食卓を囲んで
エテュナ山脈攻略から二日経った夜、オルレオはいつも通りに陽気な人魚亭で夕食を摂っていた。
いつもと違うのは、カウンター席ではなく、テーブル席に座っていること。そして、オルレオの前に2人の少女が座っていることだ。
一人は、普段着用している全身鎧を脱いで赤を基調にしたワンピースを着こなしたモニカ。傍らにはいつもの両手剣ではなく吊っていた片手剣を剣帯ごと壁に立てかけている。
もう一人はニーナだ。ゆったりとしたシャツとロングパンツの服装で、テーブルの上に護身用のダガーを置いて背筋を正して椅子に座っていた。
オルレオはこのテーブルについてからというもの奇妙な空気を感じ取っていた。何せ二人から声をかけてきたというのに、二人して何も言わずに席について上の空でこちらを気にしているのだから。
食事のメニューについて聞いても適当な相槌しか返ってこないし、何があったのか聞いてもはぐらかすだけ。
結局、こうして出来上がった食事が届くまでの間に、無言のまま、空気だけが徐々に張り詰めていくような、不確かな気分にさせられるのだ。
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モニカはもはやこの空気に耐えられそうになかった。
そもそもがこうした話し合いの場において勢いだけで押し切ってしまうのがモニカのやり方で正面切って話し合いなどするつもりは欠片もなかった。
今回もオルレオを巻き込んで「オルレオ! お前今度からアタシたちと組めよ!」くらいの軽い感じで誘って後は勢い任せに流れに乗せて上手いこと言いくるめる気でいたのだ。
だから闘技場帰りに一旦家に寄って軽く汗を流し、着替えてオルレオから聞いていた宿まで来た。ちょうど夕食を食べる予定だったオルレオに合わせて自分たちも一緒に夕食を、と、なったところまでは順調だったのだ。
そこからがいけない。オルレオが「何かあった?」とか聞いてくるからもういけない。
何も考えずに思いついたままに後悔したのは……結構ある。というか、モニカ自身やった後悔というのは思い付きで行動したときは大抵している気がしてきた。
(あ、これやっべ、どうしよ)
そう思った時に、左手がそっと隣に座っていたニーナのシャツの裾を掴んでいた。
ちょいと引っ張てみればニーナがちらりと目配せをしてくる。横眼だけで視線がかち合ったから、思わず『何か喋ってくれ』と願望を込めて見つめてみたが、ニーナからは『コッチに振らないでください』と返されたような気がした。
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こういう時は付き合い長いのがいいことなのか悪いことなのか、わからなくなりますね、とニーナは小さく息を吐いた。
眼前、目の前でつまらなそうにカウンターの方を見ているオルレオはまったくこちらの様子に気が付いていない。いや、気にしようともしていないのだろう。
おそらく、オルレオの興味はこちらではなく料理の方に移ってしまったのだろう。カウンターの奥ではソワソワとし始めたオルレオを見て、大柄な主人と細身の奥さんがソレに気が付いて微笑まし気に笑っている。
対して、こちらはというとクスりと笑う気すら起きないほどに追い詰められている。
理由は簡単。何も考えていなかったからだ。
こういう計画性の無いところは私たち本当にソックリなんですよね、とこのまま現実逃避したい気分のニーナであったがそうはいかない。
それこそ「オルレオさん、次もまた依頼にご一緒しませんか?」くらいのつもりで軽く言葉を交わして帰るつもりだったのに、これではそうはいかない。ある程度話さなければどうにもならないだろう。
話して、パーティーを組んでほしいとお願いする。それだけのことだ。それだけのことなのだが ―― 気が付いてしまったのだ。
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おそらくはニーナも同じことを思っているのだろう、オルレオが拒否するかもしれないということを。
案外あっさりとオーケー出してすんなりパーティーを組めそうな気がしないでもないとモニカは思っている。それでも、どこか拒否しそうな気も心のどこかにあるのだ。
『すいません! オレ、まだまだ修行中の身なんで!』とか言ってあっさりと断るオルレオの姿を想像できてしまい、モニカはがっくりと肩を落とした。
そのまま頭を垂れるようにうつ向いたところで、差し込まれるようにテーブルにトレイが置かれた。
顔を上げたところにいたのは、この旅館の奥さんだ。
透き通るような白い肌に後ろでくくられた茶色の髪、小柄なのに存在感のある雰囲気のその女性がニカッと笑った。
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「まっさかオルレオがこんなキレイどころを! それも二人も連れてくるだなんて! もー、私はビックリだよ!」
言って、エルマはもう片方の手に乗せていたトレイをそっとニーナの前に差し出した。
「ホント! ホント! この間も二人お嬢ちゃん達連れてきてビビったのに、また別の嬢ちゃん連れてくるとはな!」
オルレオの後ろから声をかけてきたのはマルコだ。
手に乗せているのはオルレオの分のトレイだろう。
「ち、違いますよ! モニカとニーナはエテュナ山脈での任務で一緒になっただけで……」
「オゥ! だったら今日は祝勝会ってやつか!?」
「あら! 言ってくれたらサービスしたげたのに!」
マルコがそっとオルレオの前に配膳して大げさに驚くと、エルマもそれにノッて楽し気に言う。
「いやいや、今日はそんなじゃなくて……」
オルレオがそういって遠慮がちに手を振ったところで、マルコはカウンターへと歩いていく
「ハッハァ! そう遠慮するもんじゃねーさ! ほれ!」
ニカッとした笑みを浮かべたマルコが差し出したのは水差しとコップが三つ。水差しの中からは柑橘系の爽やかな香りが漂ってきていた
「夕方絞ったばかりのオレンジジュースさ! サービスしとくぜ」
エルマはと言うと腰に手を当ててその様子を見ながら笑った。
「ま、気にせずに食事を楽しんでいきなよ!」
「「「ハーイ」」」
三人の声が重なったところで、マルコとエルマは手を振って離れていった。
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「ん! これ美味いな!!」
早速、モニカは食事に手を付けていた。
もう考えたところえしょうがないのだ、ならば言われたとおりに食事を楽しもうと鳥肉の香草パン粉焼き一口食べたのだがこれが思わず声が出るほどの味だった。
パサパサしがちな料理だというのに肉汁がしっかりと蓄えられていて一口噛むごとにあふれ出してくるのだ。
「こちらの魚のスープも美味しいですよ。しっかりと味が付いているのに後味がスッとしていてとても食べやすい」
ニーナも早々に食事を楽しむことにしたのだろうか、スープを直接味わったり、パンを浸してみたりとゆったりとしたペースで食事をしている。
「でしょ? ここの料理ってばいつ食べても最高に美味いんです!」
オルレオは、というとこれはまた美味しそうな表情であれこれと手を伸ばしては料理を口にしていた。
先ほどまでの空気が嘘だったかのように、三人は食事をしながら、ゆっくりと口数を増やしていき、やがて賑やかに笑いあうようになった。




