顔面キャッチ
今日もLP学園野球部は練習に励んでいる。チームの中で、あまり野球経験がない4人は監督の俺が指導していた。他の5人はキャプテンに任せた。チームを強くする為には、まずこの4人の底上げが欠かせないと考えた。
最初は、ボールを投げる事もままならなかった部員たちも少しずつ良くなってきた。まだキャッチボールと呼べるレベルではないが、継続は力なりだ。続けていこう。
単調な練習だけでは、今の若い子は飽きてしまう。俺は、根性論は好きなんだが、それだけでは部員がついてこない。キャッチボールをしつつ、遊び感覚でやれる練習も取り入れていく。
イマイチだった部員が段々と上手くなっていくのが分かると、俺も嬉しくなってくる。最初はボールをキャッチできなくて、顔面にボールを当てていた石崎が捕球できるようになってきた。
石崎は嬉しそうに、
「監督、得意の顔面キャッチの機会が減って残念です」
石崎は、人気サッカー漫画のキャラクターを思い出させてくれるほどに顔面にボールを当てまくっていた。そういえば、性格もそのキャラクターに似て、楽しい男だ。
「お前の顔面がボールを欲しがっているな。よし、俺に任せろ。巨人時代はMax160キロを超えていたんだぞ」
俺が脅かしても石崎は負けていない。
「160キロでも170キロでも受けて立ちます! 僕がイケメンになれるように、うまく当ててくださいね」
こんなやり取りが、できるぐらい雰囲気は良かった。ちなみに石崎が似ている有名人がいる。出○哲朗さんだ。
さて、他の5人も見てやらないといけない。キャプテンにメニューを渡して、任せていたがどうだろうか。
キャプテンの古屋がノックを打っている。俺は近づいて、
「古屋、俺がノックを代わる。お前も守備に入れ」
この5人は一定の野球経験があるメンバーだ。俺はノックにも力を入れて打つ。野球はとにかく守りが大事だ。守備は鍛えれば、必ず上手くなる。俺は、守り勝つチームを目指す。
ノックの雨を降らせた。部員たちも頑張ってくれた。特に目を引いたのが、サード候補の新井だった。新井は技術的には他の部員に劣っているが、ガッツはキャプテン古屋にも負けていなかった。
「新井、今日はもういいぞ。上がれ」
新井は泥だらけになりながら、
「監督、あと100本ください。僕はヘタだから練習するしかないんです!」
そんなこと言われたら、俺の熱血魂が点火される。
「よし分かった、あと200本いくぞ!」
サードはホットコーナーとも言われるように、右バッターが引っ張った強烈な打球に襲われるポジションだ。だから、俺は強いノックを打った。
「新井、捕球できなくてもいいから絶対に打球から逃げるな! 逃げたらノックの本数を増やすぞ!」
新井は打球を取れなくて、何度も体に当たる。石崎は顔面キャッチだが、新井は顔面どころか全身キャッチだ。
新井は強かった。
「アザの勲章の数では石崎に負けません! もっと強い打球をください!」
俺は一応、元プロだぞ。どうなっても知らないぞ。
右に左にノックを打ちまくる。新井も逃げずにボールを追う。
「次で、最後だ。しっかり取れよ!」
カーン! 強烈な打球が新井の顔面に向かって飛んでいく。ヤバイ。新井、逃げてもいいぞと叫んだが、ヤツはボールに向かってきた。
新井はグローブを出したが、弾いて顔面に当たった。
「新井、大丈夫か?」
俺は慌てて駆け寄った。
新井は、笑っていた。
「取れると思ったんですが弾きました。顔はぜんぜん平気です。僕は石崎よりもイケメンだから、ちょっと当たっても大丈夫です」
この強さがあるから、俺はコイツにホットコーナーを任せたいんだ。ちなみに新井も似ていると言われる有名人がいる。江○2:50さんだ。俺が見る限り、このチームにイケメンはほぼいない。俺を除いてはね。
俺が気になっているのはエース候補の山川だ。俺は現役時代にピッチャー専門だったので、何とかして山川をエースナンバー1が似合う男に育てたい。
山川は、以前ランニングをサボっていたからカミナリを落とした事があった。それから、下半身強化の重要性を理解して真面目にトレーニングしているようだ。
「いいぞ、ストレートが良くなっているぞ」
俺は山川のボールを受けながら、声を掛けた。チーム結成時はストレートのスピードも速くなかったが、最近になって、ランニングの成果もあって徐々にキレも出てきた。
山川は、フォークを投げたいようだが、今はとにかくストレートを磨かせている。
俺はアマチュアからプロになっても、親友の黒田に、ボールを投げた時に出る音を聞いてもらっていた。
目が不自由な黒田は、ボールの音を聞けば俺の調子が分かると言っていた。
それを思い出して、山川の投げるボール音をよく聞いていた。シューとキレイな音が聞こえる。確かに、以前よりも良い音だ。
「いいぞ、山川。ストレートの質が上がってきたぞ。明日からフォークも投げてみるか。巨人時代にお化けと言われた俺のフォークを伝授してやる」
山川は少年のように大喜びだった。
「はい! よろしくお願いします!」