幕間 ぴったりの仕事だという理由は
「……というわけで、オイラ達は装甲煉瓦巨兵を辛くも撃破。その後は傭兵たちと合流して敵の資材を一切合切引き上げて帰還したってわけ。二日前のクエストについての報告はこんなところかな?」
ギルドの応接間、その中に二人の男女が向かい合って座っていた。片方はホビットの青年だ。ソファに腰かけて背もたれに埋まるようにして体重をあずけ、地につかない脚をブラブラとしながら紅茶をすすっていた。
ついさきほどまで長々と話していたため喉が渇いていたのか、まだ熱の籠った紅茶をゆっくりと冷ましながら飲み干していくその向かいで、話を聞いていたフランセスが急かすような眼でその姿を見つめている。
「そこまでの話なら報告書で読んで知っている……アタシが聞きたいのはその先のことだ」
ふむ、と小さく呟くなり紅茶を置いたフレッドは勿体つけたようにしばし考え、そして背中にあるポーチからずるりと何本もの巻物を取り出した。
「……詳しいことはここに」
そういって、巻物を両手で抱きかかえるようにして持ちながら、それでもフレッドはそれをフランセスに渡すそぶりを見せなかった。
「……どういうつもりだ?」
その様子に、フランセスが苛立った様子で低い声を出した。
「何、ちょっと聞いておきたいことがあってね……」
相手に合わせるように、フレッドがいつもの笑みを消して目を見開き、真剣な表情でフランセスを見つめた。
「聞こう」
すっと、息を吸う音が聞こえた。それは一体どちらのものだったのか。聞く側か、それとも言う側かあるいは両方か。
「あの人選の意図はなんだったんだ」
ゆっくりと、フレッドが吐き出した。
「なんで、一番の危険地帯にあれだけの少人数で突っ込ませた? モニカとニーナは百歩譲っていいだろう、彼女たちは経験が浅いとはいえ三等級の冒険者だ。それはいい。だがなんで……」
「そこにオルレオを連れて行かせたのか、か?」
フレッドが息継ぎするタイミングを見計らったように、フランセスが口を挟む。
「そうだ……彼に実力があるのはよくわかった。それでも、圧倒的に経験が足りなすぎる。下手をすれば、大怪我どころじゃ済まなかった可能性もあったんだぞ?」
フレッドの言葉には怒りよりも心配の方が多分に含まれていた。それが、この男の良いところだろう。
本来ならこんなことは聞いたところで全くの意味がないものだ。結果的にはうまくいったのだ。その件で、上役の采配について文句を言ったところで、自分の印象が悪くなるだけで何らいいことはない。
それでも、この男は言う。言ってしまうのだ。特に、未来ある若者を無駄にするようなことを許すことが出来ない。そういう男なのだ。
「なに、ぴったりの仕事だと、そう思ったからさ」
そのあっけらかんとした言葉に、フレッドは思わず顔を顰めてしまう。いつもなら感情を表に出さず、陽気に笑顔を振りまく男が、不機嫌と怒りを隠さずに顕わにしたのをフランセスは随分と久しぶりに見ることになった。
♦♦♦
「……詳しく聞かせてもらおうか」
己の発した声に震えが混じっているのに、フレッドは若干の驚きを得ていた。感情を出さないように修行を続けていたというのに、自分という人間はふとしたことでそれを忘れそうになってしまう。これはいかんと自制をするために紅茶に口付けようとして……すでに空になっていることに気が付いて、少しだけ気まずい思いをしてしまった。
「まずは、ギルド側の意図について述べておこうか。少人数で難所を攻略できることを示し、冒険者ギルドの威容を示す。―――なにせ、ここのギルドはアタシがくるまでろくな冒険者に恵まれていなかったからな、ここらで冒険者にもデキる《・・・》奴がいることを周囲に知らしめなければならん」
そんなことのために、と思わず口に出そうになるのをフレッドはグッと堪えた。それを見ながらフランセスがどこか楽し気な表情をしているように思えてくるが、決してそれ以上を悟られないように、平常心に努める。
「次に、有望な若手株のお披露目だな。既に名前が売れ始めているモニカとニーナはいいが……ここまで地味な働きしかしていないお前と、駆け出しのオルレオの名前を売るには大仕事をさせるのが一番だからな」
そういって、フランセスは紅茶に手を伸ばしてゆっくりと嗜みはじめた。
(地味って……、いやまあ確かに地味な働きしかしてないけどさぁ)
突きつけられた事実に、フレッドは怒りよりも落胆を覚えていた。
確かに思い返せば己の仕事は斥候に情報収集といった仕事がほとんどであまり魔獣退治などで派手な功績を残していない。
