十話 ユートvsゼル 前編
戦いにおいて絶対というものは決して存在しない。
どんなに膨大な魔力を保有していようと、どんなに場数を踏んでいようと、そしてどんなに最強と謳われていようとも……その時の状況、相手との相性、戦闘技術、あらゆるものが積み重なり戦局というものは変化していく。
歴戦の猛者であろうとも死角からの不意打ちには対処できないように、何かを守りながら戦うというのはそれだけで不利な状況に追い込まれていく。
「……どうした?全力を出さなければ死ぬだけだぞ?」
「……」
ユートとゼルの戦いは現在、圧倒的と言っていいほどユートは劣勢に強いられていた。
見たこともない魔法に翻弄されていることも勿論だがユートが押されている理由はそれだけではない。
「……っ⁉︎…ちっ……!」
ゼルの意思で思い通りに動かせる宙に浮いた四本の剣。
それらはユートを狙っているーーーわけではなかった。
ゼルの狙いはその後ろ、今もなお眠っている獣人の少女、ミロクと今回のターゲット、レイラである。
ユートは二人を守るように立ち回っていた。
すると当然、ユート自身に隙ができる。そこをゼルは見逃さない。
直前までレイラに向けて放たれていた剣はユートがそれを防ごうとした瞬間、変則的に動きを変え、ユートの腕を斬りつける。
直後、今度はミロクを庇うユートをユートの死角に配置していた剣でユートの背中を斬りつける。
そうしてゼルは確実に、ユートを追い込んでいった。
「卑怯者……」
レイラは侮蔑の眼差しをゼルへと向けるが当のゼルはこれっぽっちもレイラの言葉に耳を貸す気はない。
それにユートも別にゼルの戦い方を卑怯だとは思っていなかった。
戦い……生と死の命運をかけた殺し合いにおいて、正当も卑怯も存在しない。
勝った者、つまり最後に生き残りさえすれば勝者なのだ。
そこにやり方は問われない。
ユートもゼルもそれ自体理解していた。
「悪く思うな……これも依頼なのでな……」
「……」
「だが貴様は確実に殺す……まずは障害の排除だ」
抑揚のない口調でゼルは攻撃を繰り返していく。
ユートはそれを捌くのに精一杯でなかなか攻撃に移れない。
そればかりか徐々に体力と魔力は減って行き不利になる一方だった。
(このままじゃ先に魔力の底を尽きるのはこっちか……)
膨大な魔力を保有しているユートとはいえ、ミロクとレイラを守り続けていればいつも以上に魔力消費量が多くなるのも必然。
ユートの額には脂汗が滲み出ており、所々に剣で斬られた傷が出来ている。
ユートの以上なまでの再生能力は自然治癒力の高さにある。
ユートは持ち前の高い魔力量で自身の身体に自然治癒力を活性化させる魔法を持続的に高めている。
しかし、常にかけ続けているが故に、ユートの魔力は徐々に失われて行き、やがては底を尽きる。
だから今のユートは少しでも魔力を温存する為にその魔法は解除していた。
「ふむ……先程の再生能力にはカラクリがあるらしいな」
「……」
「沈黙は肯定と受け取らせてもらう!」
ゼルはユートが先程の再生能力を使用しないことに理由があると即座に見抜く。
どうやらこのゼルと言う男、ただ者では無い。
(⦅身体劣化⦆の魔法はとうに解除してる……それでも依然戦況はこちらの不利……イルナギの力を使いたいところだけど……駄目だ、パスが繋がらない)
ユートは普段、自身に掛けている身体劣化の魔法はゼルと戦う前から解除していた。
殺し合いの状況で手を抜くなど愚の骨頂である。
ユートは迫り来る四本の剣を最低限のダメージで捌きながら現状の打開策を模索する。
イルナギの力を使えば恐らくユートは勝つことができるのだが、現在それは出来ない。
ユートとイルナギは常に一緒にいるのだが、好きな時にユートがイルナギとコンタクトを取れるわけでは無い。
無論、契約神であるイルナギの方からは一方的にユートとコンタクトを取ることが可能なのだが、ユートがイルナギとコンタクトを取る時はユートがイルナギのいる精神世界に魔力を通す必要がある。
普段ならば問題無く魔力を通すことができるのだが何故か今はそれが出来ない。
(いや……イルナギの方から拒絶しているのか……だとすれば何かあったのか……?)
戦況は未だユートの劣勢、ゼルは着実にユートを追い込んでいった。
「……っ…………」
ユートは度重なるゼルの攻撃を受け、既に左腕は剣を握ることができないほど損傷しており、もはや力が入らないのかだらんと垂れ下がるような形になっていた。
脇腹や背中からも斬られた部分から止めどなく血が溢れており、口の端からもツーっと血が流れていた。
「ユート……」
レイラは今にも泣きそうな顔でユートを見つめる。
ユートの怪我の状態はいつ倒れてもおかしくないほど重症だった。
だがユートは脂汗と血を流すだけで苦痛で顔を歪めるわけでもなく未だ平然としていた。
「……それほどの惨状でも眉一つ動かさないか……やはり貴様は危険だな」
「……このくらいの傷は重症のうちに入らない」
ユートはそうひと蹴りする。
これは別に痩せ我慢などでは無く単なる事実である。
神話級での依頼は当然死にかけた事など何度もあるし、その際の怪我はこんなものではなかった。
かと言って痛みを感じていないかといえば否である。
いくらユートでも斬られればそれだけの苦痛をしいられる。
それを顔に出さないのは痛みに慣れたせいかはたまた……
(人を守りながら戦うのはこんなにも大変なものなのか……)
とは言えユートは今の状況に危機感を覚えていた。
これまでユートは誰かを庇いながら戦う事などした事がない。
依頼を受ければ一人で事足りるし、仮にペアを組まされても相手は同じ神話級。決してユートに守られるほどヤワではない。
その為、ユートに取ってこの状況は初めてのことであり、それ故に戸惑いが生じていた。
だが……
(そろそろ慣れた)
戦況は大きく変わる。
「疾っ!」
「何?」
ゼルは依然レイラ達を狙い、庇ったユートに死角からの攻撃を打ち込むように戦っていた。
しかし、それもユートの一太刀で一気に瓦解する。
ユートは死角からの剣戟に対応し、捌いた。
それだけなら偶然かも知れないが、その後も何度もゼルの攻撃を捌いて行き、等々ユートが攻撃を受けることは無くなっていた。
「……何故だ?なぜ死角からの攻撃に対処できる……?」
「……おんなじような攻撃を繰り返し見れば自然に慣れるさ……当たり前だろう?」
「……」
ユートはゼルの攻撃に慣れた。
故に次来るであろう攻撃を予測することが出来るようになり、ゼルの不意打ちに対応出来たのだ。
ユートが言う通り、攻撃に慣れればその対処も容易になる。
それはゼルにも分かることだがゼルには解せなかった。
(慣れた、だと……?幾ら何でも早すぎる……)
ユートとゼルの戦闘が始まってからまだ数十分。
この程度の時間で他人の攻撃を慣れる事など普通はできるはずがないのだ。
ましてやゼルは己の魔法には自信があった。
これまでもこの魔法で何人も屠ってきており今日もそうなると思っていた。
だが現実は違った。
ゼルの相手の黒髪の少年、ユートは生憎普通ではない。
ゼルの中にあった僅かばかりの慢心はとうに消え、それは焦燥へと変わっていくのであった。




