真夏の高校球児たち
LP学園の初めての練習試合は負けたが、全員それぞれ頑張っていた。キャプテンはキャッチャーの古屋に決まった。一年生ばかりで9人ちょうどの部員だが、俺は監督として決意を新たにした。遥かなる夢は、甲子園優勝だ!
今は、真夏だ。君よ〜8月に〜あつ〜くなれ〜の季節だ。そう、高校野球全国大会が甲子園で開催されている。
LP学園は、まだまだ甲子園なんて夢のまた夢だが、俺は部員たちに刺激を与えたかった。
「みんな、甲子園に試合を観戦に行こう。全国レベルの選手たちを研究しよう」
部員の中には、素人に近い者もいる。球場で生の野球を観た事がない者もいた。
「良いですね! ぜひ観戦して勉強しましょう」
キャプテン古屋も賛成してくれた。
その日は、暑かった。まさに灼熱の甲子園だ。俺は高校時代に甲子園に出場した経験はない。プロの現役の巨人時代に甲子園で投げた事はある
が、やはり高校野球の聖地は格別な場所だ。俺も興奮してくるぜ。
LP学園のある大阪から甲子園のある兵庫県西宮市に向かう。乗り換えの為、阪神電車の梅田駅に着くと、観戦に行く様子の人たちがたくさんいらっしゃる。まだ大阪にいるんだが、高校野球ムードが漂っている。部員たちも嬉しそうだ。
梅田駅から特急に乗ると、尼崎駅、そしてすぐに甲子園駅に着いた。駅のホームから球場が見えた。部員たちのテンションも上がる。
「おおー、テレビで見たのと同じだ!」
甲子園は初めての部員が叫んでいる。
「おい、はしゃぎ過ぎるなよ」
古屋がたしなめていた。キャプテンとして、だんだんしっかりしてきたな。
球場前まで来ると、アナウンスも聞こえてくる。巨人時代に何度も訪れていたが、また違って何だか爽やかでキビキビした雰囲気だ。これが高校野球の良さだな。
「前田君、おーいみんなー」
誰かが呼んでいる。振り返ると、
LP学園の桑田理事がそこにおられた。
「俺は、試合のテレビ中継解説の仕事で甲子園に来たんだ。君たちも来ていたんだな」
桑田理事は、高校生の頃、LP学園のエースとして甲子園でも大活躍された偉大なOBだ。部員たちの憧れの人だ。
古屋が、ビシっとして、
「はい! 僕たちは勉強する為に甲子園に来ました。僕は、昨日テレビで桑田理事のLP学園時代の甲子園での勇姿を拝見しました。カッコ良かったです!」
桑田理事は笑って、
「ハハ、昔の話だよ。でも、この年齢になっても、やっぱり甲子園は特別な場所だよ。高校生活を賭ける価値は充分にあるよ。君たちなら、いつかやってくれると期待しているよ」
部員たちは、高校野球界のレジェンドに激励されて、テンションマックスだ。
俺も、ここで桑田理事に会えて嬉しかった。元々、俺が会社員からプロ野球選手を目指したのは、巨人の桑田投手のようになりたかったからだ。
桑田理事は、軽やかに、解説の仕事に向かって行った。俺たちはいよいよ球場の中に入った。
大歓声が聞こえてきた。高校球児たちが、夢の場所で躍動している。
ウチの部員たちと比べると、明らかに体つきが違う。かなりのトレーニングを積んできた事が伺える。
LP学園のエース候補山川は、ピッチャーに注目していた。
「前田監督、甲子園にでてくるチームのピッチャーはボールが速いですねー」
山川は、スピードガン表示を見て感心していた。
俺は頷きながらも、
「そうだな。でも、スピードだけじゃなくて、投球フォームにも注意してみろ」
今の山川に、スピードを追い求めるのはまだ早い。
「特に下半身が安定している事が分かるはずだ。下半身が安定しているから、ボールが指にかかった時にベース上で失速しないし、コントロールも良い」
俺は山川に、下半身強化の重要性を生きた教材を通して教えたかったんだ。山川はLP学園に入学するまでは、ほとんど自己流でやってきたためか、ランニングの大事さを理解させるのが難しかった。
同年代の一流投手を生で見ることで分からせたかった。山川は食い入るように甲子園のマウンドを見つめている。何か掴んで欲しい。
1塁ランナーがスタートして、キャッチャーが矢のような送球で刺した。球場が、どよめくほどのレイザービームだった。
「スゲェー!」
ウチのキャッチャー古屋も興奮している。
「監督、ボールが唸っていましたよ、盗塁を刺せたら気持ちいいでしょうね!」
古屋はキャッチャー経験がなかった。しかし、俺はキャプテンでもあるこの男を信頼しているから、派手な部分だけを見て欲しくなかった。
「古屋、試合中のキャッチャーの動きを全て見ておけよ。ピッチャーや内野手の声かけ、ミットの構え方、サインを出すときの仕草、ベンチでの様子。一つも見逃すなよ」
古屋も、ハイ、と返事してグランドを見つめていた。
「キャッチャーは、試合の全ての流れを作るんだ。お前次第で試合の勝敗を左右する事もあるんだ」
俺は、キャッチャーの重要性と共にやりがいを甲子園で見つけて欲しいんだ。
古屋は、リーダーシップもあるし底知れない潜在能力を感じる。LP学園の屋台骨を背負える男だ。ひょっとして、将来はプロ野球選手になれる器を持っている。
LP学園野球部にはキラキラした18の瞳がある。俺はワクワクするぜ。