大抵、大きな動きがありそうなところに行っては情報を掴んで報告して、その都度、領主軍や傭兵隊が組織されて解決していくのが主なものだ。
それでも自分がいなければ事態を事前に察知とか無理だったのに、と若干いじけそうになるが、それ以上は心の奥底に蓋をして封じ込めていく。
「最後が、オマエの見極めだ。フレッド」
その言葉に、思わず下を向いていた顔が跳ね上がった。が、しかし思い至る節が無くて思いっきり首を傾げてしまった。いまならオルレオ君の気持ちがよくわかりそうだ。
「オマエが二等級の冒険者としてふさわしいかどうかを審査していたんだ」
告げられた言葉に、フレッドはさらに混乱した。
「……一体全体どういうことです?」
なので、思い切って直接聞いてみた。
「アタシ個人はオマエの能力を買っている。個人戦闘力は言うまでもなく、情報収集力や斥候組をまとめ上げる統率力について三等級じゃ収まりきらないとは常に思っていた、が……」
フランセスがそこで言葉を切ると、部屋の中に緊張が満ちた。いや、ただ単にフレッドだけが緊張して喉を鳴らしただけなのだが、緊張しすぎてまるで部屋全体に伝播居ていくような錯覚に陥ったのだ。
「オマエの統率力について分かっているのは情報に関しての部分のみだ。戦闘についてオマエに任せられるかどうか、そこをアタシは知りたかった」
「だから、あの三人と組ませたのか」
言葉がきれた瞬間、カラカラになった喉を振り絞るようにフレッドが言った。
「そうだ。もちろん、あの三人にもそれぞれ狙いがあったがな」
「……聞いても?」
フランセスが笑みを浮かべた。
「モニカについてはここ最近、ずいぶんと慢心しきっているのか周りがいるというのに単騎で突っ走ることが多いようでな、他と組んだ時に連携を取る気が欠片もなさそうだと報告を受けていた。ニーナについても同じだな。二人だけで行動することに慣れきって、周りと意思疎通せずに射かけることが多いそうだ。そして二人だけの呼吸で動くから……」
「下手をうつと窮地に陥る、と」
思い当たる節が、この間の任務でも多々あった。
「あの二人にはその辺を思いっきり痛感してもらって改善を促すために参加させた。次にオルレオだが……こいつはあの二人と唯一意思疎通を取って行動できるから、だな」
ああ、とこれにも思い当たることがある。
あの二人は、オルレオのことを言い方は悪いが、下に見ている《・・・・・・》。後輩だとそう思っているのだろう。
だから、あの二人はオルレオとコミュニケーションを取り、二人でオルレオをフォローすることを意識できていた。
これが、他の同格の冒険者や傭兵だとそうはいかなかっただろう。明確に上下関係がないからこそ、勝手に突っ込んでいって周りに合わさせるように動いていただろう。
いや、実際に動いていた。現に、フレッドは自分がソレに振り回された覚えが結構ある。
「あとは、オルレオは防御については使えるレベルで鍛え上げられている。足手まといにはならんし、イザというときには役に立っただろう?」
これについては同意せざるを得ない。
現に、大剣を吹っ飛ばしたり火球を一手に引き受けてくれたりと随分とお世話になったものだ。
「が、アイツには決定的なまでに経験が足りない……そこでお前の出番だ」
「つまり?」
話のまとめを、フレッドは促した。
「ワガママ娘二人と、ヒヨッコ一人を上手いことフォローしつつ成果を挙げられるかどうか、そこをオマエに託した。もちろん、もしもの時のために助っ人はつけていたがな」
その言葉に、フレッドはギョッとした。自分の警戒網で全く察知できていなかったからだ。
「そんな人がいたら気づいていたと思うんだけどねぇ」
思わず口に出た言葉を、フランセスはにんまりと笑って聞いていた。
「ならば、見てみるがいい」
顎で指し示すようにされた先、ティーカップがあった。フレッドが先ほど、飲み干した《・・・・・》ことに気が付いたティーカップのはずだ。
そこにはいつの間にかなみなみと紅茶がたくわえられている。
「安心しろ、この間の件では全くと言っていいほど手出しをしなかったらしいからな……もっとも、ちょっとだけ気当たりは使ったらしいが」
その気当たりにも、フレッドには何の心当たりはなかった。つまるところ、それだけの実力差がある相手なのだろう。
「これでいいか?」
その意味は、もうこれ以上聞くことはないだろうな、という終了宣言のようにフレッドには聞こえた。
「……感服しました」
そういって、フレッドは抱えていた巻物を机の上に置いて、フランシスに差し出した。




