インコース攻めのイメージ
秋季大会に向けての練習試合で大敗してしまった。特に心配なのが、エース山川だ。相手バッターにデッドボールを当ててしまってから、全く腕が振れなくなってしまった。
山川は、気持ちが優しすぎて、デッドボールを当てた後はインコースを厳しく攻めることができなくなっていた。
このままではマズイな。俺も現役時代はピッチャーだったので山川の気持ちは理解できるが、厳しい攻めをしなければバッターを抑えることはできない。
俺は練習の時に山川に声を掛けた。
「おい、山川。俺が打席に立つから、投げてみろ」
山川は、少しビックリしながらも、大きな声で、
「はい! お願いします」
キャッチャーの古屋が俺が立った位置を見て驚いた。
「監督、ベースにかなり近いところに立つんですね。インコースに来たら当たりますよ」
俺は笑って山川に向かって、
「お前は当てることを恐れすぎているんだ。俺にはどれだけ当てても構わないから、ベース近くに立つバッターのインコースを攻めるイメージを持てるように練習するんだ」
山川は優しいから、当てたら相手に悪いなと思いすぎてしまう。だから、どんどん当てさせて慣れさせようと考えた。
山川は、最初の方はなかなかインコースを投げられなかった。俺は、山川に、
「まずは一球、俺に当ててみろ。大丈夫だから」
すると、山川のボールが体の近くに飛び込んで来た。俺はギリギリでよけた。
山川は申し訳なさそうに、
「すみません」
やっぱり、顔が固まっている。俺は引き続き笑って、
「キレは良かったぞ。ナイスボールだ。どんどん来い!」
俺は更にベースに寄って立った。山川は怪訝な顔をしながらも投げてきた。次のボールが俺の腕に当たった。流石に痛かった。ここで痛がったら、山川がまた恐縮してしまう。
俺はすぐに立ち上がって、
「全然痛くないぞ。もっと力を入れて投げてこい!」
山川は更に力を入れて投げてきた。最初の方は遠慮がちにインコースを突いてきたが、途中からはかなりの割合で俺の体の近くをえぐってきた。
俺がギリギリに立っているから、どんどんデッドボールに当たってしまう。その度に、山川は謝るが、俺は笑って立ち上がる。これを何度も繰り返す。
山川の投げるボールは威力を増しながら、遠慮なくインコースにどんどん来るようになってきた。俺は腕や足や腰や肩などあらゆる場所にデッドボールを食らった。
山川は流石に申し訳なくなって、
「監督、もうやめましょう」
と言ってきたが、俺は、
「まだだ。お前はまだインコースへのイメージが完全じゃない。お前がインコースへ完璧に投げ込めるまで続けるぞ」
まだ完璧ではないが、練習試合の時よりも格段に良くなってきた。何より、腕をしっかり振れるようになっている。もうひと息だな。
山川の表情もどんどん良くなってきた。自信を持って投げているのが、打席からも分かるほどだ。
しかし、ついに強烈な一撃を食らってしまった。キレの良いボールが俺の腰に直撃した。
痛い……痛すぎる……
今度ばかりは笑えなかった。うずくまって動けなくなってしまった。
山川が駆け寄って、
「申し訳ありません! もう本当にやめましょう」
俺は痛みをこらえながら、
「バカヤロー! ここでやめたら、お前はずっと三流ピッチャーだぞ。お前は一流になれるポテンシャルがあるんだ。そのためなら、俺の傷なんて安いもんだ!」
俺は立ち上がって、再びベース近くに立った。正直、デッドボールは怖いし、これ以上は当たりなくない。しかし、ここまで山川は頑張ってきたのに俺が根をあげると、山川に申し訳が立たない。たとえ、骨折しても俺は打席に立つんだ!
いつの間にか、他の部員たちも見守っている。山川の熱投は続いていた。
「監督、僕が打席に立ちます」
LP学園のムードメーカー石崎が言った。
山川のインコースストレートはまだ未完成だ。この状態で打席に立たせて部員にケガをさせるワケにはいかない。
俺は石崎の申し出を断って、
「これは、監督である俺と山川の真剣勝負だ。ジャマするんじゃない!」
山川が投げるボールが空気を切り裂く音とキャッチャーの捕球音に加えて、俺がボールに当たる音が響く。
山川の投げるリズムとボールの軌道が一定になってきた。山川の中でイメージができつつあると見ていいだろう。
薄暗くなった。時間はあまりなさそうだが、今日中に感覚を掴んでほしい。
その時から一層、ボールが良くなった。4球続けて、インコースにズバッと決まった。元巨人のピッチャーである俺から見ても、素晴らしいボールだ。
「山川、あと一球を全力で投げてこい。自分を信じて投げれは大丈夫だ!」
山川に最後のメッセージを送った。
山川は頷いて、大きく振りかぶって投げ込んだ。
俺のインコースを、えぐるような最高のボールが来た! このボールだったら、どんな強打者でも打てないだろう。
「良くやったな。最後の一球は、○阪桐蔭の選手でも打てないようなナイスボールだったぞ」
俺は山川を労った。
山川は嬉しそうに、
「監督のおかげで、インコース攻めのイメージが固まりました! ありがとうございました」
その夜、風呂に入って見てみると、予想どおりアザだらけだった。夜になってあちこち痛くなってきた。
でも、妻は言ってくれたんだ。
「カッコいいアザだね。健一らしくていいね」