盗賊退治5
弓が先頭を歩く槍を持った盗賊の腰付近に真横から突き刺さる。悲鳴を上げて転がる男を見て、残された盗賊たちはわずかばかりの間、動きを止めて竦んでしまう。
それが何よりの命取りだと知らずに。
鳴り響く悲鳴の中で真っ先にオルレオが飛び出した。手近なところにいた盗賊の肩を盾で殴り飛ばして道を拡げ、次いで目の前にいた男を右手で掴んで引っ張り態勢を崩した後で蹴り飛ばす。斬りはしない。斬ってその辺にうずくまられたりしたら、邪魔な障害物が増えるだけだからだ。
オルレオの目標は野盗の頭目である騎馬に乗った男ただ一人。それ以外は敵に非ずと背を向けてゆっくりと剣を引き抜いた。
♦♦♦
「最低でも三人、か。随分と少数の手勢でやってきたものだ」
目の前に立ち塞がった大男を見て、頭目の男は槍を構えた。大男の向こう、少し離れた位置では全身甲冑を着込んだ相手がこちらに背を向けて一応の部下たちを次々に斬り倒していく。もう一人、姿を見せない弓兵は戦場から逃げようとする者を射抜いている。
部下だった連中はもう既に兵として機能していない。てんでバラバラの方向に逃げ出そうとしているし、残った者も力量差がありすぎて遊ばれるように無力化されていく。
(趨勢は既に決した。我々は壊滅状態。ここで逃げて依頼主に失敗の報告を告げればそれでいいのだが……)
目の前の男を見る。薄暗くてよくは見えないが顔立ちが幼いようにも思える。そんな相手が真正面で盾と剣を構えている。まるで“戦ってください”と言わんばかりな振舞いだ。
「行きがけの駄賃代わりだ。簡単に死んでくれるなよ!!!」
手綱を引いて、一気に駆け出した。
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(ノッてきた!!)
正直言って、のまま逃げられるのではないか、と思っていたところで、相手が突っ込んできたことで、オルレオとしては驚き半分、喜び半分、といったところだ。
だが、そんなのんびりとした考えは一瞬で吹き飛ばされた。
(速い!!?)
訓練を受けた本物の軍馬による加速。スタート直後は人間とさして変わらぬものではあるが、人間と合わせた大きな姿が一気に目の前まで迫ってくるのは驚愕よりもむしろ恐怖を掻き立ててくる。
それでもオルレオは、湧き上がる感情を押しとどめて動いた。騎馬に乗り、スピードを上げて繰り出された槍の一撃を、わずかに身体を逸らして馬の進路上から避け、槍の穂先を円盾で受け流したのだ。
男は馬を大きく旋回させて反転するとまたオルレオを狙って槍を突き出してくる。
オルレオもタイミングを計って、今度は反撃の一つも入れてやろうかと構える。
それを透かすように、男はオルレオの真横を全力で駆け抜けて土砂を浴びせ、態勢を崩させた。
再度、男が馬を旋回させてこちらに首を向けさせるが、今度は先ほどと違い小回りにスピードを落としている。そこから段々と加速しながらオルレオへと突っ込んでくる。
今度は真横を逃げるのではなく、オルレオを引き飛ばそうと真正面に馬を巡らせてくる。咄嗟に槍を持つ手とは反対方向に飛び退く。
またも男が馬を旋回させるのだが、今度は速度を落とすことなく緩い弧を描くように回り込もうとしてくる。
(クッソ!! タイミングが掴みづらい!!)
人相手に戦うのだと思い、楽観視していたオルレオだったが、ここにきてオルレオは自分の考え違いに気が付いた。騎兵は人ではない。騎兵は人馬一体のもはや人とは別の領域にいるのだ、と。
自分の考えの甘さを自覚したオルレオは、それでも目線を敵から外さずに、盾を掲げ続けた。
♦♦♦
(いい目をしている)
ついさきほど交差したときに見た顔はやはり年若い子供のものだ。それが、これだけ実力を練り上げ、劣勢の中であっても微塵として揺るがない精神を培っている。
そこに何があったのかは知らない。それでも、ごく一般的な家庭に育った子ではないだろうことは容易に想像がつく。
(行きがけの駄賃というにはやや貰いすぎだな……)
ここ最近、つまらないというよりもやりがいの無い汚れ仕事をさせられていたところで、前途輝かしい若者を相手に遊ぶことが出来るだなんてのは望外の喜びだ。
(だが、そろそろ終わらせねばな)
気合を入れなおして、槍を握る手に力を込めた。
♦♦♦
ブワッ!! と、相手の姿が膨れ上がるのにオルレオは気が付いた。気配と言うのか、殺意というのか。とにかく相手の纏う空気が質量と圧力を持ったような奇妙な錯覚を得ていた。
(来る!!)
同時に、オルレオは敵がココで決めに来るのだ。ということを理解した。目の前ではその通りに男が馬の頭をこちらに向けてきている。
今度は、すれ違いでも引き飛ばしでもない。槍で一突きにしてくるのだ。と言わんばかりに構えていた槍を天に掲げてその存在を誇示すると一挙に速度を上げてきた。
地響きと轟音とともに相手の槍が迫ってくる。
オルレオはそれを真正面から腰を落とし、迎え撃つように盾を構えた。
交差は一瞬。
相手が速度も力も載せた会心の一撃を突き込んでくるのをオルレオは完璧に捉えていた。
だからこそ、その抜群の破壊力を蓄えた穂先を逸らすように盾の表面をぶつけにいき。
そこで、オルレオは初めての感触を得た。
攻撃の軌道が変化していくのだ。
上手く芯を外したはずの盾から言いようのない重さが一気に伝わってきて、身体が後ろに弾き飛ばされそうになる。
本来なら盾の表面を削るようにして抜けていく槍の感触が、盾の表面を突き破り、肉にまで食い込んでしまいそうな予感がする。
咄嗟にオルレオは身体を捻って、盾から手を離した。そのまま自分の意志で地面を蹴ってその場から離脱する。
追撃を受けても防御のしようも回避のしようもないほどの無様な逃げ。
それでもオルレオは執念だけで右手の剣を振りぬいた。