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LP学園野球部のキセキ  作者: 砂糖
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カミナリ

LP学園監督の俺は、エース候補の山川に、毎日の練習と別に自主ランニングを命じた。体力的に不足していたし、下半身強化の目的もあった。毎日続けたら、少しずつでも良くなっていくかと思っていた。


しかし、なかなか体力がついてこない。体の線も細くて、これではとてもエースを任せられない。


俺は思った。本当に山川は、俺が命じた自主ランニングをやっているのだろうか?


練習が終わってから、山川を部室に残らせた。

「お前、毎日続けろって言ったランニングやってないだろ。俺の目をごまかせると思ったら大間違いだぞ!」


山川は小さな声で、

「すみません……正直なところ、2日に一度ぐらいしか走っていません。部活の練習でも走っているから、それでいいと思っていました」


俺の高校時代だったら、間違いなく監督に殴られていただろう。しかし、今の時代に鉄拳制裁は厳禁だ。


俺は、沸騰する怒りを抑えながら山川に問うた。

「何故やらなくていいと思ったんだ?」


山川は更に小さな声で、

「走る意義が分からなかったんです。僕はLP学園野球部に入部したのは、元巨人でエースナンバーを背負った前田監督がいたからです。僕は、監督にフォークの握り方とか投球フォームとか技術的な事を教わりたかったんです」


「根性野球をやりたくなかったんです。早く上手くなりたかったんです。僕は陸上部じゃないし、たくさん走っても意味ないと思ってしまいました」


山川が発した言葉は褒められたものじゃないが、この男は正直なヤツだな。


今の若い子は、すぐに結果を欲しがる。メリットとかデメリットとかの言葉もよく使うようだ。どんな指導をすれば良いのか途方に暮れた。


でも、監督の指示を守らなかった事に変わりない。やっぱり、怒るべきだろう。できるだけ、穏やかに……


「バカヤロー! ピッチャーが走る事を嫌がっていてどうするんだ。下半身強化の重要性を教えたはずだろ! お前は、フォークボールだけで天狗になるな! お前程度のフォークは通用しないぞ! 走りたくないなら、ピッチャーを辞めてしまえ!」


かろうじて鉄拳は抑えたが、カミナリを落とした。

山川は次の日にグラウンドに姿を見せなかった。


妻に話してみると、

「健一は真っ直ぐすぎるよ。まぁ、それが良いところなんだけどね」


「今の若い子には、アメとムチを使い分けないとダメだよ。特に、結果をすぐに欲しがる子が多いよね。だから、ランニングの必要性を理論的に教えないとついてこないよ」


「健一もしっかり勉強しないとダメって事だよ。精神論は通用しにくい時代だよ」


妻の言葉は当たっているな。俺の時代は精神論も多かったが、それじゃあダメなのか。


ヤレヤレ、監督って本当に難しいな……


もし、山川が野球部を辞めたら、それはそれで仕方ないと思った。確かに精神論は時代遅れかもしれないが、気持ちが入っていないヤツは絶対に上手くならない。


世の中には、理屈以上に大切な物がたくさんある事も生徒たちに教えたい。

LP学園をただ勝つためだけのチームにしたくない。


俺の信念は、絶対に譲れない!


カミナリを落として、2日後に山川が父親と一緒にやって来た。

まず父親が、

「監督、息子がワガママを言って申し訳ありません。父親として恥ずかしい限りです」

深々と頭を下げた。


俺は恐縮して、

「私の方こそ、頭ごなしにカミナリを落として申し訳ありません。もっと分かりやすく説明すべきでした」


山川は父親の横で涙を流しながら、

「僕が甘かったんです。LP学園に入るまで、自己流でやってきて、自分を追い込んだ事がありませんでした。カッコ良くやろう、なるべくラクをしようと考えていました」


「テレビで前田監督の特集がやっていたのを観ました。監督が、会社員からプロ野球選手として活躍された道のりを知りました」


「目が覚めました。監督に比べたら、僕は1000分の1も努力していませんでした。こんな事を言う資格はないかもしれませんが、僕にもう一度だけチャンスをいただけませんか?」


山川は涙を流していたが、言葉はどこまでも熱かった。

時代は違っても、野球小僧の根っこにある情熱は普遍だ!


俺は山川の肩に手を置いて、

「まずは、雑用からだぞ。グラウンドの草むしりや練習の手伝いからやってもらうぞ」


山川の顔が明るくなった。

「はい! ありがとうございます!」


それから、元巨人の桑田さんや俺の現役時代のビデオを見せて、山川に下半身強化の意味を細かく説明した。


山川は、熱心に聞き入っていた。

俺は、そんな山川を見ながら心の中でエールを送った。


頼むぞ、山川。名門復活のカギはお前が握っているんだぞ。

LP学園のエースナンバーを背負えるピッチャーになってくれよ。


俺は、山川のまだ細い背中に背番号1の姿を想像していた。


山川の父親が教えてくれた。次の日から、山川は毎日5時半に起きてランニングを頑張っているようだ。

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