六話 目覚め
目を開けると知らない天井だった。横になってるのに身体が痛くない…というか、地面が柔らかい……これは何?
とりあえずまだ怠い身体を起こし状況確認を行った。先程まで自分は薄暗い部屋にいて…それから急に追い出されて…ここ数日何も食べてないせいか身体に力が入らずそのまま道端で…
だんだん記憶が鮮明になる。それと同時に今までのこともフラッシュバックしてきて私は自然と涙が溢れ始めた。
〜〜〜
ユートは少女を自分の家に連れた後、直ぐにベッドに横たわらせた。未だ衰弱しきっているせいで彼女が起きる気配は無い。状態確認の為、彼女の纏っている衣服と呼ぶには相応しくないような布をそっと脱がす。彼女が女性という事は理解しているが事態は急を要する為、それは仕方なかった。
「これは…酷いな……」
少女の身体はそれはもう見るに耐えないようなものだった。身体中至る所に鞭で叩かれたような痕が無数にあり、所々ミミズ腫れや内出血見える。また、殴られた痕もいくつか発見出来た為、何らかの虐待を受けていたことが予想できる。
「くそっ、何処に行ってもこんな事は無くならないのか…?」
少女の姿を見てユートは滲み出る怒りを噛み殺しながら呟く。ユートは仕事上こういった生々しい傷痕をみる事は少なくなかった。それらを見るたびにユートは胸の奥が締め付けられるような感覚が押し寄せてくる。
それは助けるのが遅くなってしまった自分への怒りからか、はたまた過去の事を思い出してなのかーーー
ユートは少女の食事の準備をするためにその場を後にするのだった。
〜〜〜
ユートが食事を持ってきた時には少女はもう身体を起こしていた。
「目が覚めたのか?」
ユートが声を掛けると少女は一瞬肩を震わせた後、こちらを見てくる。その目からは涙が出ていた。
「…っ⁉︎取り敢えずお腹空いてないか?良かったら食べて?」
ユートは少女が怯えないように勤めて優しく語りかける。
「………」
少女はまだ警戒しているのかユートに応じる素ぶりは見せない。今まで散々酷い目にあったのだ。人間不信になってもおかしくないだろう。
(しばらく様子見が必要かな…?)
まだ会話出来るレベルまで回復していないと判断したユートは食事を彼女の隣におき、「また来るから」と言って部屋を後にした。
少女はユートが部屋を出るまでその背中をじっと見つめていた。
ーーー何故あの少年は私に食事を作ったんだろう。
自分を助けるメリットがない。それに自分達を平気で嬲り倒せる人間族、必ず何か裏がある、そんな疑念が頭から離れなかった。
でも、
「……あの人の目は濁って無かった…」
ぽそりと、そんな事を呟いて少女は自分用に作られた食事に手をつける。簡易的に作られたスープとパンだったが、少女にとって今まで食べてきたどんな食事よりも美味しく感じられた。
暫くは無言でその食事を食べ続けたのであった。
食事を食べ終えて、少女はある事に気付く。
「嘘…傷が無くなってる………」
今まで感じていた痛みはさっぱりと消え去り、その傷も痕一つ残らずに自分の肌から消え去っていた。
「それにいつも感じてた気怠さも…」
更に外す事は許されない【戒めの首輪】まで筈られている。それを知った瞬間、自分を縛っていたものから解放された安心のせいか、意識を手放した。
〜〜〜
ユートは自室で天球儀のような魔道具を右手の人差し指に嵌めている指輪から取り出した。
この天球儀のような魔道具は【遠隔通話機】と言い、魔道具に登録された相手と通話することができるものである。
ユートの嵌めてる指輪も魔道具であり【時空の指輪】と言う。とても貴重な物で世界に出回ってる数は10個のみ、その全ては神話級に渡されているため、実質これを持つものが神話級という証明にもなる。と言っても指輪事態に対した造形はされておらず一目見て【時空の指輪】と分かるものは使用者のみである。
ユートは【遠隔通話機】に魔力を送る。暫くするとザザッという音を立てながら向こうの音が聞こえ始める。
「もしもし〜、ユート?どうしたの?」
「エリエルに相談なんだけど…」
今回の事をエリエルに一通り話す。道で倒れてた少女を助けた事、その少女の首に【戒めの首輪】がつけられていた事。
「そんな事が…まだ完全には処分されきって無かったんだね…」
エリエルはユートの話を聞いた後、残念そうに話す。その声はいつものような陽気な声では無い。
「新たに造られた可能性とかは?」
「それはないよ。あの魔道具の造り方を現在知ってる人はいないから」
ユートは誰かが新たに造ったことを示唆するがエリエルはそれは無いと否定する。
「この事はハウードの王様にでも聞いて見る事にするよ」
「分かった、ありがとう。それで助けた少女はどうすればいいと思う?身元が分からないからどうすればいいか迷ってて」
「そんなの一緒に住めばいいじゃん!」
「…はい?」
ユートはエリエルの提案が理解できずそのまま聞き返してしまう。
「良かったね、ユート!女の子と屋根の下で二人きり…大人だね〜」
エリエルはいつもの調子でユートを茶化す。
「っな⁉︎そ、そ、そんな事出来るか!」
エリエルの言葉に明らかに同様するユート。強くてもこの手の話には弱い。
「…まぁ、僕の事避けてたからそんな事は絶対にないと思うよ……」
「いや〜分かんないよ。男の子が自分のピンチを助けてくれたんだもん。そりゃあ吊り橋効果でメロメロってやつですよ〜」
通話越しにからかい口調で語りかけてくるエリエル。ユートはイラッとしながらもエリエルに反撃する。
「それなら、エリエルもピンチの時僕が助けたら好きになるのか?」
思いもよらぬユートの口撃にエリエルは、
「え⁉︎そ、そ、そ、そんな事にゃいし!っていうか親がわりの様な私にな、何言ってんだかっ!…………………それにもう好きだし…」
あきらかに動揺していた。ユートはエリエルの反応にしてやったりと言わんばかりにほくそ笑んでいた。どうやら最期の言葉は聞こえなかった様だ。
「もう…私のことからかって……」
「ごめんごめん。とにかく今日は助かったよ。ありがとう」
「ううん、気にしないで。じゃあまたね」
「うん」
ユートは通話を終了する。
「まぁ、明日考えればいいか」
そう言って、ユートはベッドに入り、瞼を閉じて眠りにつくのであった。