六話 墓
王都を離れてから二日が経ち、ユート達一行は黒狼の森までたどり着いていた。
「ここが……黒狼の森……」
ミロクは目の前に見える薄暗く不気味な森を見て固唾をのみ、背筋を凍らせる。
その森は一言で言えば奇怪、だった。
森の中には一匹も動物を見ることはおろか、魔物の気配すら感じられない。
木々が風を受け騒つくところは宛ら森全体が侵入者を威圧しているようなそんな感じだ。
「ここからは馬車は使えないから徒歩で行くよ」
ユートは二人にそう言って奥へ進んで行く。
ミロクとレイラは怯えながらもユートの腕にしがみつきながら進んだ。
〜〜〜
ユート達が森の中に進んでいったあと、森の外で二人の影が佇んでいた。
「まさか奴ら……黒狼の森に入るとはな……」
「ここが何処だかわかってねぇのか?はっ⁉︎やっぱりただのガキンチョじゃねぇかよ」
「まだ、そうと決まったわけではない……くれぐれも作戦を無視するようなことをするなよ」
「心配性だよなぁ、お前って……まぁいいけどよ……」
二人はなんのためらいもなく森の奥へと進んで行く。
ユートがこの二人と邂逅するのはそう遠くないだろう……
〜〜〜
「……ねぇ……本当に大丈夫なの……?」
ミロクは子鹿のように足を震わせてユートにそう尋ねる。
対してユートは特に怯えた様子もなく、ズンズンと足を進めていた。
「大丈夫だよ……この森はミロク達が思っているほど危険はない……ただ……」
ユートは突如足を止めて後方を見据える。
突然不可解な行動をとるユートにミロクとレイラは首を傾げた。
「どうしたの……?」
「いや……ちょっとね……」
「え?そう……あんまり怖がらせないでよね……」
「ごめんごめん」
ユート達は再び歩き出す。
何事もなかったかのように。
しかし、ユートの脳内に声が響く。
『ユートも気づいたかい?』
声の正体は言わずもがな、イルナギである。
(あぁ……敵意を持った反応が二つ……恐らくレイラを狙う連中だと思う)
『うん、わかっているならいいんだ……ただ……今回は注意した方がいいよ?目に見えている敵だけが敵じゃないからね……』
(え?それってどういう……)
と、そこでイルナギとの疎通は途切れる。
ユートはイルナギが最後に言った言葉を反芻するがその意味は分からない。
この時のユートは大して気に止めることはなかったが、それが大きな後悔を呼ぶことになることをユートはまだ知る由もなかった。
森を歩き続けて随分と時間が経つ。
森の中では陽の光が届かない為、今がどれくらいの時間なのか分からなかった。
「ねぇ……まだ着かないの……?」
「ん……そろそろつかれた……」
今まで王宮に軟禁されていたレイラにとっては長時間歩く事は流石に骨が折れるのだろう。
額には脂汗を滲ませて呼吸も荒くなっている。
「ごめんね、でももうそろそろ…………着いた」
ユートはそこでようやく足を止め前方を指差す。
「ふぅ……やっと着いたのね……それで…………わぁ」
「ん…………きれい……」
ミロクとレイラはユートの指をさした方を見ると二人同時に感嘆の声を漏らす。
それもそのはず。
二人の目に移ったのは幻想の世界に出てくるような綺麗な湖だった。
その場所だけが陽の光を差し込んでおり、湖に貼られた水が光を反射して光り輝いている。
「「……」」
二人はしばらくの間その場を動かず、湖を呆然と眺めていた。
「ここで休憩がてらに湖にはいろうか」
ユートはそう言って湖に近づいていく。
その後を追うように二人も湖へ向かっていった。
「まさか黒狼の森にこんな場所があったなんて……」
「ん……すごい……」
ミロクとレイラは素足になった足を湖につけて座る。
二人の足はシミひとつないきめ細やかで色白な肌で水飛沫を受け、艶めかしく輝いていた。
「ここは、僕にとってとても大事な場所だからね……秘密の場所だから普通の人は知らないんだ」
そう言ってユートは何か懐かしむような目で遠くを見つめる。
しかし、ミロクにはユートのその目がとても悲しむような目に見えていた。
「……ユート…」
ミロクは無意識のうちにそう呟く。
しばらくの間、あたりに静寂が訪れ、聞こえる音は風でなびく漣と木々の騒めく音のみとなる。
しかし、そんな沈黙をユートが破った。
「ちょっと行ってくるところがあるから二人はここで待ってて」
「え?うん、わかった」
「ん……」
二人の了承を得たユートは湖から足を上げて森の奥に進んでいく。
しばらくしないうちにミロクとレイラからユートの姿が見えなくなっていた。
ユートは湖からそう遠くはないある場所に来ていた。
そこは、ユートしか知らない、ユートのみ入れる特殊な空間となっていた。
いくつもの結界が施されており、知っているものしか見ることも入ることも許されない空間。
そんな空間にポツリと簡素だが立派な墓石が建てられていた。
ユートはその墓石に近づき、そっとそれを撫でた。
「久しぶり……姉さん……また来たよ」
ユートはそう呟きながら墓石をそっと撫で続ける。
墓石には文字が彫ってある。
ーーーセレナ・ラルシエールここに眠る
と……
ユートはその場に座り込みしばらく物思いに耽る。
そして誰もいない筈のその場所で一人話し始めた。
「一年ぶりだけどね、前に来た時よりも僕のいる環境は随分変わったよ……僕ね、魔術学院に今通っているんだ……可笑しな話だよね。神話級である筈なのに魔法師見習いに混じって日々を過ごしているなんてさ…………でも、不思議と悪い気はしないんだ……そこで暮らしていく時間はなんて言うか……とても……」
ユートはつらつらと墓石に向かって語りかけている。
その様子は何処か必死で……けれども何処か悲しさを孕んでいるよう、そんな雰囲気だった。
話しているうちにユートの頰に冷たい何かが伝ってくる。
それはユートの目から溢れ出る涙だった。
「……うぅ……グスっ……もう泣かないって決めたのになぁ……やっぱり姉さんのまえだとどうしても弱くなっちゃうよ……僕……」
いつものユートからは想像もできないような弱音。
気が付いたらユートは泣きじゃくっており、その目を赤く腫らしていた。
十秒或いは一分、それ以上かもしれない。
ユートが時間がわからなくなるほどただ泣いていた。




