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師匠と弟子2

 人の手が入らぬ原生の森林がぽっかりと口を開けたかのように切り開かれた中腹に、いくつかの小屋が建っている。明かりが漏れ出ているのはその中でただ一つ。


 そこに男と少年がいた。煉瓦造りの暖炉で薪を熾し、四隅の燭台に明かりを灯した部屋の食卓で二人は食事をとっていた。


「おい、オルレオ」


 不意にかけられた声に少年―オルレオは小さく切り分けてる最中だった双角ウサギのステーキから正面にいる師へと視線を移した。


「お前、明日から麓の町に降りて生活しろ」


 唐突な一言にオルレオは言葉を詰まらせ、


「…それはいつもみたいに町まで買い物に行けってこと?」


 明らかに違うとわかっていてもそう問わずにはいられなかった。だって、そうでないとするならば…


「違う、麓の町に行って冒険者でも傭兵でもなんでもいい、自分の力で暮らしてこい」


 それは、師から出て行けと言われているのだから。


「なんで!」


 椅子から立ち上がり、食って掛かろうとするオルレオを師は片手で制するようにして言った。


「いまのままじゃ、これ以上に強くなることは無理だからだ」


 男はいいか、と前置きをはさみ、話を続ける。


「今のお前は、そこそこ盾の扱いもうまくなって、まぐれとは言え俺に一撃を入れるぐらいには強くなった…が、結局はそれだけだ」


 師の真剣な眼差しと言葉にオルレオは椅子から浮き上がった身体をゆっくりと戻し、椅子に座って大きく深呼吸を繰り返す。心を落ち着けなければいけないのわかっていても心臓が早鐘を打つように鳴っている。


 自分が捨てられようとしているのではないかとどこかで誰かがささやいている様な気がしてならない。


「強さってのはな、腕力があるとか、剣の扱いが巧いとか、そんな単純なことだけじゃねえ」


 川魚と山菜のスープをゆっくりと飲みながら師は一言一言を分かりやすく丁寧に話していく。


「俺だって生まれた時からこんな山ん中に小屋おったてて暮らしてたわけじゃあないし、強かったわけでもない。俺をここまで強くしたのは、今までに逢ってきた色んなやつらのおかげなんだよ」


「もっともそいつら全員から逃げ隠れるようにしてここに住んでるんだが」


 と、おどけた様子で言う師に、それはいかがなものかとオルレオは思う。しかしいい加減で女にだらしなくて、金銭管理はどんぶり勘定で、一般生活全般に至ってダメ男全開な師のこれまでの行状を思い出して、まあこの人ならしょうがないかと変に納得できてしまった。


「おい、また失礼なこと考えているだろう?」


 ちゃらんぽらんの癖してどうしてこんな時だけ鋭いのだろうか、オルレオは先ほどまでの不安をすべて吹っ切って、目の前にいる理不尽の塊に言い返す。


「失礼なことなんて考えてないっすよ。そういやそういう人だったって勝手に納得してただけです」


「やっぱり馬鹿にしてんじゃねえか、このヤロウ!」


「ちがいますぅ、馬鹿になんかしてませんぅ」


 馬鹿二人がぎゃあぎゃあとやかましく言い争う、聞くに堪えない幼稚な言葉の応酬が食卓を挟んで交わされる。食事時だというのに始まったかくも見苦しい師弟対決はせっかくの食事が冷めるまでの間、止むことはなかった。


「ったく、せっかくの食事が冷めちまってる」


「文句を言わずに食べましょうよ…僕らの自業自得なんですし」


 それもそうだと師が言ったきり二人は無言で食事を摂っていった。静かで、穏やかで、しかし心地よいこの空間は、師の言葉が本気であれば今日が最後になるかもしれない。


 食事を終え、湯冷ましをゆっくりと飲み下しているところで師が口を開いた。


「とにかく町に降りて自分で暮らせ、そのうちに自分に何が足りないか、自分の弱点は何かを探してこい」


 師の力強い視線にオルレオは否とは言えない空気を感じ取っていた。


「でも、約束だったじゃないですか、師匠に一発当てられたら、今度は剣の稽古をつけてやるって…」


 燭台と暖炉の明かりしかない薄暗い室内に消え入りそうな声が響いた。


「アッ?俺がいつお前に剣を教えないだなんて言った」


 首をかしげた師にやや遅れてオルレオの首も鏡写しに動いた。


「いや、だって、町に降りるんだったら…」


「別に剣の稽古つけるのに四六時中一緒に暮らす必要なんざねぇだろ」


 言われてみればそうだ。今まで一緒に暮らしていたが為に何となく一緒に暮らしながらじゃなければならないような気がしていた。


「剣なんざ、今までお前にやらせてきたようにまずは素振り、次にとにかく戦いまくって経験積んでから技の会得、後はそれの繰り返しってもんだ。ほかの道を俺は知らん」


「でもそれって途中で死んだら意味がないんじゃ…」


「武器を持って戦うならそりゃ、死ぬこともあるだろう」


 何をいまさら当たり前のことを言ってるんだ、とでも言いたげな視線がオルレオを射抜く。


「そもそも、今まで延々、盾の扱いだけ仕込んできたのはそう易々と死なんようにするためだ」


 今まで素振り以外の稽古で剣を持たせてくれなかった理由が唐突に明かされた。


「後は、とにかく実戦で死なんように立ち回れ、そんで生き残れ」


 そうしたら後は勝手に強くなる、と師は何気ない様子で宣う。



「いや、それってかなり修羅の理論なのでは…」



 オルレオの声にかすかな怯えが混じる。



 だが、師はにやりと笑みを一つ作り、



「どうってこたないだろう、俺が娑婆にいた時のあだ名なんぞ悪鬼だぞ」



実に嬉しそうに言った。

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