キャッチボールの勲章
LP学園野球部は、遥かなる夢の甲子園優勝を目指して日々練習している。
しかし、このチームには多くの課題がある。まず、人数が9人ギリギリだし、更に問題なのは、個々のレベルの違いだ。LP学園野球部は休部状態だった事もあって、強豪校のような方法で選手を集める事ができなかった。現在の部員は、自主的に入部してくれたんだ。
それなりに野球経験がある者もいるが、中には草野球程度しかやっていなかった者もいる。キャプテンの古屋にはキャッチャーを任せているが、このポジションは未経験だ。
俺は、やむなくチームを二つに分けて練習する事にした。経験が少ない4人を俺が指導して、あとの5人は、大まかな練習メニューをキャプテン古屋に渡して、自分たちで取り組ませた。
「よし、みんなやるぞ!」
俺は4人に声を掛けた。初心者レベルの4人にどう教えようか。本来なら、まずは体力強化が先決だろう。俺が野球を始めた頃は、徹底的に走らされた。陸上競技をやっているのかと思うほどだった。
しかし、彼らにそれを課すと多分ついてこれないだろう。甘やかすつもりはないが、しかし、なにせ部員は9人しかいない。正直なところ、嫌になって退部されたら困ってしまう。練習試合もできなくなってしまう。
というわけで、ランニングはほどほどにした。そして、野球の基本であるキャッチボールをやる事にした。
でも、なかなかうまくいかない。とんでもない暴投をしたり、正面のボールが取れなかったり。
とりあえず、ちゃんとボールを投げられようにしよう。キャッチボールを諦めて、フェンスに向かってボールを投げさせた。
困るのは、それぞれのモチベーションに差がある事だ。見ていたら分かるが、意識が高い部員は一球一球をしっかり投げようとしている。そうではない部員に対しては、カミナリ……じゃなくて、アメとムチを使い分けないといけない。
「腕をしっかり振って投げる事だけを意識しろ。最初はコントロールは気にしなくていい」
なるべくハードルを下げて、簡単な目標から取り組む。少しでも達成感を味わってもらおう。
時々、良いボールが投げられたら、褒める。
「ナイスボール! その調子だぞ」
俺は一応、元プロ野球選手だ。その俺が褒めたら、部員もやる気がでるらしい。どんどん、褒めよう。
熱心な部員は、
「監督、僕の投げ方を見て、悪いところを指摘して下さい。僕は上手くなりたいんです!」
おしっ、お前の気合は俺が受け止める。
「手先だけで投げようとしているぞ。体全体を使って投げるんだ!」
「はい!」
部員は、汗を飛ばしながら、一生懸命投げている。
「もっと来い。お前の魂を見せてみろ!」
俺の熱血魂に火が付く。これこそ青春の輝きだ。
俺が吠えまくっていると、他の3人もつられてきた。
気がついたら、4人ともフェンスに向かって熱投している。
ガシャーン、とボールがネットに、当たる音も変わってきた。
「みんないいぞ。そのまま、あと20球投げろ。お前たちはできる! 必ず上手くなれるぞ!」
フェンス投げを終えて、部員たちは、
「途中からだんだん気持ちが燃えてきました。楽しかったです。キャッチボール練習やりましょう!」
俺は若者の熱さに押されて、居残り練習で4人のキャッチボールに付き合った。
俺はグローブの使い方やボールをキャッチする為の準備などを細かく指導した。中には、ボールを取り損なって顔面にボールが当たる部員もいて、俺が心配すると、
「大丈夫です! アザも勲章です!」
お前は熱すぎるよ!
その部員は、勲章が更に3つ増えたがキャッチボールを辞めなかった。
まだまだ技術は未熟だが、とにかくみんな頑張った。今日はとにかく一生懸命やってくれたらいいと思った。
「監督、ありがとうございました! 僕たち4人は、もっと頑張って必ず他の5人に追いつきます。これからもよろしくお願いします」
部員は、挨拶をして帰宅していった。時計の針は午後10時を回っていた。
野球はキャッチボールができたら、その後はどうにかなる。部員たちに、キャッチボールの重要性を理解させる事ができただろうか。
監督って難しいよな。野球の技術を伝える事よりも、部員たちのやる気をいかに出させるか。
俺は、つい熱血路線になってしまいがちになる。冷静と情熱のあいだ、だな。
夜のプロ野球ニュースを見ていると、今年も広島東洋カープが強い。2位は俺が所属していた巨人だが、広島が首位を独走している。俺がかつて色々お世話になった、広島のエース山田さんが完封勝利を飾っていた。
いつか、LP学園の教え子たちがプロの世界で躍動して、俺がプロ野球ニュースをニヤけながら眺める日がきたらいいな。その時は、俺も恩師としてインタビューを受けるかな?
妄想を膨らませながら、夜はふけていった。