十二話 魔神降臨
時は少し遡り、ユートとゼルが戦う少し前、ユートの心象世界でイルナギはその相手と対峙していた。
「それで今日はどうしたんだい?いつも以上に負のオーラを撒き散らして……」
イルナギはフランクな口調で目の前の相手に話しかける。
しかし、その者はイルナギの声に反応するわけでも無くただイルナギの背後にある扉を見据えて歩き続ける。
「おっと、今の君がここを通る権利は無いよ。それともユートと契約する気になったかい?……まぁそんな風には見えないけど……」
だがイルナギは扉を隠すように身体をずらしそう言い放つ。
だが、止まる事なくその者はただ扉へと向かう。
「……今日はどうしたんだいイルミナ……やけに殺気立っているけど?」
イルミナと呼ばれたその者は途端にピタッとその場に止まりイルナギを見据える。
イルミナの外見的特徴はイルナギと同じくらいの十八くらいの年齢で女性だった。髪はスラリと腰まで伸ばした蒼髪で、瞳は銀色。顔立ちはどこかイルナギに似ているところがある美少女だった。
「……どいて」
イルミナは素っ気なくそう言い放つ。
「……らしくないね……いつもの君ならもっと聡明なはずだけど……?」
途端、イルナギからほど走るような魔力が溢れ出す。
それは臨戦態勢とも呼べるものだった。
「そこをどいて」
だが尚もイルミナは引き下がろうとはしない。
それどころがイルナギと同様に、魔力を放出させる。
その量はイルナギに引けを取らないほどだった。
それもそのはず。イルミナはイルナギ同様に神だからだ。
ユートの心象世界で神対神、文字通り神話大戦が火蓋を切った。
「はぁ!」
ーーーキイィィィィン!!!
耳を摘んずくような金属音が辺りに鳴り響く。
イルナギが持つ剣がイルミナの持つ鎌に激突した音だ。
今、イルナギとイルミナはお互いしのぎを削っていた。
いや、その表現は好ましくないかも知れない。
何故なら……
「ぁ……はぁ…………くっ……⁉︎」
戦いはほぼ一方的であった。
イルナギの劣勢という形で……
イルナギの身体は至る所から血が吹き出しており、身に纏う衣類もズタボロだった。息もあがり始め、額も汗ばんでいる。
対するイルミナには外傷は全く見られずそればかりか汗一つかいていない。呼吸も正常だ。
「……無駄な足掻きだ……お前では私に万が一にも勝つ事は出来ない……欠陥品のお前では……」
イルミナは冷徹な目でイルナギを見下ろす。
(欠陥品か……違いないな……けど、)
イルナギはイルミナに言われた事を反芻し、自重じみた笑みを浮かべる。
しかし、すぐにある少年を思い浮かべてその考えを否定する。
「はっ……決めつけは良くないなぁ、それだったら君が今ここにいる説明がつかないじゃないか」
「減らず口を……直ぐにその五月蝿い口を閉ざしてくれる」
イルナギは満身創痍の状態でよろめきながらも立ち上がり、イルミナの言葉を鼻で笑い、尚も挑発口調でイルミナに話しかける。
イルミナはそんなイルナギの様子が面白くなかったのか、より一層魔力を放出し、イルナギに迫る。
イルナギは必死に応戦するがイルミナは難無くイルナギを追い詰めていく。
「無駄だ……所詮は万能神……全能ではないお前では創世神たる私には遠く及ばない」
「……⁉︎……ぐっ……」
イルナギは先程のように何か言い返そうとするがイルミナの猛攻に口を開ける暇も無い。
イルナギはイルミナの持つ大鎌の柄の部分で脇を打ち付けられ、そのまま後方まで吹き飛ばされた。
「ごほっ……ったく……容赦ないなぁ……⁉︎」
イルナギはよろめきながらも立ち上がり、そんな言葉を口にして辺りを見渡すが先程とは違う風の流れに違和感を感じる。
だが、それは違和感では無く確信へと直ぐに変わる。
「くそっ……!⦅創世⦆か……」
イルナギは知らぬうちにイルミナの魔法の術中に嵌っていた。
「この世界では私が唯一神だ……私の世界に神は二柱もいらない……ここで果てろ、イルナギ」
「随分と傲慢な神だな、イルミナ。だけど君に唯一神は務まらない……だからこそぼくたちは追放されたんじゃないか?」
「っ⁉︎言わせておけば……⁉︎最早お前の戯言など聞くに値しない……⁉︎」
イルミナから溢れ出す魔力が今までにないほど増大する。
最早存在感だけでイルナギとイルミナには絶対的な差を感じてしまうほどであった。
同じ神であるにもかかわらず、だ。
目の前にいる、絶対的強者を前にイルナギは額に脂汗を滲ませる。
(やっぱ、イルミナを止める事はぼく一人じゃ無理だったか…………ごめんユート。そして……あとは頼んだ)
イルナギは口の端を吊り上げ、イルミナから放たれた強大な魔力に呑まれていった。
「……早く外へ行かなければ……早く行って……セレナに会う……」
倒れ臥すイルナギをよそにイルミナはそう呟きながら扉を開いた。
〜〜〜
「ユート!」
レイラはユートの異変に焦りを感じ、ユートの元に駆け寄ろうとする。
だが、
「来るなっ!」
ユートは切羽詰まったようにそう叫ぶ。
その表情は今まで見た事ないくらいに蒼白であった。
森が、大地が、ユートの溢れ出る禍々しい魔力で震える。
「がはっ⁉︎……ぁ、がぁぁぁ⁉︎」
ユートは両手で肩を押さえ込みながら悲鳴染みた声を洩らす。
しかし、何よりもここにいるレイラとミロクが危ないと考え、残る理性でレイラに話しかける。
「レイラ……っぐ⁉︎……ミロクを連れてなるべく遠くへ…………はぁ……ぁ……向かってくれ!」
「……でもっ……⁉︎」
「早く行けっ!!!」
「⁉︎」
それは怒声にも近い声だった。
ユートの気迫迫る表情に気圧されたレイラはビクッとした後、気絶しているミロクを担いでその場を後にした。
「はぁ……はぁ……これで…………ぐぁぁぁぁ⁉︎」
安心するのもつかの間、ユートに残る僅かな理性で抑えられてたそれはユートから這い出るように溢れ出す。
『ごほっ⁉︎…………ユー、ト……』
突如ユートの脳内に掠れた声が響き出す。
(イルナギ⁉︎)
『わる、い……イルミナが……暴走して……もうボク一人じゃ、止めきれ……っ』
(暴走……?)
『このままじゃ……ユートの、身体と魂はイルミナに…………がぁ……⁉︎……ごめん、ユート……げん、か……い……後はまか……』
(イルナギ!)
そこでイルナギとのパスが途切れる。
「イルミナ……急にどうして……」
ユートの残された理性にもやがて限界が訪れる。
ユートは最後にそう呟き、意識を手放した。
その瞬間、今まで以上にドス黒い魔力がユートから放出され、ユートの身体はに変化が起きた。
それは以前盗賊と戦った時に起きた症状と同じで、ユートの髪は蒼く変化し始め、瞳の色も銀色に変わっている。
だがあの時よりも髪の色が蒼くなっており、ユートの髪はすでに黒よりも蒼の比率の方が多くなり、髪も女の子のように伸びていた。
今ここにそれは降り立った。
人類にとって災厄の化身と呼ばれる存在…………
魔神が降臨したのだった。




