次の目標
一時は部員の多くが練習に参加しない状況だったが、みんな野球への情熱は失っていなかった。グラウンドに戻って来てくれた。空中分解しかけたチームがまた集まれたおかげで一層モチベーションも上がっているようだ。まさに、ケガの功名だった。
練習にもますます気合いが入っている。俺がノックを打っていたら、ほとんど全員が予定数よりも多く、ノックを欲しがる。俺が思わず、
「すまん、ちょっとだけノック休憩させてくれ」
って言うほどだった。
守備は鍛えれば必ず上手くなる。L P学園の現状を考えると攻撃力で勝負するのは難しい。エース山川を中心として守り勝つ野球を目指すべきだろう。
そして、久しぶりの練習試合を戦った。練習の成果が発揮できた試合と言えた。それはエラーが一つだけだった。これまでの練習試合では毎試合5つ以上のエラーがあったので格段の進歩と言えるだろう。特に嬉しかったのは、渡辺と石崎だった。
二人はチームの騒動を起こした原因になった部員だ。二人とも技術的には厳しい部員だったが、練習に復帰してからは猛烈に練習していた。それぞれライトとレフトに入っていたが、必死でボールを追いかけて、石崎はフェンスにぶつかりながらボールを掴む場面もあった。
石崎のプレーにみんな盛り上がった。
「監督、本当は顔面でキャッチするつもりでしたが、グローブで掴んでしまいました」
石崎は野球部に入った頃、ほとんどボールを取れなくて顔面に当てていたほどだった。
これまでほとんど取れなかったダブルプレーも二つ記録した。内野手の中で一番心配していたサード新井が泥まみれになりながらボールを掴んで、ダブルプレーに繋げた。
石崎や新井など守備に不安がある部員がファインプレーをすると、チームの雰囲気は一気に良くなる。
ピッチャー山川の内容も良かった。ストレートの質も上がっており、フォークボールも狙って空振りが取れるようになってきた。当初は、スタミナが不足していたが、この試合では最後まで球威は落ちなかった。
結果は3対1で敗れたが、現状では充分な内容を見せてくれた。
相手チームの監督も、
「新聞報道では、かつての栄光LP学園は今では素人集団だと書かれていましたが間違っていますね。守備力が高くて良いチームですね」
と言ってくださるチームになっていた。
俺は自信をもって答えた。
「いえ、素人集団というのは本当ですよ。素人が多いからこそ鍛えがいがあります。コイツらはどんどん上手くなれますよ!」
もう少し経つと、秋季大会がある。かなり大きな大会だ。この大会に向けてチームをあげていこうと考えている。実は、夏の甲子園大会の大阪府予選にもエントリーしていた。
しかし、チーム結成から時間も経っておらず、まともに公式戦を戦える状態ではなかった。なのに、かつての名門L P学園が数年ぶりに出場するということで、マスコミが過剰に報道して部員たちは動揺していた。
キャプテンの古屋はマスコミに追われて疲労して、
「やっぱり僕には、L P学園キャプテンの看板は重すぎます。正直、しんどいです」
古屋は精神的には強い人間だが、その男でも、まいるほどだった。俺は現役時代は巨人でエースナンバー18を背負っていたので、周りからの重圧には慣れていたが、古屋はまだ高校生だ。この状況はあまりに酷だった。
他の部員たちも、
「昔のL P学園を知るおじさんからの期待が凄すぎて大変です。僕たちの今の実力を知られてしまうのが怖いです」
名門の重圧に押し潰されそうだった。
悩んだ末に、俺は夏の大阪府予選への出場を断念した。周りの大人たちからは不満を言われた。それでも桑田理事が俺を庇ってくれた。
「私は前田君の考えを理解できるよ。チームは君に託したんだから、君の考えでやればいい。うるさい大人たちは私が引き受けるよ」
野球部に不満を言う人には、桑田理事が話をしてくれた。やっぱり、この人は俺が憧れた人だ。俺はこの人みたいになりたくて、会社員からプロ野球選手を目指したんだ。桑田理事がかつて背負っていた巨人の18番に憧れたんだ。
今のチームだったら、秋季大会に参加しても気持ちで負けることはないだろう。この大会で好成績を収めたら、来年春のセンバツ甲子園大会に出られるが、まぁ身の丈に合った戦いをすればいい。
秋季大会に向けて、次の練習試合も決まっていた。次の相手は、今までよりも強いチームだった。レベルが高い相手にも立ち向かう姿を期待していた。
相手は甲子園に出場経験もあるチームだ。キャプテン古屋が、部員たちに気合いを入れる。
「相手が強くても絶対に逃げないぞ! 全力で戦うぞ!」
この様子を見ていたら、安心だな。しかし、この試合で以前から少し懸念していたことが現実になってしまった。エース山川のメンタルだった……