部内暴力
部員の渡辺が野球部を辞めたいという相談に対して、石崎がからかったのがキッカケで取っ組み合いのケンカを始めてしまった。
「おい! 二人ともやめろ!」
監督である俺は、もちろん止めようとした。しかし、間に合わなかった。お互いのパンチが、お互いの顔面にクリーンヒットした。
「バカヤロー! いい加減にしろ!」
俺がカミナリを落としてようやく収まった。
熱くなりやすい性格の二人で、ガッツもあるんだが、悪い一面が出てしまった。俺は監督として部員同士の暴力行為を見過ごすワケにはいかない。
「お前らは、三日間の謹慎だ。練習に来るな!」
渡辺は顔を真っ赤にしながら、
「僕は野球部を辞めるつもりだったので、もう練習には参加しません。今までお世話になりました!」
俺に一礼して部室から出て行った。
「監督、申し訳ありませんでした。僕の言葉が悪くて、渡辺を怒らせてしまいました」
石崎は、すっかりしょげていた。
俺は石崎の肩を叩いて、
「手を出したことは多いに反省しろ。そして、これからどうするか謹慎中にしっかり考えろ」
さー、どうなるんだろう。このまま渡辺が辞めて、更に石崎も続いてしまったら部員は7人になってしまう。まともに対外試合もできなくなる。
謹慎期間が終わっても、渡辺と石崎はグラウンドに姿を見せなかった。キャプテンの古屋が、
「監督、自分が二人と話をします。練習に参加するように説得します」
俺は首を横に振って、
「やらなくていい。自分でよく考えて行動してもらう。その結果が退部なら仕方ない。無理矢理に野球を続けても意味がない」
とは言ったものの、練習試合もできないようでは部員たちのモチベーションは大丈夫だろうか。練習を見ていても、やはり部員たちの気持ちが入っていないように感じていた。
それでも、俺なりに全力で部員たちを指導していた。しかし、一人また一人と部員たちは練習に来なくなってしまった。ついには、ピッチャーの山川とキャッチャーの古屋しか来なくなった……
なんてことだ。名門復活どころか、チームは空中分解している。全ては、監督である俺の力不足が原因だな。今の時代の若者に対する指導力が全く足りなかったんだ。
そんな状況でも、山川は力強く言ってくれた。
「部員が減っていっても僕はLP学園野球部を辞めません。僕は前田監督の指導を受けたくてLP学園に入学したんです。これからもよろしくお願いします。古屋が僕のボールを受けてくれる限り、投げ続けます!」
古屋も、
「僕はLP学園野球部のキャプテンです。部員が何人であろうとも、任務を放棄することは絶対にありません! 山川が投げるボールは僕が受け続けます!」
二人の目は、どこまでも熱く燃えていた。ならば、俺はその思いを受け止めなければならない。
「よし、お前たちは俺が必ず一流に育ててやる。野球を続けよう!」
俺は、かつて会社員をしながらプロ野球選手を目指していた頃を思い出した。あの頃、俺が所属していたチームはプロを目指す選手は皆無だった。趣味に近い形で野球をやっているようなチームだった。
だから、俺は高校時代の恩師にボールを受けてもらいながら腕を磨いた。ほとんど二人三脚でプロを目指したんだ。そして、俺は巨人の入団テストに合格したんだ。
どんなスタイルでも気持ちがあれば、いつかきっと上手くなれるはずだ。
山川は、砂浜トレでも徹底的に下半身強化に励んだ成果が最近になって現れてきた。下半身が安定したおかげで、ピッチング時における体重移動がスムーズになって、コントロールが安定してきた。そして、ボールをリリースする時に矢を放つようなイメージで、ボールに力を伝える感覚を少しずつ掴みかけている。
投げるボールの音も格段に良くなっている。俺は、現役時代にはボールの音を大切にしていた。球質が良くなれば、ボールが空気を切り裂く音も変わってくる。
俺は山川の背中に、桑田真澄さんや前田健太投手などLP学園の偉大な先人たちを重ねて見ていた。
山川得意のフォークにも磨きをかけた。深く挟んだり、浅く挟んだりの二種類のフォークを教えて、ピッチングの幅が広がった。山川の成長のスピードは俺の予想を超えている。
キャッチャーの古屋も負けていなかった。古屋はキャッチャー未経験でありながら、天性のセンスを持っている。練習試合でも幅広い視野で試合を支配していた。
山川への声かけも的確だ。監督の俺がタイムをかけてマウンドに行こうとしたら、それより先に古屋がマウンドに駆け寄って山川を励ます場面もあった。
キャッチングも良くなっている。山川の投げるボールに対して、いい音をミットに響かせている。俺はピッチャーだったから分かるが、キャッチャーの取り方がヘタだと自分の投げるボールを疑ってしまうんだ。
このバッテリーは良いコンビだな。少し優しすぎるところがあるピッチャー山川をキャッチャー古屋の大きな安心感で包んでいるようだ。
だからこそ、試合をさせてやれないことが申し訳なく思う。チームとしてLP学園を強くする道は遠いな……