反省と自戒
夕暮れ。
橙から赤に移り行く夕日を正面に受け止めながら、女性が座っていた。風にたなびく金の髪の隙間から尖った耳が垣間見える。
鬱陶しそうに髪をかきあげて後ろへと放りながら、それでも視線は微動だにせず、闘技場の中で汗を流す一人の少女をただただ見つめていた。
闘技場。レガーノの街、中心から東に歩いて行った通りにある其処は、周りを囲んだ壁から生えた影によって一足早く夕闇が訪れていた。
だというのに、闘技場の底ではフルプレートアーマーで全身を覆った少女が両手剣を振らされていた。
別にだれかに強制されている、ということではない。少女が目の前にいる相手に剣を振るうたびに、横から介入されたり、後ろから一撃を貰いそうになったりと、まともに剣を振ることが許されず、結果として牽制や距離を取らせるための大振りをさせられているのだ。
少女が相手にしていたのは3人の衛兵たちだ。
この衛兵が飛びぬけて強い、ということではない。
彼らは女性―ニーナが見る限りではオルレオよりやや強い程度、一対一なら少女が引けを取ることなどあるはずがない。
それでも、モニカは三人を相手に手も足も出ない状況だ。このまま体力を消耗させられて弱ったところを袋叩きにされてしまうだろう。
♦♦♦
見事だ、とニーナは思った。
よく訓練されている。レガーノの衛兵は一人一人の質で勝負するのではなく、連携力で対応しているのだろう。以前も街中で高名な冒険者が酔って暴れた時も十重二十重に囲んでそのまま文字通り圧倒して、牢屋にぶち込んでいたこともあった。
そんなことは百も承知のはずのモニカが、それでも実家に頭を下げて衛兵隊の訓練に混ざり、敵役として何かを掴もうとしていている。
(このあいだの影響でしょうか……)
わかりきったことではあるが、ニーナは心の中でその思いを形にした。
このあいだ、とは言うまでもなくエテュナ山脈でのことだ。
多数のゴーレムやゴブリン、虫系の魔物を相手取ったミッションで、モニカは窮地に陥っていた。
別にモニカが弱かったわけではない。あの場において、近接戦で最も強かったのはモニカだったはずだ。
それでも、モニカは死を覚悟させられた。
あの一瞬、奇襲によって足を止めさせられたときに迫りくる大剣の恐怖を、モニカは真正面から受け止めて、消化しようとしている。
そのために選んだのが、今日の訓練なのだろう。そこまでを一息の間に考えたニーナは、ふう、と小さく息を吐いた。
「ダメですね、私は……。反省して、次に向かって歩き出さなければいけないのは、一緒なのに……」
漏れた本音を聞く者は誰もいない。
自分もなのだ、と考えたところで、ニーナは俯いてしまった。
反省すべきは、自戒すべきはむしろ自分の方なのだ。それだというのに、未だ恐怖と向き合うことすらできていないのが己なのだ、とニーナは自分自身で気づいていた。
本来は、付き合いの長い自分が、飛び出して孤立しがちなモニカを留めなければいけなかったのだ。モニカを引き留め、フレッドと相談し、オルレオと組ませて、そして自分が牽制する中でモニカとオルレオを送り出さなければならなかったのだ。
でも、自分の慢心がソレを怠らせた。モニカの強さと性格に甘えてしまったのだ。
『モニカがそう簡単に負けるはずはない、あの娘は強いのだから』
『モニカがそう簡単に言うことを聞くはずはない、あの娘はお転婆だから』
そうやって自分の心に中途半端に蓋をして、危険がないところで、全てが終わった後で形だけの注意をして、ハイ、お終い。
いつもそうやっていたから、今回もなんとかなると思ってそのままにしてしまった。
結果、モニカが死にかけた。
フレッドとオルレオが何とかしてくれなければ、モニカは死んでしまっていただろう。
自分がしっかりとしなければいけないのだ、と。次を起こさないためにも自分が変わらなければいけないのだ、とニーナはよくよく理解している。
それでも、
「理解はしていても、私は一体、どうすれば……」
モニカに迫る大剣の恐怖は今でも覚えている。慌てて手元の弓を引き絞ったのも、会心の一撃がゴーレムの右肩を穿ったのも目に見えていた。
そこまでしても、大剣は止まらなかったのだ。
大剣がモニカを潰すことなく、彼方へと飛んでいったのはフレッドとオルレオのおかげだ。
もし二人だけだったなら、どう出来たというのだろう。
自分が声をかけてモニカと足並みを揃えたとして、生き残れたのだろうか。
答えは否だ。
そこまでを考えて、ニーナは少しだけ寒気を覚えた。
顔を上げれば、夕闇は赤から濃い紫に変わっていき夜の気配が漂っていた。
しばし、呆けていたニーナの耳に甲高い金属の音が届いた。
慌てて闘技場の中へと目を向ければ剣を弾き飛ばされ、両腕を上げて降参の意志を示したモニカがいた。
「……わらってる?」
見れば、モニカは楽し気にしていた。そしてこちらをみるや、両腕を大きく振って、
「おーい!ニーナ!!もう終わったからさ!!メシにしようぜ!!」
そういって、寒々とした空気を吹き飛ばすように暖かく笑った。




