一撃の基準
すでに辺りは夕闇の橙から夜闇の紫紺へとその彩りを変え始め、闘技場の中は周囲を覆った壁が色濃い影を造っていた。それをはじき返すようにあちらこちらでかがり火が灯しだされ、騎士団の新兵たちが野営の練習だろうか、慣れない手つきで苦労しながらテントを建てていた。
そんな中で、向き合うように二つの人影があった。肩で大きく息をしながら盾を構えるオルレオと隙だらけでありながらも余裕の笑みを浮かべたガイだ。
二人の修行は昼休憩を挟んでこの時間に至ってもなお続けられていた。これまで優に100に近い立ち合いが繰り広げられて、オルレオの身体はどこもかしこも痣だらけになっている。
ガイが繰り出す最初の打ち込みを防ぐまではいいがここからバインドに持ち込めず、すぐにガイの二撃目をくらったり、バインドしたはいいけど相手に主導権を奪われて隙だらけにされたりと未だオルレオは反撃に移ることすらできず、散々に打ち据えられてしまっていた。
だが、それだけでは終わらない。オルレオはボコボコにされながらも次第に手ごたえをつかみ始めていた。それはオルレオ自身だけでなく、対峙していたガイも感じ取っていた。
「どうする?日も暮れかけてきてるし、今日はもう止めとくか?」
ガイがわざと挑発しるようにオルレオに問いかける
「まさか!もういっちょお願いします!!」
わかりやすく、オルレオがソレに乗った。
苦笑交じりにガイは剣先をオルレオへと向けた。瞬間、二人の間にあった緩やかな空気がピンっと張り詰める。
わずかなにらみ合いの後、動きの起こりすら見せずにガイが距離を詰めた。剣撃は上段からの真っ向斬り下ろし。
対するオルレオはそれを完全に見切ることは出来ず、かろうじて目の端で捉えた程度であったが反応して対応に移った。
今まで以上に盾を持った手をこちらから攻撃を迎え撃つように伸ばす。衝撃の一瞬を感じ取った瞬間、剣の動きに合わせるように腕を引く。同時に手首のスナップを効かせて相手の力を逃がす。
ここで大事になるのは剣そのものは逸らしたり弾いたりしないことだ。あくまでも剣そのものは盾で受け止める。後は、相手が剣を引くことが出来ないように全身を使って盾で剣を抑え込んだら、バインドが成立する。
その状態を維持するだけでも、オルレオからすれば神経をすり減らす戦いだった。一瞬でも気を抜いてしまえばあっという間にガイが有利に立ってしまう。
だからこそ、オルレオはここぞとばかりに攻め込むことにした。相手の剣を抑え込んでいたところからわざと力を抜いたのだ。
刹那、予想外の行動にガイの剣が宙に泳ぐ。がすぐに立て直そうと、手首の返しだけで一撃を見舞っ
だが、その隙をオルレオは見逃さなかった。
軸になっている右手首を弾くように盾でカチ上げて、無理やり隙を押し広げるとそこに、屈みこんだ下半身の力を爆発させるようにして下段からの斬り上げ―“巨人崩し”を放つ!!
見事、ガイの身体へと吸い込まれるように繰り出された一撃。
だが、剣はガイの下にたどり着くことなく、硬質な音を伴って防がれた。
さきほどとは逆に、ガイの盾がオルレオの剣を受け止めていたのだ。
ふっ、と軽く息を吐くとオルレオは大きく後ろに飛んで距離を開けた。
「師匠が防ぐのってありですか!?」
抗議の声を挙げるオルレオ。
「ありに決まってるだろ、何が悲しくてワザワザお前の剣を食らってやらないかん」
「……ウッソでしょ」
オルレオの顔が絶望に染まる。当然だ。盾に防がれた今の一撃でさえオルレオからすれば持てる力と知恵のすべてを総動員したものだったのだ。それがああも簡単に防がれたのならどうしようもないではないか、というのがオルレオの正直な気持ちだった。
「ま、今日のところは合格だ。帰るぞ」
ガイが剣を納めてゆっくりとオルレオに向かって歩き始める。その手にあった腕甲や盾はいつの間にかその姿を消していた。
「へっ!?」
ガイの言葉が信じられないとでも言うようにオルレオからおかしな声がでると、ガイは怪訝な顔でオルレオを見つめた。
「なんだ?今の一撃じゃ不満か?」
「……えっ!?」
オルレオの目が驚愕に見開かれる。
「で、でも、さっきのは盾に……」
防がれたのに、とオルレオが続けようとしたその前に、ガイが大きくため息を吐いた。
「はあ、今のオマエがオレにまともに一撃入れるなんて無理に決まってるだろ。オレの盾に一撃かませただけでも十分だ」
ガイはそのままオルレオの横を通り過ぎて、そのまま闘技場の外へと出ていこうとし。
「あ、待ってくださいよ!!」
慌てて、オルレオがその後を追いかけていった。




