二十一話 理想の自分へ
アーゼルが悪神へと昇華し、ミロクと対峙し始めた頃、ユートは自身の精神世界でイルナギと会っていた。
ここ精神世界では通常の世界と時間の流れが違う。
向こうの世界の時間は一秒も経っていないだろう。
「君はどうするつもりなんだい?」
「そんなこと……」
「本当は分かってるんじゃないか?どうしたいかなんて……」
「……なんでそう思う?」
「君の今の状態が答えだよ。以前までの君だったらこんなに迷わなかっただろう?だが、今はそうじゃない。あのお嬢ちゃんのピンチを指を咥えて見てるだけ、と言うのは君の望む結果じゃないんじゃないかい?」
「それは……」
「そもそも、君があのお嬢ちゃんを助けたのはなぜだったかな?」
「⁉︎」
ユートはイルナギに言われて思い出す。
何も持っていなかったユートに生きる意味を与えてくれた女性がいた。
その女性のようになりたいと思いミロクを助けたこと。
それならば、
「……最初から選択肢は決まっていたのかな……?」
ユートはそう考えると胸のつっかえがスーッと消えたような感覚に陥る。
「ありがとう、イルナギ……もう迷わないよ」
「そうだね、立ち止まるのは君には合わない。さぁ、戻りたまえ!君が為すべきことをやり遂げるんだ!」
「じゃあ、行ってくるよ!」
ユートの身体が光に包まれていく。
やがて、光が霧散して行きイルナギのみが残った。
「また一つ成長できたようだね……やはり僕の目に狂いはなかった………………今回は君の力も必要とするだろうよ……イルミナ」
イルナギは、誰もいなくなった空間でポツリと呟く。
イルナギの視線の先は光も何もない常闇の空間。
イルナギの言葉にその空間の奥から一瞬、ピカッと輝いた。
「ガアァァァァ!!」
獣のように吼えるアーゼルはその理性が決壊したかのようにただ破壊の限りを尽くしていた。
それを自らの焔でその身を焦がしながらもミロクが止めている。
だが悪神となったアーゼルをミロクの未完成の焔狐では止めることは出来ても倒すことは出来なかった。
ジリジリと体力を削られていくミロクは先程までの力を出す事はできていなかった。
アーゼルは四枚になった翼をはためかせ、上空に陣取る。
「アガァァァォ!!!」
そして、今まで以上に規模の大きい魔法を展開した。
巨大な魔法陣が形成され上空を埋め尽くす。
もし、この魔法が放たれれば東区に留まらず王都は壊滅するだろう。
「グラァァォァ!!!」
充填を終えた魔法がアーゼルから放たれる。
この時、ここにいた誰もが死を覚悟した……
だが、アーゼルの魔法は大地に届くことなく途中で消滅した。
「ガッ?」
まさか自らの打った魔法が不発するとは思わなかっただろうアーゼルは気の抜けた声を上げ、辺りを凝視する。
「ごめん、ミロク……遅くなったよ……」
ユートはミロクに近づいて行き、ミロクの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
今のミロクに触ればミロクの纏う焔に焼かれることになるがユートは気にせずにミロクを撫でた。
「あ……あぁ……」
ミロクはユートに撫でられ徐々に落ち着きを取り戻して行く。
焔狐も解除された。
「うぅ……私、アイラさんを守り切れなくてぇ……それでぇ……」
ミロクは涙をボロボロと零し、ユートにしがみつく。
身体は火傷の跡が所々残り、傷付いていた。
「本当にごめん……でも、もう迷わないから……後は休んでて」
「はい……」
ユートはミロクの眦に溜まっている涙を指で拭き取り頭をポンポンと軽く叩いた。
ミロクを離したユートは、静かに目を閉じて呟く。
「……力を貸してもらうよ……イルミナ」
ユートは首から下げられるネックレスを手に取る。
「我は神々の御子なり
創世の神の御子なり
数多の世界を創りし者
我の願望を叶えたまえ
開く扉は癒しの泉
我の願いを体現せよ
ニノ幕 ⦅癒泉の理想郷⦆!」
長い詠唱が終わり、ユートの魔法が放たれる。
辺り一面に光の粒子が降り注いだ。
そして、奇跡が起きた。
瀕死の重傷を負っていたはずのアイラの傷はまるで時間が回帰したように修復され、綺麗さっぱり無くなっていた。
「嘘……」
それだけではなく、ミロクの負っていた火傷も同じ様に治っている。
「こんな治癒魔法見たことも……」
ミロクは信じられないと行った様に目を見開いている。
「これは治癒魔法じゃないよ」
ユートが狼狽するミロクに説明する。
「これは僕の固有魔法?みたいなもので名を⦅願望の理想郷⦆と言う。今回使った、⦅癒泉の理想郷⦆はその中の一つで時間を巻き戻して本来の姿に戻す能力なんだ……だから、ミロク達の怪我も戦う前の状態に戻したんだよ」
ユートの使った大魔法、⦅願望の理想郷⦆は正確には固有魔法ではないのだが、この魔法の事は無闇に口外していいものでもないためそう言うことにしておく。
「そんな……時間を戻すなんて、それじゃあまるで……」
ーーー神ではないか?
ミロクはその言葉を咄嗟に呑み込んだ。
そう思ってしまうほどユートの魔法は常軌を逸していた。
だが、今まで使ってこなかった事を考えて、ミロクはこれ以上の追求はやめる。
「……⁉︎」
「ユート……?」
突然、動かなくなったユートにミロクは不思議に思い声をかける。
「え?」
そしてユートの姿を見て予想だにしない光景に驚きの声を上げた。
ユートの身体は先程のミロクが負っていた火傷の跡が同じ所に出来ていた。
「なんで……?」
「……時間を戻すなんて、世界の理から余りに逸脱し過ぎている……だから使うにしてもそれなりの代償が必要なんだ……」
ユートは口から垂れる血をぬぐいながら説明する。
ユートの使う、この大魔法には致命的欠点が存在する。
それが代償だ。
今回使った⦅癒泉の理想郷⦆の代償は受けたダメージの譲渡。
つまり、アイラとミロクの受けた傷はユートにフィードバックして返ってくると言うものだ。
「そんな……」
ミロクは口元を両手で覆い、目元を潤す。
「まぁ、これはうじうじしてた僕への罰……甘んじて受けるさ……それに……」
ユートはそう言って魔力で自身を覆い始める。
すると、重傷だったはずの傷がみるみる引いていった。
「回復力には自身があるからね」
そう言ってユートはミロクの方を見て笑った。
「さて……余り待たせても悪いからね……」
ユートは上空でユートを睨みつけているアーゼルに向き直り、その表情を引き締める。
「お前はここで倒させてもらうよ」
刹那、ユートの魔力が放出された。




