゃ同じなのよ。違いは……魔力が関わるか関わらないかくらいじゃないかしら?」
「魔力が関わるか、関わらないか……」
その言葉に、オルレオは反応した。お昼ご飯を食べたことでようやく普段通りの調子を取り戻したオルレオがまたも何かを考え込むようにゴーレムをジッと見つめ始めた。
「あの……? オルレオ? 私、何か変なこと言った?」
再び重くなりそうな空気の中で、気を遣ったエリーがそっとオルレオに声をかけた。
「ねえ、エリー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
いつになく真剣な表情で、オルレオはエリーの目をまっすぐに見つめてきた。
「え……? あ、うん……な、なに?」
その視線を正面から受け止めきれずに少し俯きがちに、エリーは続きを促す。
「例えばさ、錬金術で全く同じ材料を使っても、全然別の効果を発揮する道具になることって、ある?」
「あ、あるには、あるけど……って、なにその質問?」
突如、冷静さを取り戻したエリーがオルレオの目をまっすぐに見返して不満げに言う。
「いや、ほら、さっきの錬金術と料理の話を聞いて、ピンときたんだよね! さっきまで修行が上手くいかなかったのって、材料は合ってたんだけど、その混ぜ合わせ方が悪かったんじゃないかって!」
キラキラとした楽し気な目で見つめられてしまえば、エリーはもう、文句を言う気すら吹き飛んでいって、ため息を吐くことしかできなかった。
「はぁ、もう、で?」
「うん、さっきまでは“徹し”と“透し”の違いは魔力を集めるか集めないかの差だけだと思って繰り返してたんだけど、攻撃の当て方とか、勢いの乗せ方とかが違うんじゃないかって気づいてさ……」
「はいはい、ストップ! ストップ!! そんな話急に言われたって私には何も分かんないってば!!」
エリーが両手を前に差し出してオルレオの言葉を遮ると、オルレオも我に返ったのか俯いて急に静かになった。
「……ごめん」
「っまったく、そんなに興奮するくらいすごい発見だったなら、さっそく試して来たら?」
ハッとしたように顔を跳ね上げたオルレオはそのまま飛び上がるようにして立ち上がった。
「うん! それじゃ!!」
言って、駆けだした。
「ホンッとに、まぁ、もう!」
文句を言いたくても出てこないほどに清々しく走り出したオルレオに、エリーは何だか笑えてきた。
「エリー!! 今日はホントにありがとう!! 会えてよかった!!」
ゴーレムの前で振り返ったオルレオが元気いっぱいに手を振ってくる
「ホントに、もう……」
何を言えばいいか分からないくらい、エリーの胸はこれ以上ないほどに乱されていた。




