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素材集め

 川を少しばかり遡ったところに、さわやかな風が吹く平原が広がっていた。


 春を少しばかり過ぎ、夏の入り口ともいえる今の季節。草木は花を散らせて実を結び、あちらこちらで小さな動物たちが忙しなく草原を駆けていく。


 その一画に、小さな動物たちが群がっていく。ふらふらと何かに誘われるようにして雑多な種類の小動物たちが集まっていく。


 中でも目立って多く集まってきたのが双角ウサギだ。群れで生活する双角ウサギたちは自分たちの縄張りに出来たこの歪な集団に対して頭の二本角を振るい追い立てていく。


 そこかしこで繰り広げられる小動物による小規模な争いは始まったと思ったらに終わり、終わったとたんにまた始まり、と際限なく繰り返されていく。


 そうしてようやく、自分たちだけになってから双角ウサギたちは地面に撒かれた餌を食べ始めた。


 その様子を少し離れた森の中から男女が眺めていた。エリーはどこか得意げな表情で、オルレオはとても不思議そうな顔だ。


「・・・双角ウサギって案外強いんだ」


「そりゃ、あそこに集まってたのはリスとかネズミなんかでしょ?あのウサギ、角も生えてるし小型の犬くらいの大きさはあるんだからそうそう負けやしないわ」


「で、これからどうするんだ?一気に近づいて狩っていくのか?」


 オルレオが腰に佩いた剣の柄へ手を伸ばしていく。


「いいからいいから、まあ見てなさい」


 それを宥めるように手で制し、エリーはまっすぐに双角ウサギの群れを見つめている。


 その顔には今か今かと何かを待ちわびるような色が浮かんでいた。


 オルレオも首を傾げながら腰を落ち着かせ、眼前、エリーが持ってきた餌に群がる双角ウサギたちを観察する。


 先ほど河原で、「まずは双角ウサギの角を集めましょうか」と宣言したエリーに「なら罠を仕掛けていこうか」と返したオルレオ。しかしエリーが「ここは全部、私に任せなさい」と薄い胸を張って自信ありげに言ったことからオルレオはエリーの言うことに従いながらこの草原までやってきた。


 そこで彼女がやったことと言えば、ウサギの巣穴を見つけたことと、そこから少し離れたところへ餌を撒いたこと、この二つだけ。


 さてこれだけのことで、どうしたら狩りができるというのだろうか?オルレオの常識では、餌をまくならば、そこに罠を仕掛けて獲物を捕まえてしまうのが当たり前だ。オルレオがいくら考えても、どうしてこれだけでいいのかが分からず、結局、自信満々のエリーのことを信じることにして、何も言わず見守ることにした。


 変化はすぐに訪れた。


 食事を終えたウサギたちが巣穴へと移動を始めた。


 その時、オルレオは異変に気が付いた。


 無い。


 角がないのだ。


 ウサギたちの頭から、名前の由来にもなった二本の角がなくなっているのだ。


「ふっふっふ、どうよ!」


 またも薄い胸を今度は反らすようにして得意げに、エリーが笑った。


「……毒餌だったのか?」


 訝しげに問うたオルレオに、エリーは、甘い、とでも言うようにひらひらと手を横に振った。


「ただの栄養満点の餌よ。双角ウサギの角は、歯と同じように一生涯生えてくるし、何なら生え変わったりもするの。あの餌にはその生え変わりを促進する成分が入っているってだけ」



 ゆっくりとエリーが立ち上がるのに合わせてオルレオも腰を上げた。


「大体、新しいのが生えるまで一週間ってところかしら。双角ウサギの角は薬効成分が多く含まれているからいろんな薬の材料になるんだけど、傷が付いたりするとそこから雑菌とかが入ってダメになるからこうやって抜け落ちるようにするわけ」


 歩きながらのエリーの説明にふんふんと軽く頷きを入れつつ、オルレオはその後をついていく。


 二人はたどり着いた先で広がっていた沢山の角を傷つけないように優しく摘まみ上げて、エリーが持ってきたザックに詰めていく。


 腰を落としてしゃがみこむように一個一個丁寧に拾うエリーとは違い、オルレオは腰をかがめて前屈のような姿勢で拾い上げる。


「そんな姿勢じゃ腰痛めるわよ?」


 心配そうに見上げるエリーにオルレオは、


「護衛の俺がしゃがみこんで、さっきの狼のときみたく接近に気づくのに遅れる方がマズいだろ?」


そう冗談めかして笑いかけた。


「そ、ならお願いね。護衛さん」


「ああ、任せと・・・」


 軽口を交わそうとしていたというのに、突如オルレオが盾を構えた。


「エリー、東、山の方から何か来てる。俺の後ろに」


「わかった」


 すぐさま、エリーは立ち上がり、角を纏めたザックを背負って東に向かって立つオルレオの背中に隠れた。


 一面の緑が広がる平原に、ぽつぽつと見つけにくい緑の影がふらついている。


「ゴブリンだ……」

 

 オルレオが、相手に気づかれないように小声でエリーに報告する。


 緑色の肌に、茶色の体毛、額に小さな角を生やした小鬼たち、その手には手製の武器を持ち、その体には喰らった獣の皮を巻いている。


 一、二、三、四、五。数えれば五体のゴブリンが草原を彷徨うように歩いてる。


「色が緑で角が一本なら最下級か、どうする?」


 ゴブリンは魔獣―中でも鬼と呼ばれる種族の一種だ。


 魔獣と会った時の対処は二つ。


 逃げるか、全滅させるかである。


 これは戦うなら確実に殺しきれ、という意味だ。一当てしてから撤退とか、戦って分が悪いから逃走などというのは禁止されている。


 何故か。


 魔獣というのは他の動物とは一線を画した存在で、経験を積むことで階級が上がる(クラスアップする)からだ。


 しかも階級が上がってしまうと腕を斬り飛ばされていようが、脚が捥がれていようが再生するからたちが悪い。


「一応、ゴブリンの魔石も欲しかったところではあるんだけど・・・いけそう?」


 魔獣のもう一つの特性として体内に“魔石”と呼ばれる魔力をため込むための器官がある。


 世に出ている魔導具の中にはこの魔石を動力源とするものもあるし、錬金術の触媒にもなるので極めて重宝されている。


「最下級が五匹なら、いける」


 オルレオが右手で剣を引き抜く。


「じゃあ、お願いしてもいい?」


「なら、少し離れて見晴らしの良いところにいてくれ。で、何かあったらすぐに教えて」


 わかった、とエリーの声が聞こえた瞬間、オルレオは一気に駆けていった。



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