LPのブランド
俺は、LP学園野球部監督として日々全力を尽くしているが、この高校ならではの苦労もある。ある程度予想していたが、想像以上だった。
それは、「LP学園」というブランド名だ。
ベテランの野球ファンでLP学園の名前を知らない人はいないと言っても過言ではないだろう。かつて、高校野球界に君臨した王者だ。OBには、桑田さん、清原さん、立浪さん、現役プロ野球選手でも、福留孝介選手、前田健太投手などレジェンド級の方々がズラリと並ぶ。
休部状態からの再開という事でマスコミにも大きく取り上げられた。
なにせ、元巨人の桑田さんが学園の理事で元巨人の俺が監督に就任した。共に、現役時代はエースナンバー18を背負った2人という事で、世間の注目も集まっている。
俺は監督として、テレビに出る事になった。巨人にいた頃は、マスコミ対応はどちらかと言えば苦手だった。俺は口ベタなんだ。
一応、前日に散髪して準備オッケーだ。
アナウンサーから、今の気持ちや今後の意気込みなどを聞かれた。当然予想していた質問だったから、スムーズに答えられる……はずだった。
しかし、緊張して頭が真っ白になってしまった。何を話したのか、ほとんど覚えていなかった。唯一、最後に「頑張ります」と言った事だけ覚えていた……
テレビ放送のあった日、桑田理事からも言われた。
「前田君、もうちょっとインタビューの練習をしよう。君には、LP学園監督という十字架を背負ってもらうんだからね」
そうだよな、偉大なOBの皆さま申し訳ありません。
部員たちにも冷やかされた。
「監督、巨人時代はガチかっこ良かったのに、昨日のテレビはダサかっこ良かったっすね!」
くっそー、俺の権威が下がるじゃないか。
「さっさと、練習始めるぞ! 早く準備しろ」
部員たちを追い立てた。この頃には、山川も通常の練習に参加させていた。
部員は、9人ギリギリだし、中には草野球の経験しかない選手もいた。
特に課題なのが、キャッチャーだ。
キャッチャー経験者が1人もいなかった。俺自身も現役時代はピッチャー専門だった。正直、キャッチャーの事はよく分からない。さて、どうするか。
とりあえず、チームで一番器用な選手の古屋をキャッチャーに指名して、練習させてみた。
古屋は、ガッツもあって、チームのムードメーカー的な存在だ。密かに、キャプテン候補として考えている選手だ。
古屋は突然のキャッチャー指名に驚いていたが、すぐにやる気を見せてくれた。俺も、期待して励ました。
「キャッチャーは難しいけど、ピッチャーをリードするのはもちろんだが、試合全体を支配するポジションだ。やりがいもあるし、お前ならできるぞ!」
古屋は熱心に取り組んでくれた。とにかく細かい事は言わずに、キャッチャーに慣れさせる事が第一だ。
ノックを他の選手にやらせて、その間、俺が自らボールを投げて古屋に受けさせる。俺は、これでも元プロ野球の一軍ピッチャーだ。今でも、高校生をビビらせぐらいのボールは投げられるぜ。
俺の投げるボールを古屋は必死にキャッチしようとする。技術は未熟だが、ひたむきな姿は気持ちが良いな。
古屋相手に投げていると、俺が親友の黒田と長い間バッテリーを組んでいた時を思い出す。
黒田は大人になってから視力を失って、その事によって俺がプロ野球選手を目指すキッカケになった。
黒田は、現在、心理カウンセラーとして活躍している。俺がプロ野球を目指していた頃、そして巨人に入団してからも壁に当たるたびに励ましてくれた。
その黒田にキャッチャーの育成方法を相談してみた。すると黒田は、
「簡単だよ。キャッチャーの醍醐味は試合を任されている感だ。とにかく任せて、好きなようにやらせたら良い。キャッチャーは狙い通りいった時の感覚が最高の劇薬になって、たまらないんだ」
「キャッチングや配球は慣れていけば、ある程度できるようになるさ。監督のお前が信頼してやれば、キャッチャーは必ず育つよ」
なるほど、難しく考えなくて良いんだな。
となると、実戦を経験させるのが一番だな。他の選手たちにも試合の緊張感を味わってもらおう。
対戦相手を探したら、強豪校から申し込みがあった。明らかに、ウチよりも強いチームだ。相手はLP学園を意識してくるだろう。
選手たちには、
「結果を気にせず、気持ちで負けるな! お前たちは、誇り高いLP学園戦士だ。今の力を全て出してこい!」
ピッチャーの山川とキャッチャーの古屋は、練習試合で初めてバッテリーを組む。他のポジションの選手も万全とは言えないが、とにかく気持ちを見せてくれたら充分だ。
俺も、監督としての初陣だ。細かい作戦は立てない。最小限のサインを決めて、選手を送り出した。
監督の俺と、フィールドプレーヤー9人でLP学園の戦いの幕開けだ。
俺は、ピッチャー山川がマウンドに上がる時に背中を押して、声を掛けた。
「とにかく、しっかり腕を振って投げる事だけ考えろ。打たれても良いから逃げるな!」
「はい、正面からぶつかって行きます!」
山川は力強く答えて、ユニフォームのLP学園マークを握った。