エリーと二人
翌朝、出発つ準備を整えたオルレオは北門前へとたどり着いた。
左手には真新しいバックラー、背には凧盾を負っていた。
買ったばかりのバックラーは、汎用の量産品ではあるが、その分取り回しのしやすさは目を見張るものがあり、即実戦で使っても違和感なく扱えそうだ。昨日、鍛冶ギルドの受付男性から、「未熟者が武器防具を自分で選ぼうなんてまだ早ぇ、今のお前さんにゃ此奴で十分だ」と以前使っていた壊れたバックラーを見せるなり売りつけられたものだが、こうまで扱いやすいということは、あの受付は相当な目利きなのだろう。
ちなみに、大盾は鍛冶ギルドが仲介して街の鍛冶工房で修理してくれるとのことで、バックラーの購入と大盾の修理の両方を合わせてかなりの安値で請け負ってくれた。これにはオルレオも大助かりだ。
オルレオがひとしきり自分の装具を点検していたところで、駆けてくる足音が響いてくる。タッタッタ・・・と軽快なリズムで刻まれるソレは次第に近づいてくる。小ぶりな杖を片手に、ウロボロスのエンブレムがあしらわれたペンダントを胸に、そして、身体のあちこちにポーチやカバンを付けた動きやすさ重視の装いで、オルレオの待ち人たる錬金術師の少女、エリーが大通りを走ってきた。
「・・・ごめんごめん、ちょっと準備に時間がかかっちゃって」
荒れた息を整えるように浅い呼吸を繰り返しながら、エリーが両手を膝につけて謝ってくる。
「いいよいいよ、俺も今来たところだし」
そういって、オルレオはエリーが落ち着くのを待った。横目でエリーを盗み見ながら、ではあるが。
ほのかに赤く火照った頬、浅く何度も上下する胸、健康的にほっそりと伸びた長い脚。
堂々と見るのは憚られるが、さりとて見ないというのも男としてはどうだろうか。紳士的であるか、健全であるのか。オルレオとしては、いや、男としては悩ましい選択である。
「・・・ふぅー、よし、もう大丈夫」
わずかな時間で立ち直ったエリーがそういって顔を上げてオルレオの顔を正面に見据える。すると、横目で見ていたオルレオと視線がかち合う。
「・・・どこ見てた」
途端冷えた声が聞こえる。
「あー、えーと・・・、エリーを見てた・・・かな?」
はぁ、とひときわ大きな少女のため息が響く。
「素直に言ったから許してあげるけど、女の子をそんな風にぶしつけに見ちゃだめよ?いい!?」
はい、と今度は情けない少年の声。
それに満足したかのように、少女は少年の肩を軽く叩いた。
「もういいわ、それより、早くいきましょう?」
うん、と軽く頷いて、少年と少女は北門をくぐった。
北門を出て、進路は西へ。先を歩くエリーにオルレオが付いていく形だ。
「で、今日は一体どこで何をするのさ?」
オルレオの興味本位での問いかけにエリーは目を丸くした。
「・・・もしかして何も聞いてなかったりする?」
「昨日、君の叔母さんから聞いたのは、とにかく今日一日エリーの護衛として素材集めに付き合ってくれってことだけ何だけど・・・」
そう。昨日、オルレオはエリーの実家である錬金工房、“妖精の釜”で出会ったエリーの叔母から、商品を譲ってもらう代わりにエリーの素材採取の護衛を受けた。
そのことを認《したた》めた文書を陽気な人魚亭の主人、マルコに手渡したところ、指名依頼として受託され、正式に依頼書を作成してもらい、承認を得てから今朝、こうして一緒に街の外へ出かける運びになったのだ。
オルレオが自分の知る限りのことをエリーに話したところ、エリーはどこか納得のいかなそうな顔をしていた。
「はぁ、まあいいわ。今日の依頼について道すがら詳しく説明するわ」
言いつつ、エリーはゆっくりと歩く速さを緩めてオルレオの横へと並んだ。エリーがオルレオの顔を見上げるようにする。自然、二人は歩く速度を同じにして歩き始めた。
「今日は基本的には街から西のエテュナ山脈の麓、このあたりに自生する薬草類の採取と鉱石拾い、それから獣や魔物を倒して素材を集めるの」
「エリーも戦えるの?」
「基本的には、錬金術の道具を使って不意打ちなら何とか、ってところだからあんまり期待はしないで頂戴。で、私が一緒に行って、どれがどの素材か、とかどうやって採取するのかを教えるから、しっかりと覚えて」
「え、なんで?」
護衛依頼なのに、とオルレオが続けようとしたところでエリーがため息をつきながら大きく首を振った。
「そうやって覚えておけば、あなたがこれから他の依頼とか討伐で外に出た時に素材を持ち帰れるようになるでしょう。そして、うちに売りに来ればお金になる」
なるほど、と思わずオルレオは手を打った。
「ちょっとしたお小遣いくらいにしかならないかもしれないけど、でも知ってるのと知らないのとは大きな違いになるわ。この知識も報酬代わりと思ってちょうだい」
いい、と首を傾げながら聞くエリーに、オルレオが首を縦に振って答える。
「ありがとう、頑張って覚えるよ」
頑張ってね、とはじけるような笑みがエリーに浮かぶ。その笑みを、まっすぐ見ることが出来なくて、オルレオはあいまいな笑顔で正面へと向きなおした。