翼竜退治1
昇任ミッション初日、オルレオは普段通りに起きだして普段通りに素振りを終え、朝食に舌つづみを打ってから準備を整えて北門へと歩き出した。
ようやく新品感が消えてこなれてきた革鎧を纏い、背に大盾、右腰にバック、左に剣帯を吊るした装備で、普段通りを意識しながらどこか普段よりも遅い足取りで街の喧騒を流れに任せて行く。
尖り耳のエルフが朝市で獲れた山鳥を何羽も背負いながら市の方へと小走りで行けば、市からは雑多な商品を買い込んだ獣耳の二人組が楽しそうにお喋りしながら南に向かう。背が低いのにガッシリとしたドワーフ達が鉱石の入った大樽を担いでオルレオを追い越していき、街道沿いの幾つかの店では朝から忙しなく働く人のために軽食を扱っていた。
そんな街の日常を横目に眺めながら、オルレオはバックから財布を取り出して中身を見る。何度確認してもそこには小銅貨が数枚しかない。昨日から何度確認してもそうなのだから、ここで確認しても変わりはないはずなのだが、見ずにはいられないのだ。
昨日一日の間に所持金はほぼすべて使い果たした。今回のミッションで失敗すれば昇進がフイに成り、さらに大けがをすれば暮らしていけなくなってしまう。そんなことは全部承知の上で、オルレオは現金を使い切った。
財布を閉じてバックにしまい、もう一度街に視線を戻す。そこにはオルレオの現状何かお構いなしにいつも見る光景が広がっている。
それがなんだかとても面白くて、ようやくオルレオは普段通りを意識せず、肩だけでなく全身から力を抜いて歩き出した。足取りは緩やかに、淀みなく、それでいてどこか軽やかに。
そうしてはたと気が付いたときには、あっという間にオルレオは北門までたどり着いていた。
周りを見れば行商人の馬車を簡易の販売台にして、色んな工房からお使いに来た弟子たちが群がっている。その中に、見知った黒髪の少女がいたような気がしたが、すぐに人ごみに紛れて見えなくなってしまった。
まあいいか、と気にすることなく門で街を出る手続きをとっていたところで、今度もまたよく見知った人物に声を掛けられた。
「おはようさん、今日も依頼かい?」
マックスがにこやかに手を挙げて挨拶をしてきたので、オルレオも同じように挨拶をしようとそちらを見やり、普段と違うことに気が付いた。
「おはようございます、マックスさん……何か、すごいですね」
圧倒的に語彙力とコミュニケーション能力が足らないその指摘に、マックスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ま、今日のは完全武装ってところだな。普段は略装で胸甲しかつけてないのに比べれば、物々しいわな」
そういって笑うマックスは全身を甲冑で覆われていて、バイザーからのぞく目と声でかろうじてマックスだ、と分かるくらいの状態だった。
「昨日の領主様たちの会議で三日後にダヴァン丘陵の翼竜に一斉攻勢を仕掛けて征伐することに決まったみたいでな、今日からは俺たち衛兵もこうしてお勤めの際は完全武装ってことになったのよ。騎士様たちが準備に奔走してていざって時に頼れないからな」
「三日後……」
オルレオが気にかかったのは、マックスの言葉の前半部分だ。もちろん後半も聞いていたのは聞いていたが、半分くらいはうろ覚えだ。
「そうだ、オルレオにとっても丁度良かったんじゃないか?依頼帰りなんかに翼竜に襲われる心配がなくなるぜ?」
「……そうですね。でも、今日はその翼竜を狩りに行く予定なんです」
「あんだって!!?」
驚きを隠せない様子のマックスにオルレオは翼竜退治のミッションについての一頻りの説明を行った。マックスはそれを聞きながら神妙な顔をしているが、最後まで聞いたら、大きくため息を吐きながらもオルレオの肩を軽く叩いて。
「ま、それだけオルレオが認められたってことだな。……頑張って来いよ!」
心配そうな視線と声で、それでも力強く、オルレオの背中を押してくれた。
「はい!」
その心意気に元気に返事をして、オルレオは門から街の外へと踏み出した。
街の外に出たオルレオはさっき聞いた話を思い返した。
「三日後に翼竜征伐って……ギルドマスター知っててこのミッション出したな、絶対に」
思わず、声が出た。
昨日の領主様たちの会議で決まった、と言っていたが、ギルドマスターならその前に大まかな話くらいは知っていただろう。
そのうえで、こうして自分にこのミッションを発令したということは何らかの思惑があるのだろうか、と少しだけ考えたが、即座に首を振って否定した。
二回しかあったことはないが、そんな面倒くさそうなことを考えそうな人には見えない。だから、翼竜退治くらいしかふさわしいミッションがなかったか、もしくは面白そうだから、という理由ではないかとオルレオはアタリをつけた。
“初めての依頼が翼竜絡みなら、初めてのミッションは翼竜退治にしておこう”
それくらい適当な感じで強面のギルドマスターがミッション内容を決めたところを想像すると、思わず吹き出してしまう。
うん、と一つ頷き、後ろを振り返ればもう街の外壁が見えるか見えないかのところまで来ていた。
さて、ここからが本番だ、とオルレオは気持ちを切り替えて盾を左手に持った。
翼竜が手早く出てきてくれることを願いながら、オルレオはさまようように平原を歩き始めた。




